【かくして少年は迷宮を駆ける 1 強欲の迷宮と借金まみれの新米冒険者】  あかのまに/深遊 MFブックス

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何も持たない少年は全てをかけて迷宮に挑む――これは冒険の物語!

迷宮大乱立時代。あらゆる経済が迷宮都市を中心に回り、我もまた栄光を掴まんと人々が迷宮踏破に夢を見る世界。
少年ウルは窮地に立たされていた。
一.借金を残して親が他界
二.妹が借金の担保にされる
三.買い戻したいなら金貨一〇〇〇枚
金もない。地位もない。力もない。
理不尽を超えるための何もかもを求め、全てを打開するため、迷宮で出会った魔法使いシズクと共に少年は迷宮へと足を踏み入れる。
迷宮を踏破し、魔物を倒し、賞金首を刈る。
地道にコツコツ実績を――などと言っている暇はない。
嵐のように迫る試練を乗り越え、凡庸な少年は迷宮を駆ける!


くわぁぁぁ、面白かったーー! 久々にがっつりと「冒険者」の物語を読んだ気がします。素晴らしい、Marvelous!!
いやー、これ何が面白かったんでしょうね。表現するのは難しいんですけれど、敢えていうなら主人公のウルの「生き様」が濃厚に、濃密に描かれているところなのでしょう。
これは、彼の魂の物語なのだ。
ウル自身に特別な力も出自も何もない、というのも大きい。彼の才能は凡庸の一言で、それは冒険者の最上級の上澄みとなる人物を含めた、ある程度以上人を見る目を持っている人達みんなの共通の見解だ。
親がろくでなしででっかい借金をこさえて死んだおかげで、彼には金もなければ身分を保証してくれる立場もない。名無しと呼ばれる非定住民族でもある。だから、彼はおのがウルという名一つ、その特別な才も何も無い体一つ、そしてその心映え一つで生きていかなくてはならない立場にある。
そのうえで、彼は天涯孤独で自分一人に責任を負って自由に生きていれば良い立場でもない。彼にはアカネという妹がいて、彼女のことを守っていくという誓いめいたものを彼は抱いて生きているのだ。
そのうえで、その肝心の妹はクソ親父のせいで借金の方にとられてしまっている。
妹を取り戻すために、彼は望んでもいない冒険者になって、大金を稼がなくてはならない。大金を稼げるようになるために、黄金級と呼ばれる英雄をこえた狂気の果てに到達する冒険者の最高階位を目指さなくてはならなくなった。期限付きで。なんの才能も持たない後ろ盾ももたないその貧相な身一つで。
そんな余計なものが一切削ぎ落とされさらに期限まで切られてしまった境遇で、突き詰められていくのはウルという少年の心のありようだ。それこそが彼の武器であり、この物語でもっとも輝くものだ。だからこそ、彼の心が映し出す「生き様」がこれでもかと描かれる。
これが、たまらないっ! 本当に、たまらない濃厚な輝きなのだ。物語として、あまりにも濃密なのだ。重心が低くぶれない読み応えが、しかし重苦しくなく周囲の人間たちの賑やかさと相まって、くるくると飛び跳ね弾けながら物語として映えてくる。
こんなに、読んだーーっ、と満足させてくれる、そして次回以降の期待を膨らませてくれる楽しさが敷き詰められた第一巻はなかなか無いですよ。

