【これはあくまで、ままごとだから。】 真代屋 秀晃／千種 みのり 電撃文庫
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恋もキスも、全部本気で、全部嘘。甘くて苦い、高校生の“おままごと”。
とある事情で地元を離れて親戚の家に身を寄せることになった蒼一朗。そこで再会したのは遠縁にして幼なじみの深紅。小さいころ、「おままごと」に強引に付き合わされた仲だった。
そんな彼女から、あの時と何一つ変わらないノリで提案されたのは――。
「久々に恋人ごっこ、してみたくならん?」
「お、懐かしいな。やろうやろう」
最初はただ楽しくバカップルを演じるだけだった。だけど徐々に過激さを増していき、抱き合ったり、キスしたりもするようになる。真剣に演じる「ままごと」にのめり込み、やがて本音と建て前の区別がつかなくなっていく。お互いにとってはあくまで「ままごとの好き」だから、決して「本気の好き」は口にできないまま。
終わりのない恋愛ごっこによって揺れる、二人の隠された想いとは。
これはラブコメだ、と作中で主張してるんだけれど、コメディってのはコメディだからコメディなんですよ！？ と、思わず進次郎構文かトートロジーか、というような事を頭の中でぐるぐる回転させながら思ってしまったんだが、それくらいには後半に行くほど話にコメっている余裕がなくなっていく。
【これはあくまで、ままごとだから】というタイトル。これだけを先に見て印象を述べるなら「おままごと」というのはあくまで言い訳、建前でそんな建前に縋りながらもお互いにズルズルとままごとならざる本物の愛にズブズブとハマっていく話なんだと思っていた。
ところが、どうやら片割れの深紅の方はというと、【これはあくまで、ままごとだから】と本気で思っているようなのだ。
深紅の内面は語られないので、実は本心では違うのだけれど表向きには本気でそう思っているように見えるだけ、という可能性もあるのだけれど、黄純との会話を見るに少なくとも自意識上では本気なんだと思う。無意識上ではかなり怪しいのだが。演技上で演技と本気の教会が蒼くん並に曖昧になっているんじゃ、と思われる瞬間が幾つもあったし。でも、そこに自覚はないのだろう。自覚できないくらいにはぶっ壊れている、この子。
家庭環境、両親の離婚とその後の母の男性遍歴から、大人の好きというものに対して激烈な拒絶反応、生理的嫌悪、恐怖を抱いている深紅。
そんな彼女にとって、幼い頃から親族同士で集まる際に蒼一朗とやっていた恋人ごっこ、というおままごとは精神の安定のために必要なことだったのだろう。どれほど愛を嫌悪しても、幼い彼女にとって誰かに愛され愛するという交歓は求めざるを得ないものだった。そんな中で何も壊さない、誰も傷つけない家族の愛、兄妹の愛情というのは最後のヨスガだったのだろう。それは彼女の中で成長しても壊れない決定的なドグマになっていく。
それでいて、兄妹という枠組みで関係を固定した上で「恋人ごっこ」という嘘の関係、ままごとをやっている、という時点で相当に危ういわけなんだが。
そうして、蒼一朗の方も母と妹の事故死と、再婚による新しい家族が出来る、という家庭の事情が重なり、二人は一時期疎遠になった上で、この高校で再会を……いや、同じ親族の兄貴分が色々とトラブってる身内を集めてシェアハウスやってくれているところに、誘われて一緒に暮らすようになったことで、このままごとも再会されてしまうのである。
深紅の方は、今夢中になっている演劇の練習のため、という建前。これは劇団に誘われ、そこで得た役の恋する少女を演じるのに恋がわからない、と指摘されたために、さらにドツボにハマるようにままごとにのめり込んでいくことになる。
蒼一朗の方も、深紅との兄妹という建前の関係にどこか亡くした妹の影が焼き付き、新しい義母や義妹に気を使いすぎる、家族との距離感の取り方がわからなくなっている状態を、深紅とのままごとでどうにか精神を安定させているような様子。
