【ぼくの壊れた正義はループする異世界で愛と罪を天秤にかける】 横塚 司／やくり ダッシュエックス文庫
Amazon Kindle BOOK☆WALKER DMMブックス
突如異世界に転移した学園は、モンスターたちに蹂躙され地獄と化した。
最愛の義姉、春名と逃げようとして命を落とした御好巧は、自身が死ぬ度に同じ時間に戻っていることに気づく。
モンスターたちの死の包囲に翻弄され、死ぬ度に同じ時間に巻き戻される時の牢獄に囚われた巧は、愛する者の凌辱と死を何度も乗り越えて足掻き続ける。
孤独な戦いは春名の機転で仲間を得て変容していくが、死に戻る力は巧に選択肢を突きつける。
時を巻き戻す銃弾か、愛する人と生きる明日か――。
「小説家になろう」で好評を博し大ヒットした『ぼくは異世界で付与魔法と召喚魔法を天秤にかける』の新たなる物語が、衝撃の開幕!
あらすじにもある通り作者さんの【ぼくは異世界で付与魔法と召喚魔法を天秤にかける】という作品と同じ世界観で進行する話となっています。
【ぼくは異世界で付与魔法と召喚魔法を天秤にかける】はダッシュエックス文庫じゃなくて、モンスター文庫から全９巻で刊行されていて、既に完結しています。２０１７年だからもう７年前くらいですね。
だから、このタイミングで新シリーズが始まるとは。
ちなみに、この横塚司という名義はこのシリーズだけかな？ 小説家になろうに投稿する際の名義になるのかな。大方は「瀬尾つかさ」名義で多数のシリーズを手掛けてるベテラン作家さんです。
あれ？ 自分、どんな感想を書いてたっけ？ と思って探しても感想記事が見当たらない……と思ったらこのシリーズの感想書いてないのか、自分！？ なんでだ？ ちゃんと全巻購入して読んでるんだが。
このシリーズ、最終的にかなり壮大な話になってヒロインの一人が高次元のある意味手の届かない場所に行ってしまうのですけれど、その物語の構図って瀬尾つかささんの原点に近いものがあって……【琥珀の心臓】とか【クジラのソラ】などの、どんどんと先へ先へとはるか手の届かない場所へと駆けていってしまうヒロインに、手を伸ばすも結局佇み遠ざかっていくあの子を見送る主人公……みたいな感じの、ね。
ただ天秤の主人公のカズくんは、今は見送るしかなくてもいつかは彼女のいる場所まで追いかける、と決意している分、年月を経て主人公の傾向もそれがこうして変わってきたのだなあ、とこの作品ばかりじゃなく幾つかの作品でも置いていかれるばかりではない、という点で新たな段階に来てるんだなあ、などと感慨を覚えたものでした。
ミアっちは、行きたくて行ったわけでもないんですけどね。
カズくんは極度の人間不信を患っていた分、かなり執着と依存めいた傾向がありましたけれど、本作の巧もまた他者を寄せ付けずに、僅かな友人以外はとにかく義姉の春名にのみ執着する、極度のシスコン。シスコンの域に留まらない、お姉ちゃんに近づくやつは殺す、を冗談じゃなくガチで言うタイプのヤンデレ系主人公なのでありました。
地震が起こり、学校と近隣の山岳地帯ごと異世界に飛ばされた瞬間も、告白を断った相手からストーキングを受けているという相談を受けて、春名に違法レベルのスタンガンなど日常生活では有りえない重装備を施している最中にこの状況に遭遇してしまったわけで。
凶暴なオークの群れに襲撃を受ける学校から離れた山中にいた、というのも最初かなり有利なスタート地点だったんですよね。
にも関わらず、あっという間に遭遇したオークに殺されてしまい、なぜか巧にだけ死んだら同じ時点に戻るという死に戻りが付与されている事に気づくことになるのである。
この死んだらループして時間が戻って巧だけにその記憶が残っている、という仕様。この世界ではかなりゲーム的なギミックが仕込まれているのですけれど、巧のループに関してだけは明らかにその仕様から逸脱してるんですよね。
前作でも、巧みたいな能力の持ち主はいなかった。なぜ、彼にだけそんな能力が付与されているのか、については今の所完全に不明なんだけど……。
ちなみに、本作って前作と世界観が同じなだけだと思ったら、これ学校も北山高校でおそらく一緒なんですよね。そして、時系列も一緒になるのか？
育芸館など前作の主人公たちが初期に熾烈な攻防を繰り広げることになる場所には、本作では近づいてはいないわけで。
