【カノンレディ〜砲兵令嬢戦記〜 2】  村井啓/※kome サーガフォレスト

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武器商の跡取り娘のエリザベスは軍人としての道を歩む事を決意し、実家から持ち出した大砲と義理の妹のエレンとともに砲兵部隊へと紛れ込む。戦果も挙げ、意気揚々のエリザベスだったが、人間の命が無残に散っていく戦場の真の怖さを目の当たりにし、衝撃を受けるのだった。しかし、自分の目標に向かってゆるぎない決意を固めたエリザベスは、部隊の新たな作戦でまたも驚きの成果を上げる!




前回、有翼騎兵(フッサリア)の追撃をかわすために殿に残った連中、つまり自分から捨て石になって味方の撤退を支援してくれたクリス少尉たち。
それは軍事上必要な犠牲、ということになるんだけれど、士官学校を出ていないエリザベスにとって、そういう時の心構えをこそ学んでいないし、身についていないんですよね。
士官を養成するための学校って、作戦の立て方や武器の使い方、指揮のやり方といったものを学ぶのももちろんなんだけれど、そういう技術学問の分野とはまた別に、軍人として士官としての在り方、心構え、みたいなものを学ぶ場である、というのは度々こういうフィクションの作品でも見受けられるお話なんですよね。
士官学校などを出ていなくて、いきなり民間人から才能を発揮して戦果をあげて部隊を任されるようになったり、というサクセスストーリーを経た主人公の前にそそり立つ壁として現れるのが、こういう現実の戦場の非情さ、グロテスクさに対しての心の防壁だったり、そんな地獄のような場所で部下の兵士たちに不安を与えない立ち居振る舞いだったりするわけです。
どれほど戦う才能があっても、どれほど知識があっても、民間人と専門の訓練を受けた軍人とではどうしたって超えられない壁があるのだ、と。
中には最初から怪物のような精神性や、指揮官としての勘所を持っているタイプの人物もいるんですけどね。
そういう意味では、エリザベスは戦記ものの主人公としては昨今ではびっくりするくらい普通の、本当に普通の一般人のメンタルを持った子だったのでしょう。バケモノじみた心の在り方など皆無に等しい、どれほど憧れ夢を持ち野心を滾らせ、知識を蓄え怒りを宿し根性を備え胆力を持っていたとしても、能力もあり才能もあり度胸もあり決断力もあったとしても。そのうえで、エリザベスは普通の平和な日常しか知らなかった子、一般人だったのでしょう。
そして、戦場の洗礼を一兵士ではなく、いきなり砲兵たちの実質的な指揮官という責任を追う立場で浴びることになった。部下の、兵士たちの命を預かり、自分の意思で左右しなければならない立場、をだ。
殿に残って敵の追撃を防いで、そして死んでいっただろう兵士たちの犠牲に、エリザベスが耐えきれずに精神の均衡を崩してしまうシーンは、迫真の描写と言って過言ではなかったと思います。
あれって、恐怖なんですよね。自分があの人達の犠牲を背負わなくてはならない、という事実の重さに対する怯え。その怯えに溺れそうになって、いっぱいいっぱいのギリギリの瀬戸際に立って、本当に溢れそうになるギリギリで耐えている、というエリザベスの様子の描き方がここ繰り返しになりますけれど、迫真で実に良かった。ギリギリであると同時に、ギリギリで耐えている、耐えている、踏ん張っている、あとちょっと均衡が崩れたら精神が壊れてしまいそうだけれど、でも耐えている。
この土俵際の粘り強さを思わせるところに、エリザベスの脆さと同じにそれに負けまいとしている強さを見ることが出来たのでした。
実際、イーサンをはじめとした周りの軍人たちにアドバイスを貰い、そして一番恐れていたクリス少尉の遺族となる奥さんに責められることなく、むしろ慰められたことで、ようやくエリザベスは軍人としてアルべき振る舞いを実感として自分の鎧として身に纏うことが出来るようになっていく。
ほんと幸いなんだけれど、エリザベスの目指す道って女性なのに軍人としての栄達を目指すなんだけれど、その道を先に歩んでいる人達に味方として頼れる上司として、信頼できる友人として、既に得られているんですよね。女だてらに騎兵隊の隊長として活躍している人や、最前線の領主として堂々と敵軍に立ち向かい、また動きの鈍い味方の連合の各都市の長たちを叱咤する演説をぶちまけられる女傑といった見習うべき人達が。
直接学ぶことのできる先達がいて、その人達は親身になってかわいがってくれる。男の軍人たちも戦友として同じ戦場を生き抜いた者同士、仲間として同輩として打ち解け心配してくれる。
そして、エリザベス自身、思い描いていた栄光の戦場とはまったく違う、凄絶で非情で救いのない現実の戦場の姿に衝撃を受け、打ちのめされても……それでも彼女は心折れなかった。逃げなかったし蹲って見なければいけないものを見ないふりするなんて真似、しなかった。どれだけ辛くても歯を食いしばって見続けたし、自分が耐え難い非情な命令をくださなくてはならなくなった時も、震えた声でしっかりと命令を下してみせた。心砕けそうになっても無理やりそれをかき集めて、繕ってみせた。
そうやって逃げなかったから、彼女は……民間人で一般人だったエリザベスは自力で一歩一歩、本物の軍人になっていったのである。
憧れたキラキラとした軍人ではなかったかもしれないけれど、硝煙にまみれ血と泥に汚れた誇るべき魂というものを、彼女は宿したのだ。
だから、エリザベスは勝つために自分の大商人の娘という身分を利用することを厭わなくなったし、それ以上に周りが彼女のことを本物の軍人として認めて、離さなくなった。
本格的な再戦は未だ起こらず、今回は敵味方とも一旦退いて態勢を立て直す回でしたけれど、それ以上にエリザベスに自覚を促し、彼女を本物に磨き上げて備える回だったと言えるんじゃないでしょうか。
そんな彼女に続くように、女ながらも兵士になろうとするリサのような子も現れている。エリザベスも、憧れられる一人になろうとしてるのを見ると、なんか感慨が湧いてきます。

