徒然雑記 : ロクでなし魔術講師と禁忌教典２３　★★★★

【ロクでなし魔術講師と禁忌教典２３】　羊太郎／三嶋くろね富士見ファンタジア文庫

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迷い込んだ夢の世界。ここから抜け出す唯一の方法は――

セラ=シルヴァース。かつてグレンの最大の理解者であった彼女はもう二年も前に命を落としている。その筈だった。
「なんだか、本当に夢みたい。幸せ過ぎて、私、溶けそうだよ」
そんな彼女がいまグレンの目の前で幸せそうに微笑んでいた。
ジャティスとの決戦の最中、グレンが迷い込んでしまったのはセラと共に生きるifの世界。そこでグレンはセラの故郷を訪れ戦いを忘れて穏やかな日々を過ごしていた。一方で、その幸福に含まれた僅かな“違和感”がどうしても拭えなくて――
優しく暖かい世界の中、グレンが下した決断とは?
そしてついにーー禁忌教典をめぐる戦いに決着が訪れる。

今にして思うと、グレンにとってのメインヒロインってのは変わらずセラだったんだなあ、とひしひしと感じるのです。
この幸せに満ちたセラの故郷への里帰り、ならびに私達結婚します！報告の世界を見てると、ね。
セラの存在がどれほどかけがえのないものだったか。
彼女の死を契機にして、彼は魔術に失望し正義の魔法使いの道を投げ捨てて蹲ってしまったわけですけれど、シリーズ始まった当初は彼のダメ人間さも相まって、これほど辛い思いをしたんだから一度挫折してしまうのもしょうがないよな、と思ったものですけれど。
これだけシリーズ続いてみると、グレン先生が歩みを止めてしまうというのはやっぱりよっぽどだったんですよ。どれほど苦しみのたうち回り弱音を吐いても、それでも前へ前へと進むのを止められないいろんな意味でどうしようもない人だというのを、長く彼の生き方生き様を見続けていると段々とね、わかってきますよ。
そんな彼が本当に折れた、もう一歩も歩けないほどに打ちひしがれる、セラという女性との死別は……彼女を救えなかったという事実は、本当にそれだけグレン先生にとって致命的な事だったのだ。セラはグレンにとってそれほどの存在だったのだ、と考えるべきなのではないだろうか。
今、彼には命をかけて守りたいともう一度思い戦えるようになった大切な人達がたくさんできた。もう一度、彼が歩みを再開させられたほどの、大切な人達だ。
でもそれでも、彼が真実愛したのは、彼女だけだったんじゃなかろうか。そして、そんな彼女を喪った。
愛する人を喪って、かけがえのない母親も喪って、彼はとうとう特別な二人を亡くしてしまった。

このセラと過ごす幸せな世界の姿は、どちらかというとグレンよりもセラの想いが創り上げたようなドリームランドだったけれど、でもグレンにとってもそれはまさに夢のような世界だっただろう。
彼の未練が引き起こした夢だ。ずっとずっと、グレンの中で燻っていた痛みだろう。忘れられず、引きずり続けた残響だ。
彼には戦う理由があり、前に進む原動力も在る。それでも、そのポッカリと空いた喪失は火が消えてしまったろうそくのようで、たなびく煙が彼の虚ろ、虚無感みたいなものを想起させる。
なぜ戦うのか、なぜ自分のすべてを燃やして真剣に立ち向かえるのか。
それを知るためには、それを得るためには、グレンには必要だったのだろう。自分の中に残ったセラへの後悔に対しての別れが。
それに気づくきっかけが、教師としての自分だった、というのはグレンの原点が正義の魔法使いである、というだけでなく、教師・先生であること、子供たちを教え導くことで新たな自分を見つけていく、シルフィたちとの出会いである魔術講師としての自分も、グレンにとっては原点となっていた、というのは大きなポイントになってくるんじゃないでしょうか。
セラの、最期のエール。それがグレンの止まることのない歩みの本当に最後の後押しとなる。でもそれって、本当にどこまでも行ってしまえる、錨とも命綱ともとれる縛りを解き放ってしまった、とも感じるのだ。
それが究極、彼の旧神エンドへと繋がっていく。
クトゥルフ系ゲームのデモンベインでもそうでしたけれど、このいつまでも戦い続ける永遠の旅路、というのは……一人では寂しすぎる。せめてナムルスを連れていけば、アル・アジフと大十字九郎みたいなコンビに…はちと厳しいか。真ナムルス・ルートにでも突入してりゃあともかく、永遠に傍らにあり続けるだけの愛と絆の物語のヒーローとヒロインになってたわけじゃないですからね。

或いは、だからジャティスの介入だったのか。
こいつ、最終的にお前が一番グレンのファンだろ、というくらいグレンに傾倒してましたけれど、まだ執行官の頃は全然グレンのこと舐め腐ってましたよね。
どの段階で、グレンがジャティス自身にとっても原点である、と気付いたんだろう。もちろん、ジャティス自身が自分の正義を信じぬいて、彼にとっての英雄が成せなかった大事を成そうとしてはいたんだけれど、それとは別に自分の存在が本来の歴史の流れをぐちゃぐちゃに引っ掻き回している、ジャティスの存在を発端にして、グレンとその周りの成長、意識の変化が変わっている。自分の存在こそを楔にしよう、という意思があったのは多分間違いないですよね。あの末期の言葉からしても。
敵役として、何より自分本位の正義という狂気に憑かれた狂信者でありながら、これほど本懐を遂げて満足して去っていったキャラクターはそうそういないんじゃないでしょうかね。
本当にやりたいことを全部やってのけて行った、というべきかもしれない。

そしてシスティ、ルミア、リィエルの三人娘であります。
ある意味、このシリーズってこの三人の少女たちの成長がメインだったとも思うんですよね。能力の成長だけじゃもちろんなく、心の成長、自分の在り方を見つける旅、夢を抱き未来を掴む、それが出来るようになるまでに幾度も幾度も挫折して塗炭の苦しみを味わってのたうち回り、それでもグレン先生に導かれ、或いは追い回し、そして仲間や友人たちと支え合ってこの天の領域までたどり着いてきた。本当にここまで底から一歩一歩２０数巻かけて這い上がって成長を遂げてきたヒロインも、そうはいないですよ。
そして、その集約にして結晶、三人娘のこの作品通じての歩みがあのクライマックスシーンに集約され結晶となって結実したんじゃないでしょうか。
あのシスティーナとルミアとリィエルの三人のアンサー、止まらず歩んだ果てに誰もが正義の魔法使いになれる、という実証がされたシーンは、正直マジで感動がありました。
思えば、シリーズ始まった当初から特にシスティーナですよ、彼女の成長をずっと見続けてきた、それこそがこのシリーズの肝とすら思って見守ってきたとも言えますから。感慨もひとしおだったんですよ。

本来ならばこの物語はこれで終わり。終わりのはずが、あの這いずるズリズリのニチャアっとした性癖の賜物のはずなのですが……まだ終わらぬ、まだ終わらぬ。最後の最後のもう一巻。最果ての、その先を覗き見よう。