【恋人以上のことを、彼女じゃない君と。(終)】  持崎 湯葉/どうしま ガガガ文庫

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大人のモラトリアム“最終巻”。

「ごめんーーちょっと、考えさせて」
二度目の告白をした、あの日からしばらく。冬は未だに糸と連絡が取れておらず、落ち着きのない日々を過ごしていた。
通知が来るたびに、もしかしてと思ってスマホを見ては、落ち込む。そんな不毛を繰り返していると、突然糸からメッセージが届いた。『このたび私、皆瀬糸主宰リアル謎解きゲーム「糸ちゃんの挑戦状」を開催いたします。』謎を解いていくうちに、明かされる糸の真意。そして冬は、今まで見つめてこなかった、本当の“皆瀬糸”と向き合うことになるーー。社会から逃げ続けた二人の物語、ここに完結。


……また、とんでもないもの書くなあ、持崎湯葉さんという人は。
物語はハッピーエンドと言うに相応しい結末を迎えましたよ。一方で、読者である自分はかつてないショックを未だ受け続け、引きずっている。
糸の告白は、それだけ自分の価値観を揺さぶるものだったと言って良いのだろう。当たり前だと常識だと頭じゃなくて感覚として受け入れていたものが、人によっては苦痛でしか無い、というのを実感させられたからだ。
ジェンダーとかの問題とちょっとズレていて、これって糸の家庭環境から植え付けられてしまった彼女個人の忌避感、嫌悪感、生理的に耐えられないものだったわけだけれど、それだけにぶん殴られたみたいなショックだったんですよね。
常識なんて人それぞれ、価値観だって人によって違う、幸せの光景は全人類共通なわけじゃない。多様性だとか、そういうボーダーレスだったり自由な枠組みだったり、わかってたつもりだし、尊重したいものだと思ってたんだけどなあ。
でも、それが本当にただわかってたつもりだけだったんじゃないの? と突きつけられたみたいで。
だって、冬くんと同じく、彼の思い描いていた糸との幸せな光景に、自分だって何の疑問も抱いていなかったもの。それが当然だと思っていたから。当たり前の想像だと思うことすらせず染み付いていたから。
それが見ず知らずのどこかの人じゃない、これまで三巻に渡って見続けていた糸という子をどれほど苦しめていたか、なんて想像もしていなかったから。この子が耐えられないと思っていたその部分に、疑問すら抱かなかった。違和感すら感じなかった。当然過ぎて当然とすら思わなかった。
ああ、当たり前が人を傷つけるって、こういうことなんだ、と。なんかねえ、凄く実感させられたみたいな心地になって、打ちのめされたというかショックを受けたというか。自分の至らなさを噛み締めているような、そんなじっとりとした気分なんですよ。湿気た気分なんですよ。
冬はすごいですわ。なんで、察せられたの? というか、このゲームでこの男察し良すぎないですか? と思ってしまうくらい、彼は気づくんですよね。それだけ時間捧げて心労に心とカラダ壊しかけながら、それでも一生懸命ずっと糸のことを考え続けていたから。思い出し続けていたから。想い続けていたから、回路が繋がったのでしょうけれど。
好きだからといって、果たしてどれほどの人間が相手のことをこれだけこれだけ、考えることができるでしょうか。思い巡らし続けることができるでしょうか。

件の糸起案のゲームがはじまったとき、自分は糸さんを全然舐め腐っていた、と言っていいかもしれません。結局のところ、もっと自分のことをよくわかってほしい、理解してほしい、と冬に求めているゲームだと思いこんでいたから。結婚という人生の一大イベントを申し込むにあたって、その資格があるのか、というのを問いかける、みたいな。それはもっと自分のことわかってほしいな、という甘えてきてるみたいな程度の話だと思ってたんだ。
でも、思えば冬くんは最初から真剣で、深刻だった。何週間も音信不通になって、ゲームのメッセージが送られてくるまで焦燥をつのらせていたわけですから当然なのかもしれないけれど、少なくとも彼は糸のことを舐めちゃいなかった。どうせ、その程度なんだろうと楽観しなかった。
それでも糸さんからしたら、まだまだ甘い姿勢だった、と思うかも知れないけれど。いや、そんな事はないか。糸の目から見ても、冬くんの様子は鬼気迫るものがあったみたいだし。
むしろ、糸さんてばあれだけの事を仕掛けたにもかかわらず、ひゃっほい!みたいなわりとゆるい態度だったのは、こやつめっ、という気分にさせられたけれど。
ふたりともどこかで歯止めがきいているというか、二人の間では絶対にこのゆるいノリを失わない、というゲッシュでも交されてるんじゃないか、と思えるくらい、どれだけ追い詰められてもそこは失われなかったよなあ。そういう相性こそが、どれだけすれ違っても彼らが離れがたかった所以の大きな一つなのでしょうけれど。

