【やがて英雄になる最強主人公に転生したけど、僕には荷が重かったようです 】 坂石 遊作 /輝竜 司   ドラゴンノベルス

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主人公補正ゼロ、それでも僕は英雄を志す――!

第8回カクヨムWeb小説コンテスト カクヨムプロ作家部門 特別賞受賞!

王道RPGの主人公ルークに、とあるゲームオタクが転生した。
才能に恵まれ、予習も完璧、のはずだったのに。
チュートリアルで、幼馴染の本命ヒロインを守りきれなかった。
この世界ではご都合主義は起きない。
それでも、とルークは誓う。
必ず英雄になって、世界を救ってみせる!
本来の自分を隠し、ルークの冒険をなぞり始めた彼に、
仲間たちは原作とは違う反応を示していき――?
英雄になる使命を負った少年の偽りの英雄譚、開幕。


うわーー、これはひたすら主人公が可哀想なやつだー。
これ、転生したゲームが元々ストレスフリーで、ひたすら主人公のルークが強くて正しくて、彼の正義に彼の熱意に彼の輝きに引っ張られて、誰もが救われて誰もがハッピーエンドになれる、そんなご都合主義なくらいの痛快で気持ちがいいストーリー展開で遊べるゲームだったんですねえ。
だから、そんなルークに転生してしまった彼は、実際ルークとして努力研鑽してみるとぐんぐんと力がアップしていく事も実感し、実証も出来ていたからこれはイージーモードの世界だと油断していたんですね。
普通に頑張っていれば、それだけで原作通りに話が進んで、誰も困らないし、誰も傷つかない展開になっていくだろう。
だったら、ちょっと強すぎてストイックすぎて非人間的なところのあったルークとして、より人間味のあるところを見せて一緒に旅をすることになる幼馴染のアイシャに優しくて、彼女に寂しい思いをさせないようにしよう。
そんな善意からの行動、ゲームの原作シナリオから少しだけ逸脱したささやかな修行の省略が、最初に現れた敵を倒しきれずに、アイシャへの致命的な攻撃を許してしまうという結果をもたらしてしまう。
主要な登場人物の誰も死なないはずのこのゲームで、真っ先に彼にとっての本命の少女だったアイシャが無惨に殺されてしまうのである。
この世界はご都合主義のゲーム通りに進む仮想の世界なんかじゃない。厳然と、ただ起こるべきことが起こる現実の世界なのだと。お前は、主人公のルークなどではないのだと、ただそのガワだけを被っただけの陰気でネガティブで人を導くことなんか出来ないどうしようもない無能なのだという事実を突きつけられるのだ。
自分が、自分の無能さが、無力さが、死ぬはずなんかじゃなかったアイシャを殺してしまった。それどころか、このままでは世界を救うはずのルークが成し遂げるはずのことを、自分が全部台無しにしてしまう。ルークなら救えるはずの世界を、ルークなら守れるはずの人々を、自分なんかがルークになったために全部壊してしまう、全部死なせてしまう。
その罪悪感、恐れ、凄まじいまでの責任感に押しつぶされて……彼はこの時、壊れたのでしょう。狂ったのでしょう。

タイトルには、自分には荷が重かった、とあります。実際、彼はアイシャに死への罪悪感にのたうちまわり、嘔吐し、自分ではダメだ、自分には荷が重すぎる、と泣き喚きながら宣っています。
でも、そこで逃げ出そう、重すぎた荷物を放りだしてしまおうとは露ほども思わないんですよね。頭の片隅にも過ぎらせない。
自分では無理だ、自分ではダメだ。ならば、本当にルークになろう。あのゲームの主人公のルークのように振る舞おう、いやなり切ろう、完全に演じきりあるべきルークの姿をなぞり、中身にいる自分は消え去ろう。これは償いだ。贖罪だ。罪を犯したこの自我を殺し、この弱く情けなく陰気な自分を消し去って、身も心もルークに成り切るのだ、と。
恐るべき気の触れたような決意を固めてしまうのです。

