【全滅エンドを死に物狂いで回避した。パーティが病んだ。】 　雨糸雀 ／kodamazon エンターブレイン

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自分を犠牲に仲間たちを救ったら――みんなの感情(おもい)が重すぎる!?

「――いやああああッ!? ウォルカ、し、死んじゃだめえええええッ!!」
日本から転生した冒険者ウォルカ。ダンジョン探索中に突如強大な魔物に襲われた彼は、仲間を庇って瀕死の傷を負ってしまう。その瞬間ようやく気づいた――ここが前世で読んだダークファンタジー漫画の世界で、自分が仲間もろとも全滅するモブキャラだったのだと。
バッドエンドを強く嫌うウォルカは、仲間のために死に物狂いで戦い奇跡的に魔物を撃破。片目片足を失いこそしたものの、パーティ全滅の運命を覆せたことに安堵していた。ところが、仲間の少女たちの様子がなんだかおかしくなってしまって――

「今度こそ絶対に守るからっ!! だからお願い、見捨てないでぇ……!!」
「わたし、ずーっと傍にいますから。――いいですよね、せんぱい?」
「キミのために死のうって……そう決めたの」

ハッピーエンド至上主義な転生者と、彼に激重感情を抱く少女たちの【曇らせ】異世界譚!

ガチで病んでます。

いやあ、これは仕方ないですよ。シチュエーションが凄まじすぎて、そりゃパーティーメンバー、みんな精神の均衡ぶっ壊れちゃいますって。
パーティーメンバーのロリっ子師匠のリゼルアリテ。天才美少女剣士のユリティア。脳筋蛮族系褐色戦士のアトリ、とこの三人とも元々の段階で主人公のウォルカに対してかなりのクソデカ感情を抱いていたんですよ。あと、パーティーメンバーじゃないんだけれど、専属みたいな顔している聖女のアンジュなんかも、幼少時に出会って聖女としての価値観完全にぶっ壊されてウォルカに対して尋常じゃないクソデカ感情がががｗ
仄かな恋愛感情とかは抜きにして、特に師匠とユリティアはそれまで人生地べた這いずっていたような最低の精神状態だった所に、ウォルカの生き様に救われてどこまでも一緒にいる、彼の剣の高みに自分もついていく、というような人生変わっちゃった所があったんで、最初からヘヴィーユーザーだったわけですよ。

そこで冒頭の決死の戦いである。
この戦闘もある種の強敵と戦う心構えみたいなのが整っていたら、みんな此処まで病まなかったかもしれないんだけど、このダンジョン探索って既に攻略済みで正式にギルドの調査も終わっていて、ウォルカたちは定期調査で入っただけ。
最上級のS級冒険者パーティーですら壊滅しかねない、討伐しただけで歴史に残るというレベルの「摘命者（グリムリーパー）」と呼ばれる死神が突然湧いて出てくるなんて、思いもよらなかったしそんな強大な存在と戦う準備も心構えもしていなかった。
この件はあとにギルドで大問題に発展して、また病んでしまう人が出てしまうのですけれど。
ともかく、いきなりどう足掻いても死ぬだろう凶悪な怪物に襲われ、逃亡不能脱出不可のギミックに阻まれ、奇襲を受けたことでメンバー全員いきなり戦闘不能に追い込まれ、ウォルカ自身も初手で皆を庇ったことで右目を削り取られ左足はちぎれる寸前、という戦えるはずもない重傷からスタートになってしまったわけです。
もう、この時点で阿鼻叫喚である。他の娘らは戦える状態になく心も折れ、絶望に竦み、パニック状態。
で、ウォルカが前世の記憶のなかでこの世界がダークファンタジーのマンガが元になっていることを思い出したのはこの段階。追い込まれすぎである。いや、思い出したからってこの段階からどうしろって？　前世の記憶自体は幼い頃からあって、それ故に抜刀術に傾倒していったのですけれど、この世界が何の作品のもとになってるか、なんてのはこの瞬間まで気づいていなかったわけだ。
しかも、ここは作品の冒頭場面であり、自分たちは最初に世界観を描くために無惨に殺され凌辱される名もなきモブパーティーだった事も思い出すのです。自分はともかく、女の子たちはさんざん魔物たちに弄ばれて、それはもう酷い死に方をするのを思い出しちゃうんですね。
だからこそ、彼はここでむざむざと死ねなくなったのである。動けない身体を無理やり動かして、後のことなんか考える余裕なんか一欠片もなく、ほんとうの意味で全身全霊を振り絞って。
そう、これこそが本物の文字通りの「死に物狂い」。
勝てるはずのない敵を相手に、みんなを守るために死にかけの身体でその意識は半ば茫然と死の淵を覗き込みながら、その生命のすべてを注ぎきって。
彼はやってのけたのである。

