【飼育員セシルの日誌 １ 〜ひとりぼっちの女の子が新天地で愛を知るまで〜】 紺染幸／凩はとば オーバーラップノベルスｆ
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大好きなみんなを守るため、秘密の力でがんばります！
十六歳の少女セシルは育て親を亡くし天涯孤独だが、大好きな大鳥ランフォルに囲まれて働ける日々に満足していて、だから一人でも大丈夫だった。
そんなある日、彼女は突然勤め先を解雇されてしまう。
もうランフォルと触れ合えないなんてとんでもないことだったから、セシルは飼育員としての仕事を求め僻地オークランス牧場へ向かうことに。
そこで待っていたのはかっこいいランフォル、クァクァ追いかけてくる可愛い雛たち、楽しいご近所さんたちとあったかいごはん――そして何より、セシルを理解し受け止めてくれる優しい雇用主オスカーがいる幸せな生活。
春が過ぎ、夏を迎え、仕事を通して周囲との関係を深めたセシルはだんだんと恋を知る。
オスカーとの距離が近づくなか、町を危機が襲い……!?
「皆のために必要なら、私が飛ぶね。やることを、必要なときに、できる人がやるだけだよ」
孤独だった少女が、大好きな皆のために頑張ります！
もふもふ×おしごとファンタジー、開幕！
【おでん屋春子婆さんの偏屈異世界珍道中】、【化物嬢ソフィのサロン】、【オリヴィア嬢は愛されると死ぬ】の作者である紺染幸さんの新シリーズ。
騎乗できる大鷲……鷲とは明言されてないのか。騎乗できるように調教可能な大鳥ランフォルの飼育員であるものの、働いていた牧場の経営者が代替わりして経営方針が変わってことで放逐されてしまったセシルと、両親と兄と流行病と事故で喪い軍を辞めて急遽実家のランフォル牧場を継ぐことになったオスカー。そんな二人が二人三脚でのどかだけれど忙しく、でもランフォル好きにとってはやり甲斐しかないランフォル尽くしの日常を描いた物語。
ほんとねー、この紺染幸さんって登場人物の感情表現の描写がなんか普通の作家さんと一味違うんだよなあ。既存のシリーズでもその傾向は強くあったんだけれど、本作は特にストーリーのダイナミックな展開よりも、個々の登場人物の想いや感情を掘り下げて重点的に描いていたようなきらいがあるので、特に強くそのあたりを感じさせられた気がします。
なんかね、この人が描くキャラクターの想いって、オーバーフローしてる感があるんですよねえ。なんだそれ、と言われそうなんだけれど、なんなんだろうね、これ。セリフとか地の文を超えて行間まで溢れ出してきている、みたいな感じすらするんですよ。
感情が溢れ出す、というのはむしろ一般的な言い回しなんですけどね。でも紺染幸さんが描くキャラクターは、そのキャラの器というか枠組みを超えてダバダバと溢れ出してる感があるんだよなあ。
コップになみなみと水をいれると、表面張力でふんわりと膨れ上がるじゃないですか。あんな状態、或いはそこからさらにとどまらずにコンコンとコップの底から湧き出して、なんかの拍子にチャップチャップと溢れてこぼれちゃうみたいな。
そんなのさ、見てたらどうしてもあっあっあっ！となって注目しちゃうでしょ？ そんでもって、溢れ出したら思わずどうしようどうしよう！？と受け止めようとしたりして、慌てて焦ってそれしか目に入らなくなって、ワタワタと、ハラハラと、ドキドキと、それが喜怒哀楽のどの感情の色だろうと平静で受け止められないんですよ。濡れちゃうんですよ。こっちまでビショビショだよ。４DXの映画館じゃないんだからっ。
もう落ち着いて読んでられないの。
それくらい、ヒロインのセシルは喜ぶにしても哀しむにしても恐れるにしても、楽しむのも泣くのもまっすぐでキラキラしていて、触れると割れてしまいそうなガラスみたいな繊細さと、どれだけつらい目にあってもへこたれない若木のような瑞々しさを併せ持つような子で、読んでるだけで彼女の感情が雫になって飛沫になって飛んでくるみたいなのだ。
彼女がどれだけランフォルたちを愛しているのか、彼らを育てるのを喜びを持って行っているか、彼らの成長をどれほど慈しみを持って全身全霊を注いでいるのか、伝わるどころじゃない。溢れてきたものがダバダバと浴びせられてくる。
そんな彼女にとって、自分と同じかそれ以上にランフォルたちを愛し慈しむオスカーという上司との日々は、ただただ幸せで、毎日が刺激的で、楽園みたいで。
同時に、それが喪われることを恐れる気持ちもまた隠しきれないほどにオーバーフローしてるんですね。
彼女が何を恐れているのか、何に怯えているのか。ずっと彼女を苛んできた孤独が、幸せを感じるからこそ彼女を急き立てていく。
そんな彼女を繋ぎ止めるのが、セシルと同じように家族を喪い、後を継ぐことを兄に託して軍に入りそこで出世コースに乗っていたのに、何もかもを奪われてせめて家族の思い出である牧場を、自分の家族の残り香を、今もなお大好きなランフォルたちを守るために戻ってきて、でも自分がもう独りであることを痛感して、どこか途方に暮れていたオスカーだったのである。
彼の周りには、先代からの付き合いで、子供の頃からの友人で、牧場経営に関連する生業で生活をしている人達が居て、そんな人達は温かくオスカーのことを見守っていてくれたのですけれど、それでも欄フォルトと過ごす牧場の日々、彼の人生そのものに寄り添う人はもうだれも居なくなっていて。
ワンオペという仕事の大変さもあって、彼の毎日に暗い影を落としていたのですね。
そこに現れた、新人ながら経験豊富で、ランフォルについてもオスカーといつまででも話が弾み、技術的にも自分に伍する少女セシルで。
彼女と一緒に働くことで、オスカーはただランフォルを育て愛するというもっとも大事なことに邁進できるようになるのです。
ふたりとも、お互いがギリギリ落ちそうな崖っぷちで出会った命綱でもあったんでしょうね。
そうしてただ幸せな日々を噛み締めているうちに、落ち着いてきてみたら、周りの人達が囃し立てているセシルとの相性の良さ、彼女の純真さに、ようやく自分が彼女のことをかけがえなく想う気持ちに、変化が生じてきていることに気付かされるオスカーだったのです。
でも、ここが一対一の雇用主と非雇用者の立場の違いで、オスカーがセシルにアプローチするということは、天涯孤独で後ろ盾がなくようやくオスカーの牧場で雇ってもらえているセシルはオスカーの求めに逆らえない立場で……。
もちろん、お互いにそんなつもりはなくても、余計な強要であり圧力が介在すると見られてしまう立場なんですねえ。だから、オスカーはただただ誠実にセシルに接し続けるしかない。いつか、彼女が異性として自分を意識してくれるまで。
どれほどオスカーに心開いていても、どこか男性に対して心のなかで一線を引く様子を見せていたセシル。そんな二人に試練が訪れるのは、クライマックスなわけですけれど。
とにもかくにも、この二人の心の移ろい。ランフォル牧場の忙しなくも牧歌的で、朝から晩までランフォル尽くしの命を預かる仕事の重さ、大変さ、楽しさ、やり甲斐が目一杯詰め込まれたような毎日の様子。彼らを見守る周囲の人達の温かい眼差し。なにもかもが、もう容量を超える情緒のオーバーフローを起こしていて、色んな意味でたまらんかったです。
人間讃歌にして愛の讃歌というに相応しい物語でありました。
