【TS衛生兵さんの戦場日記 3】  まさきたま/クレタ エンターブレイン

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「貴女は、自分の罪の重さを理解していますか?」

無条件降伏を拒否され、首都ウィンの目前までサバト軍に攻め込まれたオースティン帝国。しかし南方での味方の奮戦により形勢は逆転、サバト軍を撤退させることに成功した。一時の猶予を得たオースティン軍は反撃のため民間からの徴兵を行い軍の立て直しを図る。その中でトウリもこれまでの功績から衛生小隊長へと昇進し、小隊を率いて先行部隊に帯同することに。しかしトウリの指揮下に集まった三人の衛生兵のうち二人は、かつての自分と同じく全く治癒魔法を使えない新人で……!?


そう言えば本作って、Web版連載でのタイトルって【TS衛生兵さんの戦場日記】じゃなくて【TS衛生兵さんの成り上がり】なんですよね。この巻で正式な部下がつく衛生小隊長に就任しているのを見て思い出しました。
本編の方はほとんど成り上がりらしい要素が見受けられなかったのもあってか、書籍化にあたってタイトル変えたみたいなんですけどね。
もっとも、今Web版ではびっくりするくらい成り上がってるんですが。マジで成り上がってるんですが。

ともあれ、トウリもこれで小隊長として自分が部下の面倒を見て指揮をとることになりました。前回の舞台は臨時に街のお医者さんたちをかき集めて手伝って貰っていて医者の中にもカリスマ的な名医の人なんかもいたので、実質お飾りの指揮官でした。いえいえ、ちゃんとトウリの指示や軍の観点からの指導などちゃんと聞いてくれて、トウリの側も本職の人達を尊重して敬意を払って軍側の責任者という立場に徹して頑張ってたので、部隊内部のトラブルらしいトラブルは殆どなく終わったんですけどね。
しかし、今回は徴兵や志願によって集められてきた人間の中から回復魔法の素養があるものを集めた上で、ちゃんと衛生兵として正式の軍人となったもの達を部下にするわけで、トウリも前回の民間人相手ではなく小隊長としてしっかりと彼らの指導指揮をしなくてはなりません。
突撃兵と衛生兵の違いこそありますけれど、あのガーバック隊長と同じ立場になったわけです。
そうなると、新兵として彼のもとに配属されたときに、ボコボコにぶん殴られながら彼によって指摘指導されたことが、今になってより実感できるようになってくるわけですよ。
彼はあまりにも暴力的で狂人の類でしたけれど、少なくとも部下たちに対する物言いで間違いはなかった。理不尽な暴力は多々ありましたけれど、兵士としての心構えの指導に関して理不尽な理屈はなかったのだと、自分が小隊長の身になってみると実感させられるんですね、トウリちゃん。

前線を死物狂いで生き残ってきたトウリから見れば、彼ら新兵たちはまだ戦争が実際にどんなものかまるで理解していなくて、認識していなくて、契約書にサインして軍服を着てここに立っていたとしても、彼らはまだ全然兵士じゃないのだ。意識の違い、心構えとか以前の、住む世界がまだ違っている状態。地獄を知らない未経験者たち。
トウリも配属された当初は、こんなだったんですよ。彼女に限らず、いきなり前線の塹壕に放り込まれた新兵たちは、死の感覚、命の軽さなんてものをまるでわかっていなくて、危機感も絶望感も緊張感も何も持っていなかった。最初からそんなの持てないんですよ。どれほどわかったつもりになっていても、どれほど覚悟を決めてきたとしても、それまで平穏な日常の中に居た人達の意識は切り替われていない。

それをトウリは、まるで兵士になった自覚のない部下たちの緩さに痛感し、苦悩し、どうやって部隊をまとめていけばいいのか苦心惨憺しながら、頑張っていくのですけれど。
しかし彼女は本当の意味でその意識の無さの差を、トウリもわかっていなかった。一つなにかの拍子でなにか間違ったら死んでいたのは自分、という状況を塹壕のなかで何度もくぐり抜け、そして生き残ってきたトウリは。間違いをおかしても幸いにして幸運にして死を免れ、あるいはサルサくんのような犠牲によって救われて、いつしか頭の天辺まで兵士としての在り方に染め上げられた彼女にとって、そうではない時の感覚ってどうしても遠い遠い自分ではない人の話でしかなく、思い出せるものではなかったのでしょう。
その齟齬が、致命的な事態を引き起こすとも知らずに。