ウル自身、育ちの悪さもあって決して品行方正じゃありません。ガラもあまりよろしくなくスレたところのある少年です。でも、生みの父親は最悪だったみたいですけれど、親から放置されて実際育つ場所となった孤児院で、彼ら兄妹を育ててくれた人は本当に大した人だったようで、ウルという人間の心のありようはここで形成された、と言っていいのでしょう。
序盤から、典型的な生意気で目をギラつかせガツガツとした貧困層の少年、と見せかけて思いの外相応しい相手には礼儀正しく、細かいところに気がついてさらっと困っている人に手を差し伸べ、押し付けがましくなく親切な姿勢が見えてくるのです。
こ、こいつ実はとてつもなく性格イケメンなんじゃないか!? と戦慄させられました。
決して優しい性格とかしてるわけじゃないんですよ。チンピラ相手には堂々喧嘩してますし、やられたらやり返す徹底したところも、必要ならば悪事の片棒を担ぐクレバーさも持っている。善良で人が良い、というタイプとは程遠い、強かで計算高く抜け目ないタイプとすら言えるでしょう。
だからこそ、折々で見せる損得抜きの相手のためを思っての行為が、その自然さもあいまって強烈な印象を残すんですよね。
なんだこいつは!? とぐいぐいと引き込まれていったのですけれど、その根幹というべき所が孤児院でのエピソードで語られるのです。そもそも、自分と妹以外の誰も頼みにせず、誰も頼らず、何も信じず、自分だけを頼みに生きていくことを疑いもしていない、その境遇から生まれただろう苛烈とすら言える我。決して優しくない世界で、自分たちを守るためにそれはオミットしてはいけない大切なものとして消し去ろうとせず、しかしその上に上書きするように孤児院の院長は彼に「道徳」を教えるんですね。それは彼とその妹がこれから生きていくうえで絶対に必要なものとして。彼ら自身を守る術となるものとして。
「我によって荒野を拓き、徳によって道を得よ」
後々までウルの生き方の規範となるこの言葉、その前段階のウルに語りかけた我と徳についての話と相まって、この言葉はウルだけでなく、読んでいるこっちにまで鮮烈といっていいほど焼き付いたのでした。
そしてまさに、ウルの行動論理ってこれなんですよね。彼の生き様がこの言葉に詰まっている。
おおよそ、もしウルがこの院長との出会いなく自分の苛烈な我のみに准じて生きていたなら誰も彼について行けず一人荒野を往く大悪党になっていたかもしれない運命が、新たにウルが得た規範によって多くの人が彼の生き方に心を寄せ、彼の背中に支えるための手を差し伸べることを厭わなくなっていく。
その生き様は、己を顧みない虚ろな魂に囚われた少女にすら色彩を与えていく。
最初、借金に追われて一か八かの勝負に出るしかなくなった頃は、彼の周りにいる連中はクソみたいな悪党ばかりで、ろくなもんじゃなかったですよ。
でも、彼がさらなる博打を強いられ、冒険者として大成しなくてはならなくなった、それも無理な期間で無謀な挑戦を繰り返さないといけない状況に置かれた時、彼は何も投げ出さず、自分の凡庸さを受け入れて、最後まで一つも諦めずに真摯に取り組むことでどんどんと彼の周りにはウルの行いに報いるように、彼の往く道を心配し影に日向に純粋に彼を応援してくれる人達が集ってくるのである。
気がついたら、周りほんとに気の良い連中や親切な職員やらがたくさんいて、世の中捨てたもんじゃないじゃないか、と思えてくるんですよね。
そして何より、ひょんなことから相棒になった謎の魔術師の少女シズク。彼女にもまた引けない理由があり、無理無茶無謀を踏まえたうえでそれを乗り越えなくてはならない宿命を、自らに課している。
でも、それは同じ方向を向いているようで、同じ道を歩いているわけじゃなかったんですね。
彼と彼女が、いかにして本当の仲間になっていくか。たった二人の行きずりのパーティーが、同じ想いを重ねて光の道をゆく相棒同志になっていくのか。ただの男女二人の組み合わせ、というのではない、このウルとシズクというただ二人きりのパーティーという感じが、また凄くいいんですよね。
カラー口絵に、二人が並んでダンジョンの入口の前に佇むシーンが描かれたものがあるんですけれど。二人の並んだ背中と、二人が持つ槍と杖の柄が交差して、地面に映し出された影とともに繋がっている、あのイラストがとても素晴らしく雰囲気が良くて、この二人を凝縮してるような絵でした。シズクの方がちょっと背が高いのも、いいんですよねえ。めっちゃ好き。
主人公ウルの精神は、鋼だ。その不屈さ、覚悟の定まりっぷり。固く強くゆるぎがない。そしてまた、彼の精神は黄金だ。メッキの下に本物の輝きを宿した彼の振る舞いは、自然と皆を引き付ける。誰もが彼を凡庸と侮りながら、それでも彼の往く道に皆が声をかけたくなるのだ。頑張れ、と。
ただ彼の強烈な意思だけが、困難を、壁を前に立ち止まらずに前に進ませる。慎重も安定も冷静な判断も、踏まえたうえで投げ出して、死地へと飛び出していく。夢などない、野望など抱いていない、それが願いを叶えるために必要なリスクだと断じたからこそ。
彼は冒険に挑むのだ。
正しく、そしてこの上なく、これは冒険者の物語である。
あたしゃあ、こういうのが大好物なんだよ! 

しかしこれ、世界設定方面の話を見るとけっこう人類全体切羽詰まりだしてるような世界観なんですね。それを踏まえたうえで本編を振り返ってみると、あの金髪の少女に関して彼女のセリフなどから「あれ?」と引っかかる部分が。わざわざ傍点で強調してるのを鑑みても、色々と想像の余地は広がるぞ。