その一部始終を、伝説を、生涯一度の高みを、その最後の炎の尽きるさまを、全部見続け、見届けてしまった少女たち。
そりゃ、アタマおかしくなりますわ。
問題は、ここでウォルカが不可逆の、取り返しのつかない傷を負ってしまったこと。目を失い、軸となる左足を喪って、彼は剣士として再起不能になってしまうのである。
ただ戦えなくなるわけじゃない。ウォルカって子は、剣の求道者なんですよ。その人生のすべてを、剣に……抜刀術に捧げてきた男なのである。剣を極めることに喜びを感じ、ただただ抜刀術の深淵を覗くために生きてきた。剣と共に生き呼吸と変わらないくらい当たり前に剣を振るってきた青年なのである。
それを誰よりもわかっていて、彼の剣とその生き様に魅せられたユリティアたちだからこそ、ウォルカの人生そのものだった剣が、彼から奪われてしまった取り返しのつかない事実に、その重さに、彼の生き様そのものを守れなかった、何も出来なかった、むしろ原因を作ってしまった。それどころか、何よりも大事な剣を喪ってまで、自分たちを守ってくれた。守られてしまった事実に。
病んじゃったのだ。
いやぁ……そりゃ、病むよ。精神に取り返しのつかない傷を負っちゃうのも当然だよ。

ここで問題なのは、ウォルカの方はこの件に関して全然後悔はしてないって所なんですよね。何しろ、原作ゲームの記憶を取り戻したウォルカにとっては、自分たちの死は確定していたとわかってるし、ただ殺されるだけじゃない本当に酷い１８禁必至の胸糞な末路を、大切な仲間たちが辿ってしまう。その正史を、自分が生きた状態で乗り越え潜り抜けたのですから、本気で自分の右目と脚くらいなら安いもの、と思ってるわけですよ。
リゼルたちが精神的にヤバい状態になっているのは流石にわかってて、そこまで心配しなくてもと激重感情に胃を痛くしてるんですが……いや、ホントの意味ではわかってないぞ、こいつ。

抜刀術、剣に関してもウォルカは好きなことに没頭し邁進してるだけでそれほど重いもの、自分が人生そのものを捧げて追い求めているもの、という自覚はあんまりないんでしょうね。この点に関してはむしろ仲間たちのほうが正確に理解しているのかもしれません。
彼が自分が喪ったものを痛感し、そして死線を経たことで新たに得た感覚、或いは高みか深みについて実感していくのもこれからなのですけれど、意外とウォルカくんって楽観的というか、あまり物事を悲観的に捉えないタイプなんですねえ。
思うように身体を動かせない、満足の行く義足がなく掴んだ感覚を実際に実践出来ないことへのもどかしさ、悔しさに苛まれることもあるのですけれど、あんまりそれ引きずらないで、何だかんだと前向きに心の整理をしていく子なのよね、ウォルカって。今出来ないのは仕方ない、その上で今でもできることはあるし、出来るようになる見通しも一杯あるし、てなもんで全然へこたれてないのですよ。

そのあたりの楽観性が、まあ全然伝わってないのですが。ふと垣間見せる悔しさや、実際に動けない様子やもどかしさを目の当たりにして、ギアをマックスで曇っていく仲間たち。

