【肥満令嬢は細くなり、後は傾国の美女（物理）として生きるのみ】 八針来夏／輝竜司 TOブックス
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帝国が領土拡張を図る乱世。大軍勢に一人対峙する絶世の美女がいた。
黄金の艶髪。括れた細腰。――名をローズメイ＝ダークサント。その正体は、かつて太った容姿と王国最強の武勇で名を轟かせた「醜女将軍」。
婚約者に嫌われ命を散らしたにもかかわらず、神の気まぐれで蘇った伝説の女武人であった！ 何もかも失った彼女を突き動かしたのは、その誇りのみ。
「たかだか一度死んだ程度で、弱き者を守る生き方が変わると思ったか？」。
その志はならず者や敵将の心さえも打ち、配下に志願する者も現れる。少女を襲う龍を殴り倒しては、民を虐げる貴族を殲滅。やがて噂が噂を呼び、祖国の仇の帝国にも目をつけられることになり――？ 美貌を頼る気まるでなし。正面きって国を倒す美女の痛快英雄伝開幕！
はぁぁぁぁ（陶酔
世に格好良い女性なんてのは山程いるかも知れないですけれど、このローズメイ閣下はその極北なんじゃなかろうか。
いや、この人を果たして格好良いという表現で括っても良いのだろうか。もうそういう範疇に収まらないんじゃなかろうか。
ローズメイ閣下、肥満令嬢なんて書かれていますけれど、実際はあれです。関取みたいなもんです。鍛え上げられた筋肉とそれを覆う鎧としての脂肪。ただ戦うためだけに元の儚げで可憐だった容姿をかなぐり捨てて、強力神の加護を得て、亡き父兄の後を継いで軍を担うために自らを突き詰めたその果てが「醜女将軍」と呼ばれるその姿だったのである。
婚約者である王子への愛のために自らを捧げ、王子から喪われた愛のために敵国である帝国の謀略によって果てる事になった彼女。
いわゆる悪役令嬢モノの婚約破棄シーンが冒頭に来るわけですけれど、ここまで雄々しい婚約破棄のシーンはなかなかないですよ。
これ、ローズメイ閣下側だけじゃなく、帝国の工作員として王子にハニートラップを仕掛けたシーラ・メディスン男爵令嬢。ローズメイを前線から引き剥がして婚約破棄の宣言のために王子を唆して、王都へと誘い出して帝国と通じた反乱軍八〇〇〇をローズメイただ一人にぶつけるという謀略を成功に導いた立役者であるシーラ。この二人の対峙がまた痺れるようなやり取りなんですよね。
本来なら、名乗り出ることもせず謀略の詳細を告げる事もなく隠れていれば、そのままひっそりと逃げられただろうに。捕まって拷問の末に殺される事を承知の上で、ローズメイの前に立ち勝利を宣言するシーラのその心境は、決してローズメイを見下すものじゃなくて、もう感化されまくってるんですよ。
この人の前では堂々としたい。自らの名を知ってほしい。貴女を陥れたものとして、自分の存在を刻んでほしい、という焦がれるような想いから。
その見事な手練手管をローズメイから称賛された時には天にも登る心地に至っているんですよね、シーラ。もういっそ忠誠を誓ってしまいたくなっているほどに惚れ込んでいる。
それでいて、ローズメイに敵として認識されていることに、誉れと喜びを抱いている。
この後、シーラは見事に逃げ失せ。ローズメイは自らの手勢１０騎とともに反乱軍８０００の大群に突撃、中央突破して首謀者の首を獲ったあとに消息不明となったのでした。
ちなみに、彼女に付き従った１０人の騎士のうち、二人も生き残っているあたり、ローズメイ軍が大国に恐れられ、ついに謀略によって討ち取る方向に舵が切られたのもわかろうというものである。
シーラに限らず、ローズメイと相対したものは誰も彼もが魅了されていく。男も、女も関係なしだ。それが真っ当な騎士だろうと、ならず者として非道を成してきた悪漢であろうと関係ない。
そのカリスマは。太陽のような強烈な輝きは、見る人の脳を焼き魂を焼き上げてしまうのだろう。
死んで生まれ変わって、脂肪が削ぎ落とされて肉体美という加護を得たローズメイは、まさに天上の美貌の主となった。それは、おうごんのひかりが人の形を取ったように、と表現される光の美である。
その強さもまた、醜女将軍であった時以上に軽やかで豪放だ。
意識を取り戻したローズメイが最初に遭遇した、竜の襲撃を騙り村から生贄の少女を拐おうとした悪漢たち。生贄の少女を救い、竜と戦って死ぬために身代わりを買って出たローズメイは、竜ではなくチンピラどもと戦うことになってしまうのですが、彼らが預けられていた薬漬けにされた狼龍を素手でねじ伏せ従えた末に、ここでもう生贄の少女シディアと最初にぶっ殺された数名と悪漢の頭以外の生き残ったならずものども、そしてシーラ（！？）と名付けた狼龍が、ローズメイに魅せられてしまうんですね。
それは美に惑わされたわけでも、強さに怯えたわけでもない。ローズメイの輝きに、生き様の高潔さに、その圧倒的なカリスマに引き寄せられることで、今までの自分が生まれ変わったみたいな気分にさせられてしまうのです。
魔性の魅了とは違うんですよね。正気を失うのでも頭がおかしくなるのでもない。この人と一緒に行けば、胸を張れる自分になれる。今までの弱い、情けない、クズな自分とは全然違う自分になれそうな。誇りを抱いて生きていけそうな、そして満足して死ねそうな。