そしてもう一人の姉妹の片割れ、エレンである。どちらかというと自由な姉に振り回されつつも、仕方ないなあとついていく妹、みたいに思ってたんだけれど……なんか思ってた以上に複雑な関係だったんだな。最初は、エリザベスの方が妹だったのか。そして、思ってた以上にエリザベスがエレンのこと大事にして、彼女のために入れ込んでいた事がわかる昔の話が開陳されました。エリザベスが決定的に父親を見限ったのは、エレンの事があったからなのか。
そりゃ、エレンもエリザベスにどこまでもついていきますよ。想像以上に二人の姉妹の絆は深くて、エレンの技術者としてののめり込み方は深かったんですねえ。だからこそ、実家でどれほどエレンが耐えてきたのか。エリザベスが出奔するきっかけや理由は幾つもあったんでしょうけれど、その最大がやはりエレンのため、というのがあったんでしょうねえ。
今、エレンはエリザベスの紹介、というか誘導もあって、鍛冶師の爺さんに弟子入して彼女の夢だった砲開発に没頭している。彼女の夢が今叶っている最中だ。どうしてエリザベスがエレンを自分と同じ軍人に誘うでなく民間人に留めたのか、その理由がこれなんでしょう。
……しかし、部品の共通化なんて歴史何百年か早くないですか? 日本なんて零戦のネジ合わねー! 削って調整だ、みたいな事WW2の頃にやってたくらいですし。
でもちゃんと産業史勉強したら、古くからやれるところはやってた所もあるよ、みたいな歴史あるんですかね? 勉強不足でなかなかそういう具体的な話知らないのですけれど。

そして、連邦軍の編成が決定してから一ヶ月が経過してもまだグダグダやってるこの軍結成の動きの遅さ。つい先日、オルクセン王国史を読んで王国軍の「魔の十二日間」と呼ばれる雷迅の速さの動員を目の当たりにしているだけに、余計に本来の軍隊の動きの遅さというものを味わっています。
特にエリザベスが所属するオーランド連邦は、国としてちゃんと纏まっていないこれ烏合の衆なんじゃないの?という国体なんで、意思決定がとにかく遅い。そのグダグダの国体がなんで誕生してしまったか、の話までちゃんと描かれているんで、納得しか無いのですけどねえ。
しかして、次の巻ではついに首都へのダイレクトアタックを開始したノール帝国軍との再戦がはじまるわけで、山場ですね。