【冒険者酒場の料理人】 黒留ハガネ ／転 GAノベル
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迷宮を中心に成り立つこの街の食事事情は貧相で、冒険者にとって食事は楽しむものではなかった。
現代日本からこの世界に流れ着き酒場の店主となったヨイシは、せめて酒場に来た客にぐらいは旨い飯を食わせてやろうと、迷宮でとれる未知なる食材を研究・調理したオリジナル料理『迷宮料理』を次々開発していく――。
これは、
剣ではなく包丁を、盾ではなく鍋を手に、
魔法のごとき調理法（アイディア）で戦う一人の料理人と、酒場に集う冒険者たちの物語。
考えてみると、迷宮を産業の中心として置いている街って、生産物は無きに等しいんですよね。鉱山なんかと一緒で、食糧となるものを生産するような農村や牧畜は行われていないかよっぽど地元民の分くらいだろうから、外から訪れてくるだろう冒険者たちの需要を満たすほどではない。
となると、自然と食糧は外部から輸送してくることになるのだけれど、そうなると当然腐りやすい生物は少ないし輸送費で全体的に価格は高くなる。
これが大人口が暮らす大都市に発展していたり、流通のハブとなる交通の要衝だったりすると、自然とモノは流入してくるのだけれど、この迷宮都市はそこまで発展しているようにも見えない。場所的にも中央から離れた地方にあたるのだろう。
となると、文明レベル的にも馬車での輸送がせいぜいの流通網では、食料品は必要最低限しか行き来しないだろう。必然、取り扱う食材は質量ともに乏しくなり、だいたい金持ってないだろう冒険者たちは食えて腹さえ満たせればそれでいい、という食に何の感慨も持たない人種になっていく。
それでも、以前はもっと酷い状況だったようなんですよね。主人公のヨイシに料理店を遺してくれた先代は、とにかく金のない冒険者たちに安くて腹いっぱい食べさせてやりたい、という方針で店をやっていたそうなので、それ以前はまともに食う場所もなかったんじゃないだろうか。
そんなヨイシの料理人としての志は、冒険者たちにうまい料理を食べさせてやりたい、というもの。
腹一杯になるけれど、ただ作業として味も大したことのないそれを詰め込ませるだけ、ってのは料理を商うものとして我慢のならないことだったのだろう。
しかし、無い袖は振れないというもの。乏しい食材と調味料では、どれだけ工夫を凝らしてもやれる事は大したものではない。それでも、元が元だったのでずいぶんと味は改善されて評判になったみたいだけれど、本当の美食を知るヨイシとしては料理ってのはこんなもんじゃないんだよ、という忸怩たる思いがあったようで。
そんな折、新人の冒険者カップル ユグドラとセフィが何も知らずに持ち込んできた石胡桃という、迷宮で拾える産物がヨイシによって新たな境地に至るきっかけになったのでした。
石胡桃は石みたいに硬いし、割って中身を取り出しても不味くて食えたものじゃない。迷宮産のものはどれも味には無頓着なこの世界の人間たちですら口にしない、食べ物となり得ない代物だったわけだけれど。
ヨイシはこれらを何とか食えるように調理できないか、とあれこれと試行錯誤をはじめるのでありました。
不味いことには何らかの理由があり、その理由さえわかれば美味しく調理加工ができるんじゃないか、と。
ヨイシには何の能力もスキルもチートもない。だから、食べられないものを食べられるようにするためには、知る限りの方法を試していくしかない。
重ねて言えば、ヨイシはこの世界では料理人としているけれど、決して料理の達人ではない。いや、努力と修練を重ねてその腕前はプロのものになっているけれど、センスや天才的な発想が湧いて出てくるような才能の持ち主ではない。
だから、本当にコツコツと地道に食材を調べて、調理法も自分の知る限りのそれを総当りでやって潰していくしかないのですが、一連のそれを一日の営業の後にずーっとやってるんですね。
彼は冒険者のマネなんて出来ない、自分で迷宮に入って食材を探すなんてことできないので、店の常連たちに頼んで……順調に成長して一端の冒険者になっていくユグドラとセフィが主に引き受けてくれることになるのですが、彼らが持ってきてくれる食材を相手に、夜中に四苦八苦しながら調理法を探求する日々なのである。凄まじい執念だ。その執念の拠り所が、自分の店にくる連中にうまいもんを食わせてやりたい、という素朴な願いが故と来た。
ただうまい飯が食えるから、というだけじゃない、この店の常連となる冒険者たちが店を愛する理由がこの辺りにあるのだろう。
飯食わせてくれるだけじゃなくて、食材を迷宮から持ってきたらだいたい買い取ってくれますしねえ。
ユグドラとセフィもまだ右も左もわからない時に、売り物にならないはずの石胡桃を買い取ってくれた上に、飯まで食わせてくれたわけですから、恩人ですよ。
彼のワンオペは、先代が途方に暮れてる自分を拾ってくれたみたいに、店の前で腹をすかせて途方に暮れていた幼い亜人の娘ウカノを引き取って、彼女がくるくると働く看板娘になってくれたおかげで解消され、二人で一層迷宮産の食材開発に勤しむことになる。
このウカノちゃんが実は強くて看板娘としてのウエイトレスだけじゃなく、荒くれ者揃いの冒険者相手の用心棒としても働いてくれるので、ヨイシも大助かり。おまけに可愛いし、お父さんなんて慕ってきてくれるし。その正体なんて気にもならないよね。なんか、見た目ドラゴンっぽいのだけれど。
面白かった。それぞれの工夫調理法も突拍子もないものじゃなくて、泥臭いくらいの枯れた技術、当たり前の調理法の中から地道に見つけ出したもの。その執念と頑張りのせいかが、うまいうまいと喜んで食べてくれるお客さんたちの姿ってのがまたいいじゃないですか。
おまけにヨイシ、これらの迷宮産の食材の調理法を一人で独占しないで、ある程度時間経ったら惜しげもなく公開して、周りにも広めて食を楽しむ文化を広げていっているのである。
冒険者たちに、ホントの料理を、美味しいものを食べさせてやりたい、てのは自分の手ずからだけでなくていい、ってこの心意気ですよ。いいなあ。
あと、初々しいユグドラとセフィの冒険者カップルの成長がまた微笑ましく見守れてしまう、可愛い。
しかし、ぼったくらずに良心価格で経営しているのに、迷宮産の食材の買い取りや調理法研究のための材料費や調理器具開発のための資金には糸目つけてないように見えるので、資金繰りの方は大丈夫なんだろうかとちょっと心配になる。いやそれ、よっぽど金が唸ってないと出来ない金遣いですよ！？