果たして、人はここまで相手の人のことを理解できるんだろうか。ここまで踏み込んで踏み込んで、なおも理解したいと思えるもんなんだろうか。しんどいですよ、それはとてもしんどいことですよ。
糸の両親のあの本当に何も理解していない、理解の断絶は恐ろしかったですけれど、でも糸が求め、冬が求めたのはまさにあの両親の理解度の正反対。そこまで、人間同士相手のことをわかる、わかりあえる関係を築ける人がどれだけいるのでしょう。
でも、少なくとも糸は、本当に隅々まで理解して受け入れてくれる人でないと、傷を負うしかない子だったというのは、一連の糸ちゃんゲームを追随していくことで見えてきました。
そうですね、もしきっと大学時代に別れていなかったら、後々もっと悲惨な形で破綻していたんでしょうね、この二人。いや、あの時点でもう十分糸にとっては悲惨この上ない別れだった、というのは叫ばれているんですけど。あの時の糸の痛みをちゃんと感じ取れていない気がする時点で、またぞろズーンという落ち込みが襲いかかってきます。あかん、ほんまにあかんわ。
あらかたいろいろ書いてくれてある本でもこんなかんじですよ。生の人間相手にこういうの察したり感じたりって、自分全然出来ませんわ。ひどいにぶちんで無神経な人間やと思う、自分。
冬くんもそういう意味で、糸のことを多く傷つけていたわけですけれど、それでも彼のことは尊敬しますわ。みっともなかろうがダサかろうが、凄い男ですよ、彼は。
よくぞまあ、糸さんは彼と巡り会えたものだと思います。復讐するは我にあり、その権利は糸さんにはあったんでしょうけれど、仕打ちとしてはやっぱりひどかったと思いますよ。糸さんも後悔してましたけれど。愛するがこそ憎しみは募る、本当にどうでも良かったら縁切って無視するだけ関わりをなくするだけ、というのは両親相手に実践してますしね。もうどうにかしてやらんと気が済まなかった、それだけ彼への気持ちが重かった、というのも伝わってくるのですが。
冬くんの方は当然のこととして受け止めてるしなあ。受け止め損なってる所もありそうだけど。
というか一つだけ疑問符があって、かくいう糸さんはどれだけ冬くんの事を理解できてるんだろうか、ってところですよね。いや、この一連のゲームを通じて彼女もまた冬くんの弱い所ダメな所をさらに見つけていって、だからこそ彼のことをもっともっと求めていくことになるわけですけれど。
あれだけメタメタにしくさった結果、ボロボロになった冬くんは取り繕うもの全部引っ剥がされて、心丸裸にされてしまった、とも言えるんだろうけれど。
それでも冬くんがあれだけ察してみせた糸への理解度ほど、冬くんの底の底まで糸は覗いただろうか。そこまで底ふかくないよ、と言われるとそうなんだ、となってしまうのですけれど。まあでも冬くんが加害者側だからなあ、比重が傾いているのは仕方ないかも知れない。それだけ冬くんが糸と違って自分だけで家庭環境に立ち向かえた人だったからかもしれない。が、それでも後々ずっとあとのことを思うならば、ちょっと傾きが一方的な気もするのよね。

しかし、うん。すごかった。凄い作品でした。
結局、最初にはじまった二人の関係。社会が押し付けてくる正しさとかに後ろ足で砂をかけるような、そんな関係。共犯のような同志のような行きずりのような、ただ心地いいだけの関係。
それは、冬が決心を固めて二人の関係が改めて定まってくることで溶けて消えてゆくようなものだと思っていた、いや思うほどのこともなく意識から消え去って忘れていく、実際忘れていた、そのくらい、程度のテーマだと思っていたのが、本当にこの作品自体の根幹ともいうべきテーマだったんですよね。
無数のラブコメや恋愛ものに対して、強烈な否! ……いや、否や否定というのは筋や方向性が違うか。でも、恋愛ものなど、そこにあるだろう共通認識に対して、強烈な……なんだろう、これを何と言うべきか。それは万人がそうだ、というものじゃないんだ、という厳然としたただの事実を突きつける、思い知ることになった作品でありました。
うん、思い知ったよ。
冬と糸は、彼らにとって最良の結末を二人で手に入れました。ハッピーエンドです、間違いなく、文句なく。メリーバッドエンドとかじゃないよ!? ほんとにハッピーエンドだよ?
でも、その終わりは糸と冬が混ざり合うことなく、二人で並んで立つ(糸冬)なんですよね。この巻、四巻ではなくわざわざ(終)とつけたのは、それだけの意味があるのでしょう。
なんとも、自分にとって忘れられない一作になりそうです。