今回、トウリのもとに部下として配属された3人の部下。前回の戦いで民間の医者として協力してくれた上に最前線でトウリと一緒に秘薬をキメながらトリアージに奮闘してくれたケイルさん。隣国フラメールの外国人であり劇団の俳優でありながら正義感から志願して衛生兵となったアルノマさん。そしてまだ学生でありながらトウリと同じように甘言でひょいひょいと軍に志願してしまったラキャ。
特にラキャは回復魔法の素養があるというだけで、トウリの時と同じように実際魔法が使えないのに配属され、右も左もわからないまま今も学生気分のままふんわりと軍に入ってしまったポンコツ娘だ。
この娘がまた全然普通の未成年の女の子であるがゆえに、敗戦瀬戸際の切羽詰まった軍隊という環境に馴染めるはずがなく、多くのトラブルを引き起こすことになる。
全然トラブルメイカーなんかじゃないんですよ。いい子ですし、明るくて本来は頑張りやさんなんでしょう。しっかりしているとは間違っても言えないですけれど、面倒見もよくて友達のことを放っておけない、普通のいい子なのです。
だからこそ、戦争という地獄の中に放り込まれるその準備段階の訓練ですら、彼ら彼女ら普通の子にとっては意味のわからない地獄であり、理不尽な横暴の庭だったのでしょう。
トウリはそのへん、自分では暴力を震えず、優しくしっかり懇切丁寧に言葉を重ねて接する人なので、ラキャも軍隊に対しては理不尽さに泣いたでしょうけれど、トウリには全然悪感情は抱いていなかったですしね。
でも、こういう普通の子が訓練段階ですら耐え難い、心折れてもう無茶苦茶になってしまうほどの地獄が、戦争なのです。しかもこの作品世界ではモラルが現代よりも近代中世寄りなところもありますからね。
まあ訓練が死ぬほどキツイとか、上官が意味わからないほど理不尽で暴力的で人格ごと破壊されそう、なんてのは地獄でもなんでもないのですけれど。
こういう死地に対しての根本的な意識感覚の違い……覚悟とか根性の話じゃないですよ。日常を当たり前として生きてきた一般人と、実戦経験者、或いはそれでなくても戦うことを前提として訓練してきた職業軍人との価値観の違い、警戒心や危機感、生存本能、緊張感緊迫感ってのの質が全然異なっている、というのがよくわかるお話でもありました。トウリたちの時は、もういきなり死地に放り込まれて、このへんの感覚身につかなかったらすぐに死ぬ、死んでいなくなるような状況でしたからね。
ある意味、この訓練期間の描写こそが、その違いをはっきりと浮き彫りにするシーンであり展開だった気がします。こういうのを見ると、徴兵で兵士集めても早々役に立たない、っての物凄く感覚的にもよくわかるお話だったように思います。

そしてやっぱり、その感覚を身に着けられなかった人から簡単に死んでいくんですよね……。

あとがきによると、今回のお話はシリーズ通しても一番平和だったんじゃないかというくらいの展開だったそうで。
ええええ、そうなの? これでそうなの!? と、思いつつもあとあとの展開を思い返してみると……うん、セドルくんと出会った頃くらいを除けば一番穏やかだったのかもしれない、確かに。

新兵たちがあまりの訓練の辛さにどんどんと死んだ目をしたリビングデッドになっていくのを見て、トウリがほっこりと心温かな気持ちになって微笑んでるシーンとか、平和ですもんねえ(平和とは)
うん、だいぶおかしくなってるよ、トウリちゃん。