在校生に忍者と呼ばれる人がいる、という話が出ているので、この人前作にもいるのでまず同じ学校、時系列のはずなんですよね。卒業している啓子先輩についても言及してるし。この人も前作に出てるんですよね。卒業してたはずなのに、偶々学校に来てたので巻き込まれた人。春名がこの人ならオークもワンパンなんだけど、と言ってますが、実際一日目にソロでレベル６まであげてやがるんですよね、この人。
ともあれ、二人でオークがうろつく山中から何とか逃げ出そうとするのですが、何度繰り返しても死んでしまう。この状況が極めてハード、どころかルナティックな難易度であることが伝わってきます。
一度も死に戻りなど無しで乗り越えた前作主人公たち、こうしてみると凄え偉業ですよね。治癒魔法と白い部屋があるのに任せて四肢欠損くらい織り込み済みで戦うという、相当にガンギマリの戦い方してましたけれど。
彼らと比べるのもあれですけれど、本作の主人公の巧ってそういう意味ではサバイバル能力とか、思考の瞬発力や柔軟性、発想力に優れているわけじゃなく、ゲームに全く知識がない分現状のちゃんとした把握や認識も出来ておらず、視野もあんまり広くない、という事で普通の凡人ならこうなっても仕方ない、という行き詰まり方をしてしまうんですね。ループがなければ、どう足掻いても死んでたんだろうなあ、これ。姉に対する熱狂的な執着が、彼に最初からガンギマリな胆力を与えている分、行動に躊躇がないというのはこの状況下では大きなアドバンテージなんでしょうけれど。
春名にループを含めたすべてを明かすことで、才女の彼女がこれまで得ていた情報からベストと思われる行動を組み立ててくれたお陰でようやく状況が打開されはじめるのだけれど。
春名姉さんもこれ、死に戻り前提でまず情報を積み上げていくことから始めるのだから、この人もガンギマってるよなあ。ループを打ち明けられた段階で、巧にはループした場合の行動と次の自分への情報伝達を指示するくらいなのですから。
それでも、劇的に状況が改善しだすのは、生粋のゲーマーであり巧がループしている事をほぼ最初の段階で見抜くほどの才知の持ち主である伊澄準を仲間に加えてから。彼女によって白い部屋で得られる情報の質とその分析解釈が劇的に上昇し、また得るべきスキル構成や現状の対処方法をゲーム的観点から解体してくれたことで、何をすべきかどう戦っていくべきか、という指針や方向性が得られることになったんですね。
こういうの、ゲームにまったく疎い巧と春名では得られない見地だったから、ここから対オーク戦闘がかなり楽になるんですね。
さらに、巧の唯一の親友である真壁章弘と合流できたことで、さらに状況は好転。準以上のゲーマーであり、またゼネラリスト的な万能選手である章弘が準とともにさらに戦い方とスキルの伸ばし方、状況分析など得られた情報から判断の精度をあげていってくれたお陰で、とりあえずこの四人ならそうそう事故は起こらんだろう、と思えるくらいまでパーティーが安定するんですよね。
もうこの時点で、主人公の巧ってループの能力と胆力がある以外は一番役に立ってないんじゃないか、と思えるほどに。実際、姉狂いな分どっか思考パターンが歪んでるし、わりと脳筋というか頭は悪くないはずなんだけれど、深く遠くまで考えられないというか、幾つもの想定を広げていけないというか。考えるのは姉を含めてみんなに任せる、くらいのスタンスになりつつあったんですよね。
まあ度胸があって土壇場で尻込みせず勇敢に戦える、というだけでも十分なのですが。
十分だったはずなのですが。
ラストでえらいことになってしまうんだよなあ。みんなに任せておけば大丈夫、というわけにはいかなくなってしまう。ちょっとこれは、序盤で喪ってはいけないダメージを食らってしまった感がある。巧自身が成長し、姉に対する執着に引きずられない冷静な判断をし、みんなを引っ張っていくくらいの役割を果たさないと、これは行けなくなってしまった。でも、それを果たそうという気概は失われていない。
巧自身、修理屋とあだなで呼ばれていたように、機械系に強いという特技があるみたいだけれど、今の所スタンガンの扱いくらいで役立てるのは難しそうなんだが、後々効いてきそうな特殊技能だな、これ。
果たして前作組と絡む要素があるのかわからないけど、こういう形の新たなシェアード・ワールドなストーリー展開はどうなっていくのだろう、というワクワク感も含めて素直に面白い。