これ、病み方も三人、リゼルとユリティアとアトリ、似ているようでよくよく見えると、三者三様病み方がまたちょっとずつ違っているのもおもしろ……興味深い。
これは元々のウォルカとの関係、というかウォルカに対してのそれぞれの見方捉え方からくる違いなんでしょうけれど。元ボッチで孤独に苛まれていた時にまだ幼いウォルカと出会って、彼の魔法の師匠としてウォルカの成長を見守ってきたリゼル師匠は、喪失への恐怖全振りで子供を失いかけた母親の獣めいた狂的な庇護姓と、親を失いかけた幼児のような依存性をないまぜにしたみたいな病み方してるんですよね。
一方、自身剣の天才でありつつ家庭環境から自己肯定感最底辺だったところに、ウォルカの抜刀術の美しさと凄まじさに魅入られてしまった、そして誰も認めてくれなかった自分を肯定し受け入れてくれたウォルカ、そしてその剣そのものに脳を焼かれていたユリティアは、グリムリーパー戦でウォルカが死線の果てに見せた無二の剣を見てぶっ壊れ、その彼の剣が喪われたことにぶっ壊れ、自分が彼の代わりにならなければ……この代わりにってのがなんか境界線が滲んで溶けてあらゆる代わりをしないと、という感じになっちゃってるあたりが実に病みを感じる所なんですが、そういう方向に思い詰めちゃってる……というか、これもう壊れてぐちゃぐちゃになったそのままに鋳型に嵌めて在り方として固まりつつあるのがやべえ。
そして最後のアトリに関しては、これはどういうべきか。元々戦闘民族としての一族の在り方に純粋さから殉じていて、それはもう信仰というべきそれだったんだけれど。グリムリーパー戦で彼女の信仰は徹底的に踏みにじられた挙げ句に、その戦いでのウォルカの戦う姿にこれ、新たな信仰を得ちゃったタイプか。何気に彼女が見てしまった神の領域とそこにハマりゆく心の移ろいっては、元の一族の掟とか信仰に対して方向性としてはそんなにズレてないので、そのままズッポリとハマってしまったというべきか。
これはこれで純粋無垢な分やべえ病み方である。狂信タイプじゃね？これ。

まあこの三人娘の病み方と、そのヤバさをイマイチわかっていないウォルカがひょいひょい地雷踏んでいく展開がまあなんというか、面白い。面白いと言っていいのかわからないけれど、面白いんだから仕方ないですよね？ｗ
傍から見ても、ウォルカってやり遂げた男なんですよねえ。それだけに、彼が再起不能にしか見えない傷をおうことになった一件は、多くの人達の憤りや政治案件も絡んであちこちに飛び火して大問題になっていくわけですが。
それとは別に、ウォルカの剣の境地は絶死の戦いを乗り越えたことで、明確に一線を超えた境地にたどり着いているんですよ。未だマトモな義足もなく、境地に身体がついていっていない状態なのですが、親友である聖騎士のロッシュをはじめとして、分かる人はこいつヤバいことになってるぞ！？　と、分かられてるのですよ。
彼が戦う力を取り戻すどころか、なんかとんでもない事になりそうなザワザワした空気感がにじり寄ってきていて、なんかたまらなくワクワクするんですよねえ。

そもそも、このウォルカの抜刀術が格好良いんですよ。何しろ、当人が抜刀術格好良いよね？　こういう世界なら、フィクションで見るような格好良い抜刀術も再現して実践できるよね？　という所からスタートしているわけで。まあそういう好きだから、でずっとやってきた事だからその事自体に重く暗く突き詰めた感情を抱いていなくて、楽しいからやっているという感覚だからこそ、病んだ仲間たちとの重さとギャップ出ちゃってるんでしょうけど。
ともかく、彼の抜刀術の描写がまた格好良さに全振りなんですよ。居合による一撃両断、あの抜く手も見せず、気づくと鞘に既に刀身が納まっていて、遅れて思い出したように両断された敵の身体や物体がズレ落ちていく、というあんな感じの描写が、こういうのが見たかった、という塩梅で描かれてるのがまたたまらんのです。あの緊迫感、静寂、張り詰めたような、リラックスしきったような。透明で冴え冴えとした空気感。もう好き。
抜刀術、格好良いよね！？　という所に対するウォルカへのすさまじいまでの共感！　これｗ
ユリティアを筆頭に、彼の剣の美しさに魅せられ、脳を焼かれる人が続出してるのも、まあわかる。そのわかり味……。

ヒロインの曇らせってその良さがなかなか分かりづらいジャンルですし、自分もあんまりビビっと来たことがないんですけれど、本作に関してはビビビビビビビビビビって来すぎなくらい痺れちゃってます。
こ、これが新しい扉！？



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