深紅の方は演劇部の先輩と付き合っていて、彼氏がいるのに、その彼との恋を実感できず、また大人の恋に関しては過去の嫌悪に、さらに幾つかの大人同士の恋愛が破滅的な顛末を迎えたことを目の当たりにして、余計に忌避感を募らせていく。そうやって恋だ愛だというものにちゃんと視線を合わせられない間に、深紅の中で恋愛というものに対する感性がバグっていってたのだろう。いつの間にか彼女のなかでまともではない恋愛観が育っていってしまっていたことが、同じく親族の一人であった黄純との会話のなかで浮き上がってくるのだ。
深紅自身は、自分の恋愛観が異常だと全く自覚がない様子で。
演技に対して本気も本気、という事もあるんだろうけれど、深紅がこれほど恋愛というものに対して歪んだ価値観を持ってしまっているのに、嫌悪や忌避をあくまで「大人の恋愛」の方に押し付けて、兄妹同士の愛情なら壊れないから大丈夫、と恋だ愛情だというものから遠ざかろうとするのではなく、むしろ違うものだと位置づけて縋ろうと、依存と行っていいくらいに掴んで離そうとしないのは、むしろ「好き」に対する執着をすらうかがえる。
あるいは、人の愛というぬくもりにすがらないと、彼女自身本当に壊れて砕けてしまうとわかっているかのように。
もうこれ、「ままごと」が深紅にとっての精神的なセーフティーネットか、或いは命綱そのものになっているかのようだ。
そして、蒼くんは幾つかの経緯から、この「ままごと」が深紅にとってどれほど危うく、しかし切り離せば深紅が壊れてしまい兼ねないものだと、理解する。
そこまでに、深紅って自分のこと本気で好きなんじゃないの？ 或いは、自分は深紅のこと本気で好きなんじゃないか？ という、ある意味真っ当な疑問と期待を抱いてしまう経緯があったのですけど。
黄純によって、自分のグロテスクな欲望と自己中心的な考え方をしていることを暴かれて、のたうち回ることになるのですが、そのへん若いがゆえの潔癖だよなあ、と思わなくもない。
でも、深紅のこと本当に大事に思っているからこそ、でもあるんでしょうね。自分の醜い欲望で彼女を穢したくない、というのは大事に思ってないと出てこない潔癖さでもあるだろうし。
それでも本能に負けてしまうのですが、変に抵抗して本能に抗ってしまうと、それはそれでままごとという深紅にとっての命綱を切り離してしまうことでもある、と理解してしまっているので、それを自分に都合のいい言い訳にしてしまっている、という自己嫌悪を孕みながらも、深紅とのままごとにさらに溺れていく。演技と本気の境界線を見失い、溺れながら、でもそれでも投げ出さないのは……瞬間瞬間、本能に流されちゃったりもしていますけれど、思考を手放すまいと考えているのは素直に偉いと思うよ、蒼くん。
これ、明らかに自分について考えることが出来ないようになってるんじゃないか、という深紅の方が危うい。
蒼くん以上に自分の業に懊悩しながら、八つ当たり気味に蒼くんイビってる黄純なんかは、同じく深紅の危なさも目の当たりにして知っているし、自分の汚さも自覚している分、実は二人にとってのセーフティー側なんじゃないか、とも思うんだけれど、時々投げやりになって爆発させちゃいけない所で炸裂させないために、蒼に押し付けつつ自爆してしまえっ、と短気というか自棄になってるところがあるので、ちょいと怖い所もあるのですが。
今の所、収束どころか問題点を露呈させた上で反応物質を放り込んだ上で小爆発を各所で起こしつつ、さらに燃料投下の準備あり、臨界に備えよ……と、ばかりに広げてこれ手に負えないんじゃね感を出して深みに突き落とした感があるので、２巻どうすんだこれ？
非常に面白いなあ、と思うのが深紅や蒼一朗、黄純の感情の在り処を、こうだ！ と一定のものに固定していないところですよね。詳しい内面が語られない深紅だけれど、その内側がそうとう錯綜してぐちゃぐちゃになっているのがうかがえるし、心の内側が語られている蒼くんや黄純だって、全然自分で自分がわからないくらいに感情が混沌となって、考えがまとまらず、自分がコントロール出来ず、懊悩している。そうした登場人物達のぐちゃぐちゃになっているものをとっ散らからせることなく、うまいことコネコネとこねくり回して、ストーリーラインとして見事に整った一つの物語に形成している。
これって中々、簡単に出来るもんじゃないですよねえ。芸術点高いですわー。
Ａｍａｚｏｎ
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