でも戦況の方はサバト側が首都攻撃から撤退しているとはいえ、先の大敗北で戦力は払底して戦力差は揺るがし難いものになっている切羽詰まった状況なのも確か。衛生本部が壊滅したせいで、まだ衛生兵になってろくに時間も経っていないトウリが小隊長になって先行部隊の衛生部門を担っている時点でおかしいですもんね。
撤退するサバト軍になんとか損害を与えるために追撃をしかけるトウリが所属する先行部隊は、結果として先に自分たちが敗走したが故に首都までの無数の村落が、サバト軍によってどんな目に合わされたのかを、自分の国の人々がどんな地獄を味わわされたのかを、その末路を目の当たりにしていきます。
1巻2巻では、まだ軍隊に所属した兵士たちが戦場で味わう地獄、兵士たちみんなが味わう地獄でありました。
でも、この巻で浮き彫りになっていくのは、戦争に負けた国の市民たちがどんな目に合わされるか。
兵士一般市民の区別なく、国の民ぜんぶが味わう阿鼻叫喚。
正直このあたりをWeb版で読んだときは、あまりの胸糞の悪さに、人間がやることとは思えない数々の所業に物語と言えどえぐるような嫌悪感を感じたものでした。無条件降伏の拒否という信じがたい仕打ちに、この世界の国々は現代に足を突っ込んでいるような文明レベルでありながら、人権意識や法秩序、国家観のまともな理念もない世界なんだ、とショックを受けたものですけれど、ここで描かれた数々の蛮行はその理念のない世界が実際にどんなものかを突きつけられたようで、なんかもうたまらん気持ちだったんですよね。それでも、これはフィクションの世界であり、現実では少なくとも大国がこんなモラルなかったのは半世紀以上前で終わってるよね、と思ってたんですけどね。ちょうどこの連載時期にウクライナ戦争でのロシア軍の現代で行われたとは信じがたい蛮行が表沙汰になってきたいた時期とも重なっていて、余計にショックだったんですよねえ。

それでも、あの時が訪れるまではトウリにとっては信頼しあえる部下たちが出来て、特にラキャは同世代の女の子。しかもトウリと同じような来歴で軍に入った子、という事もあり……。初っ端から友人たちの脱走に巻き込まれたり、虐殺のあとに精神的にボロボロになり、それでも持ち前の明るさで頑張っていた子でした。トウリと同じようにとは出来ないでしょうけれど、体力もついてきて結構面倒見のよい所なんかも見えてきて、トウリとも同世代同士仲良くなってこれから支えあえる友人になっていく。今後レギュラーになっていくだろうなと、そんな立ち位置のキャラだったんですよね。
同時に、まだ何もなし得ていない、スタート地点に立つ前のウォーミングアップをしているあたりでもありました。モブでは絶対になく、ともすればサルサくんよりもずっと存在感があり、でも主要人物として活動する前の段階。物語の構成としてみても、全然中途半端なときだったとも言えるんですよ。

だからこそ、唐突に、無造作に、何の前触れもなくあっさりと、呆気なく、悲鳴も断末魔も恨み言も最期の言葉も死に顔すらもなく、ただ肉の焼ける匂いだけを残して着弾の爆発の向こうに消えてしまった瞬間は、本当に「え?」という何が起こったかわからない展開だったんですよね。
砲弾が降り注いでくる中で、腰が抜けて動けなくなってしまった看護兵の娘を助けに戻って、という人の善良さ、良き行いとすら思える行動で、ラキャがあまりにも呆気なく死んでしまったことに。物語から完全に退場してしまったことに。
ああ、この作品は本当にどんな人も当たり前にゴミのように死ぬんだ、と。普通の物語らしいちゃんとした死に方すらさせて貰えない、戦争の話なんだ。と、眼の前に突きつけられたようで。
多分、この時だったんでしょうね。この作品、ちょっと他とモノが違うぞ、と実感させられたのは。

そのうえで、彼女の死ってただ無意味な死じゃなく。かつてトウリも同じ間違いを犯してガーバック小隊長に死ぬほどボコボコにぶん殴られて叱られた一件と同じ性質の、人としては間違っていなくても軍隊に所属するものとしては間違いである、自分も味方も死なせる行いだった、というのがまたくるわけですよ。
そして、それに気づいたとき、ただでさえ部下の死に、ラキャの死に心割れていたトウリが病むんですね。同じ間違いを犯した自分だからこそ、ラキャが兵士としてやっちゃいけない事を、原理原則をそもそも理解していなかった事実に気づいてあげなければならなかった。自分の体験を訓示として新兵たちに教えてあげておかなければならなかった、と。小隊長としての自分のミスが、彼女を殺したのだと認識して、ついにあのトウリが病むわけですよ。