気高さを、高潔さを、格好良いだろうと自慢できる、そんな自分になれるんじゃないか、とワクワクするような高揚感が吹き上がってるんですよね。
色恋じゃない、人に惚れ込む、その極地を見るかのような、ローズメイのカリスマなのであります。
この後も、彼女たちと敵対した者の中には何ならぶっ殺されながらも、恍惚と……自分を殺したこの美女に見惚れながら、死んでいく者すら珍しくありませんでしたし。
彼女の強さに挑んだつわ者も、その圧倒的な武に打ちのめされ、罵倒と呪いの言葉を連ねながらその締めにああ気を抜くと好きになってしまいそうだ！ と内心叫んじゃってるんですよ。
もう、見ていて思わず陶酔してしまいそうなほどに、ただただカッコいい。
でも、それだけの人じゃないんですよ、ローズメイ閣下。これだけ化け物じみた在り方をしていたら、それこそ人外の存在、心のありようも化け物じみている、超然として人間離れしてる、かと思いきや。
元々、恋に生き、愛のために醜女将軍となる過酷な道を選んだろうに、愛の人なんですよね。自らそうなることを選んだとは言え、脂肪に包まれた体や顔に寝床を涙で濡らしていたような人。
だから、美貌を取り戻して生まれ変わったことに関して、何も思ってない、なんて事もなく。皆から綺麗綺麗と褒められることはひっそりと嬉しく思って浮かれていたり、女性らしい衣装を纏うことに喜びを感じたり、自分の美貌は傾国で混乱を起こすほどのものなのか、と手下たちに尋ねて……咄嗟に答えが返ってこなかった事に、恥ずかしくなって埒もない事を言ってしまったと顔を赤くしてしまったり、と。
根っこ、乙女なんですよ。歴戦の将軍であり、弱き人困っている人を助ける義侠の人であるローズメイ閣下なんですが、物凄く可愛らしい内面もあるのです。その両方を兼ね備えているところがまた、凄まじい魅力となっているのです。
婚約者であり自分の死の原因となってしまったギスカー王子のことも、今以てなお恨んでおらず。
幼い頃に抱いた恋を、ずっと大事にしていて。
でも、その子供の頃の恋に決着をつける、心の整理をつける、終盤の間奏がまた哀切と淡い優しさを感じさせる話で、グッと胸に来たんですよねえ。
それと対を成すようなギスカー王子の末路の話も、これがまた自業自得なんだけどさ。自分の愚かさ故に国を滅ぼし、しかし死ぬ事を許されず、愚かさの責任を取るために歴史に暗君と刻まれる生涯を受け入れることになった彼の生き様は……哀れ、とだけでは言い表せない、これまたなんかもう沁みる話でした。
彼が幼い頃に勇気を振り絞り、命を欠けてまだ無力だったローズメイを救ったのは事実だったのだし、決して愚かなだけじゃない王子だったのに。
これ、王子の不始末によってローズメイの家であるダークサント公爵家に詫びるために、病に伏して余命幾ばくもなかった国王陛下が、公爵家の墓に病身を押して参った末に自刃して詫びてるんですよね。
自分の愚かさでローズメイを死なせ、父親を自刃させ、挙げ句に帝国の姫を娶らされて王国を降伏という形で滅亡させる。自らの愚行の責任をこういう形で取ることになったギスカーの、死ぬことも許されないどれほど自己嫌悪と後悔に塗れながらも生き続けなければならない、地獄。
この人が愚かだったのは厳然たる事実なんだろうけれど、それでも愚かさを自覚し自分を憎悪してしまえるほどに真っ当だったことは、憐れと思わざるを得なかった。
このエピソードは、なんか胸に残るものがあったなあ。
加えて、ローズメイの手下になった悪漢たち。そのうちの３人が、一連の事件の黒幕だったとある男爵家。その首謀者に捕らわれて、しかし徹底的に抵抗して自分だけが大事のつまらない人生ではない、胸を張って誇って倒れる死に様を貫くんですけれど。そんな三人のうちの一人の男の、後悔が綴られる話が巻末にあるんですよね。
善き道を歩めず、真っ当な道を外れ、暴力と外道の所業で多くの人を傷つけ殺めてきた人生。彼らはローズメイと出会って、心を入れ替えたわけですけれど、でもかつての悪行が許されたわけじゃない。因果は巡る。それは自業自得であり、でも最後に誇れる自分を取り戻し、しかしあまりに遅すぎた、そして間違えてしまった、善き道を歩むように説いてくれた母を裏切ってしまった後悔。これから、ローズメイとともに見たこともない世界を見れるはずだったのに、ここで終わってしまうという悔しさ。
様々な感情がないまぜになりながら、潰えていく男の最期が……これがまた焼き付くんですよね、胸に。脳に。心に。
ローズメイ閣下の無双譚、英雄譚であるんですけれど、ローズメイ自身の淡く移ろう心の描写、そして彼女に魂を焼かれてしまった人達の、でもそれぞれに歩んできた一人ひとりの人生。ローズメイによって澱を吹き飛ばされ綺麗に吹っ切れたからこそ、澄み切ったからこそ深く深く覗き込めるようになった登場人物たちの生き様であり、心映え。それらが情緒たっぷりにしっとりしんみりと描かれていて。
痛快さ、爽快さだけでない、心沁み入るエピソードが、思わず前のめりにはまり込んでしまう物語が散りばめられていて、最初から最後まで夢中夢中の作品でした。
ウェブ版連載でも読んでいたけれど、改めて読んでも以前以上にずっぽりと首までハマってしまうような沼でありました。
ほんと、凄いよこれ？
八針来夏・作品感想
尋常ならざる美貌も、凄まじいばかりの強さも