そして、実際に原作のルークならこんな場面ではこうした、このような口調でこんな事を言って皆を鼓舞した。こんな理不尽をルークなら絶対に見逃さないから、真っ先に駆けつけるだろうから、と絶対の優先基準を原作のルークならこのようにしただろう、という想定に従って、そのように振る舞い出すのである。
その内側にある、彼自身の恐れや引け目、怯えや余りにも大きな責任を背負った事へのプレッシャーなどを全部押し殺しながら。
なくなったわけじゃないんですよ、本来の彼の繊細な心が。それを押し殺して押し殺して、でも絶対に消えないそれを踏み潰して見えないようにして、徹底してルークたらんとふるまい続けるのである。
そんなことをして、心が傷つかないはずがないのに。そんなことをして、心が削れていかないはずがないのに。
ルークとして振る舞っても上手く行かなかったときや、犠牲が出てしまった時なんかは、あとでも狂乱したようにのたうち回るのである。苦悩に涙をこぼし、自分がダメだから、自分なんかが中に入っているから、本当のルークに届かない。ルークなら出来たはずなのに、守れなかったと懺悔し、頭をかきむしるように蹲って、苦しむのだ。ただただ苦しむ、悔やみ苦しみ苦しみ苦しみ。
そして上手くいったときは、誰かを助けることができたときは。
流石はルークだ。主人公のルークが素晴らしいから、成し遂げられたんだ、と歓喜するのだ。中の人が血の滲むような努力を重ね、血反吐を吐くように自分を痛めつけて強くなり、脇目も振らず頑張ったことなど無きものとして扱って。そりゃそうだ。中の人としての自我なんて殺してしまえ、と自分で思い詰めているのだから。
あまりにも原作のルークに成り切らんとしているために、原作のシナリオをただなぞっていくなんて事はもうしない。既にアイシャが死んだ時点で話の流れは変わりはじめているお陰で、元来の時系列ではまだ会わなかったキャラクターなどに会うなど大きな違いが生まれ始めていることもその理由の一つなんだけれど、それ以上に本当のルークならこんなときは動かないはずがない、とシナリオを優先するのではなく、原作のルークならどうするか、という事の方を優先して動いていくんですね。
それは、きっと中の彼の決断のはずなのに、中の彼にとってはすべて「ルーク」がするはずだった決断に変換されてしまっている。
だから、失敗は不出来は全部中の自分のダメさ愚かさゆえ。そして成功ややり遂げた事への達成感や称賛はすべてルークが凄いから、ということとして受け止めていく。
その歪さを、たった一人だけ全部見ている人がいるんですね。
彼の契約精霊サラマンダーちゃんだけが、その一部始終をもっとも近いところからずっと見ているわけです。
契約したてのときは、自身を僕と呼ぶ大人しくたおやかな優しさを見せる少年の心のうちまではわからなかったサラマンダーだけれど、絆が深まってくると契約した精霊と契約者の間には心の内の感情や思いなんかが密接に繋がりはじめるんですね。
彼が他の人の前では自分のことを俺と呼んで、強烈な意思をむき出しに燃え盛るような情熱を迸らせてまるで別人のように振る舞う彼のことを、戸惑いながらも応援していたし、自分の前でだけ素の自分をさらけ出す事に特別感みたいなものすら感じていたサラマンダーちゃんだけれど。
心が伝わってくるにつれて、彼のあまりにも絶望や後悔にみちた心のうちが伝わってきて、どれほど彼が頑張ったことに、やり遂げたことを褒めても、労っても慰めても、どれだけ言葉を尽くしても届かない。届かないのだ。
ルークの苦悩を、絶望を、サラマンダーちゃんだけが全部間近で見届けている。見守っている。彼がどれだけ苦しんでいるかを、彼女だけが知っている。
知っていながら、見ていながら、自分が出来ることは精霊として力を貸すことだけで、どうしてもその傷ついている血を流している心を労ってあげることが出来ない。慰めてあげることが出来ない。寄り添うことすらさせてくれない。
ルークの苦悩が地獄のようなら。それを目の前で見せ続けられるサラマンダーちゃんも地獄である。

彼に助けられ、ハッピーエンドに終わるだろう原作の顛末よりももっと傷つくことから守られ、心救われて幸せに満ちていくヒロインたちが魅入られ、心を寄せていくのはあくまで熱血で真っすぐで、強い英雄のルークの方なんですよ。
弱くて泣いていて苦しんでいて、無様にのたうち回っているただの弱い人にすぎない「ルーク」の事を誰も知らないまま、皆がルークを慕っていく。それを「ルーク」自身が望んでいて、地べたを這いずる「ルーク」を消えてしまえ、死んでしまえ、と呪っているのです。
其の上で、心の奥底でもう嫌だ、辛い、苦しい、逃げ出したい、助けて助けて、と絶望に藻掻いている。それを、全部見ている、感じているサラマンダーちゃん。
この残酷でえげつない構図はなんなんでしょうね。「ルーク」が可哀想すぎるんですけれど、それ以上にサラマンダーちゃんが被虐すぎて、可哀想なんてもんじゃないんですよ。
それでも、自分だけは英雄なんかじゃないこのか弱い人の理解者であり続ける、目をそらさず見届ける、と泣いて寄り添うサラマンダーちゃんが、尊すぎるお話でありました。
……でもこれ、こんなん病まない方がおかしいと思うよ、サラマンダーちゃん。ルークへの感情が激重になってて、これもうヤンデレの域に溺れつつあるのではなかろうか。