まあそのぶっ壊れたトウリのメンタルを修復してしまうのが、ロドリーくんなのですが。
前巻からこっち、この男の子完全にトウリの精神安定剤である。そもそも、再び軍を再結成して出陣するまでのこの巻の序盤の休暇編なんか、二人でデートしてるくらいですもんね。
ロドリーくんはトウリのこと妹みたいなものとしてしか見てない、と言うし。トウリもTSしてるから、と男は恋愛対象外でロドリー君も別にそういうのじゃないです、と顔色も変えずに宣っているけれど。先生、当人の主張と行動がさっぱり合っていません!!
ラキャの件で完全に精神的にヤバい状態になってたトウリが、ロドリーくんに話聞いてもらって叱咤されたら、持ち直しちゃったもんなあ。
デートの際に買ってもらった狐の人形、表紙絵で見てもどれだけ大事にしているかよくわかります。
ああ、二人で家族の話題になってロドリーくんの妹の話とかなってるときは、こっちが病みそうになりましたけれど。

一方で、どれだけ精神的に動揺し傷ついていても、一方で冷静沈着さを失わないというトウリのある種のぶっ壊れた側面が強烈に見え始めたのもこの頃であります。
前巻の市街戦で孤立した際にみせた、トウリの死の危険に対する勘の強さ。それが今回、さらに強烈な形で発露していくのです。
まだ新米の木端兵士だった頃。塹壕の冷たさも暴力の痛さも決断の恐ろしさも知らない頃では意味がなかった、トウリが前世から持っていたFPSゲームの伝説的世界王者としての経験。それがリアルで戦場を生き延び、兵士として経験を積み、生と死の境界を幾度もくぐり抜けて匂いをかぎ地べたをはいずり、痛みを知った経験。この両方が合致して、化学反応を起こし始めたのがちょうどこの頃だったのでしょう。
サバト軍の奇襲を受けて本体から切り離され、孤立してしまった衛生兵や輸送兵が殆どで戦闘能力を殆ど持たない後方部隊。かつてガーバック小隊で一緒だったヴェルディ少尉が率いる残兵部隊を。トウリがサバト軍の動きを読み、包囲網をくぐり抜けることで全滅必至だった状況から生還に成功するわけですけれど。この頃はまだ戦うための能力ではなく、生き残るための能力だと思ってたんだよなあ。
ヴェルディさん、最初登場したときは現場を知らない頭でっかちで、空気読めずにろくでもないことしでかしてしまう人なんだろうなあ、と思ってたけれど、この人ほんとにちゃんとトウリの話聞いてくれる上に我欲の少なく親身になってくれるいい人なので、あとあとまでずっとこの人が居てくれて良かったって事になるのですよ。
こうしてみると、ガーバック小隊での出会いはどれも掛け替えのないものになるんだなあ。

今回のラキャのあっけない死は、どれほど未来図に様々な絵を描けるだろう存在感を持つ登場人物でも、無造作に死んでしまう戦争の無機質さを想起させるものでした。戦争において、個人の死は、特に何の立場的影響力もない末端の兵士の死は、無為に消耗していくだけの無名の死に過ぎないのだと思い知らせるものでありました。
一方で、そんな何十万とあっただろう無数の個人の死の一つが、やはり同じ個人においては人生を歪めるほどの出来事でもあるんですよね。メンタル回復したとはいえ、ラキャの死をトウリはずっと抱えることになりますし、また彼女の死は一人の男の人生を決定的に停めてしまった事が幕間で明らかになりました。ローヴェくん、あの後死んだという話も聞かなかったので普通に生き残ったのかなと思ってたのに、まさかあんな事になっていたなんて。

ってか、単に現代でセドルくんが日記の内容を追いながら過去の真実に迫っていく、幕間ってそれだけの話だと思ってたら、現代編は現代編でえらいきな臭いことになってきた上にセドルくんが巻き込まれだしたんですけど。ちょっと、リアルタイムでなんかとんでもない事が起こり始めてない!? ちょっとこっちの話も急展開すぎて目を離せなくなってきたのですが!?