【英雄その後のセカンドライフ しかし子供に料理を振る舞うのは楽しいかもな】  芝村 裕吏 /しずまよしのり KADOKAWA単行本

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伝説の天才海軍提督、エルフの幼年学校の「料理係」に―!?

「アルバの宝剣」と謳われる不世出の英雄シレンツィオ・アガタ。海軍提督として数々の難敵・強敵を打ち破ったその伝説的な軍歴は、母国アルバからの「貴族に叙す」という通知と共に終わりを迎えた。貴族になる条件として隣国ルース王国の士官学校への留学を命じられたシレンツィオ。道中で気まぐれに羽妖精の命を救い、たどり着いた留学先で彼を待ち受けていたのは、なんの手違いか、エルフの少年少女が通う幼年学校への入学だった! 幼児たちの同級生となるおっさんという、まさかの事態もどこ吹く風。当のシレンツィオは気ままに友人になった少女テティスらに料理を振る舞うなど、たちまちエルフの少年少女たちの胃袋を掴んでいく――。これは「伝説」と呼ばれる男が、立場に振り回される大人たちをよそに、気ままに小さな友人たちに料理を振る舞い、学園生活を謳歌する「その後」の物語である。



伝説の天才海軍提督シレンツィオ・アガタ、31歳である。ちょっと待って欲しい。かの銀河英雄伝説のヤン・ウェンリーだって没年33歳だぜ。若えですよ、それでもうセカンドライフを求められ隠居を強いられる年齢なのか? 人生50年時代とはいえ、老人になるのが早すぎる。
実際、この世界でもまだまだ働き盛りだとは思うのだけれど、政治的な駆け引きもあって一線から退かされた上に、貴族位を与えられたために貴族としての教養を学ぶために隣国のエルフの国ルース王国の士官学校に留学することになったシレンツィオ。それがどういう手違いだか、幼年学校の方に入学することになってしまう。31歳のおっさん、ちびっこばかりの学校に通うのこと。
ケ・セラ・セラ、だと「なるようになるさ」になるのか。それとはちょっと違う感じだな。この海の男は、それもまた面白い、と自由にそんな境遇を受け入れて幼年学校に通い出す。鷹揚というべきか、何事にもこだわらず気にしない、というべきか。自由の海を往く男、である。古い時代の海の男特有の、海軍なのか海賊なのかその境界が曖昧の帰属にあんまりこだわりのないタイプなんだろうな、これ。
しかし、31歳だとエルフだと8歳相当なので幼年学校へ行け、ってどういう認識なんだ、エルフって。
それ以前に、その通い出した幼年学校でこの海の男はマクアディ・ソンフランという少年に出会うのだけれど……え? こいつって前作の紅蓮戦記で主人公やってたマクアディなの!? 
待って。マクアディがエルフとか知らなかったんですけど!? リアン国のエメラルド姫もエルフだったの!? 紅蓮戦記の方を見直したんだけれど、耳普通の長さでしたよね?
ここらへん、年齢の表記が錯綜して描かれているようで、マクアディが紅蓮戦記で暴れまわるのは四半世紀あとって描かれつつ、その際紅蓮戦記ではまだ14歳くらいで描かれてたんですよね。ってかよくよく読んでみると、10歳で初陣、1巻冒頭で14歳って今にして考えるとちょっとおかしいですよね。最近幼児でも平気で大人めいた立場で活躍するのが当たり前になってきているので違和感もなにも感じていなかったのですけれど。
あれってエルフ年齢表記だったのか? 実年齢はそれに四倍するくらいだったのか?
ちょっと厳密にはよくわからないんだけれど、エルフ年齢で概算していないなら、シレンティオ紅蓮戦記当時でもまだまだ現役でそのへんに居そうなんだが、エルフ年齢で概算しているのならさすがに引退していても不思議ではない年齢になってそうなんですよね。不世出の英雄がはたして大戦争のさなかで大人しくしている、或いは大人しくできる状況に居られるのか怪しいですもの。

さても、周りはエルフのお子様ばかりになってしまったシレンティオだけれど、だからといって別にお父さん役をやるわけではありませんでした。てっきり父性とか庇護欲を発揮して子供たちを護る大人、お父さんとして振る舞うのかと読む前は想像していたんですけどね。
ただこれ、これは相手が子供だから大人だからというの関係なく、シレンティオはただ自由の海の男でしかないのです。泰然自若として鷹揚として、さながら風のまま気のままにたゆたう雲のごとし。
ただ無邪気で純粋な子供たちはシンプルに可愛いらしく、大型の犬のようにまとわりつく子供たちを邪険にせず、見守っているような風情です。
その中で料理を振る舞って子供らが美味しそうに食べるのを喜んでいるように見えるのは、あれタイトル通りただただ楽しんでしょうな。彼個人として美味しいものを食べるのに労を厭わない気質があるんでしょうけれど、料理人らしい細やかな味のこだわりとかはあんまり感じられなくて、男の料理という雰囲気があるのがまたワイルドな美味そう、があって実に良き。本来会話するのも面倒くさがるくらいの人なのに、お腹をすかせる子供たちのご飯をせっせと食べさせる事には積極的なの、なんとも微笑ましい感じがするのでした。
しかしこれ、マクアディにとってシレンティオって人生の師匠みたいなもんなのか、これ。
そして面白いことに、本作のメインヒロインは羽妖精である。この世界観では大軍師シリーズに主に出てきた羽妖精たちだけれど、あいつらってどちらかというとメタに寄ってて現世において正気を保ってなさそうな印象があったんだけどなあ。ステージがちがうというか、会話はできるけれどこれ本当に意思疎通できてるの? とまでは言わないけれど、とかく真面目とは程遠いまさに妖精らしい妖精という感じでした。
でもこの子はなんか違いますよね。所属としてはそのガーティーの所から来たらしいのですけれど、ちと羽妖精とは思えないくらい自意識がはっきりしていて真面目で、負い目引け目を感じる精神もあり、女の子らしい拗ねたりへそを曲げたりキュンとしたりという乙女回路も持っている。

実のところこのシレンティオ、女には不自由していないし非常にモテる。結婚はしていないみたいだけれど、何気に子供はわんさかいるらしい。港ごとに現地妻を持つ海の男らしい男。おまけに、故郷としているアルバ国ってモデルがイタリアっぽいので、女性に対して口説くのが礼儀、そして大事に接するのが常識、となっている伊達男なので非常にアレなんですが。
だからこそ、女性でありつつ性欲の対象になりえない羽妖精や幼年学校で特に親しくなったティティスという幼女エルフに対しては、そのコミュニケーションを楽しんでるんですよね。相手から熱烈な好意を伝えられているのですけれど、大人の女性相手と違ってそれを受け取って返しにしてもやっぱりやり方や方法が違ってくるわけですよ。ちっちゃい羽妖精であり幼女エルフですからね。随分と楽しそうに会話している様子が、随所から伺えます。マクアディに対しても楽しそうにあれこれと親身に教えている様子からして、ちっこい子たち相手にしがらみなく振る舞うこと自体が楽しいようですけれど。
まあそんな、子供たちの中に混ざっても関係なく気侭に振る舞い、しかし懐かれてそれに構い倒すおっさんののんびりとした自由な日々のお話である。

この世界観で話書くときの芝村さんの、史料から引っ張ってきたみたいな歴史小説っぽい文章の、司馬遼太郎や佐藤大輔みたいな感じの書き方は、この界隈では他にあんまり見ないのでやっぱり読んでて楽しいですねえ。こういう書き方で描かれる小説って好きなんですよ、うん。