【悪役令嬢ペトラの大神殿暮らし〜大親友の美少女が実は男の子で、皇室のご落胤だなんて聞いてません！〜１】　三日月さんかく／二反田こな サーガフォレスト

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乙女ゲームの悪役令嬢に転生したことに気づいた八歳のペトラ・ハクスリー公爵令嬢は、ヒロインである異母妹をいじめてしまう前に、公爵家から逃げ出すことにした。 ペトラは持ち前の治癒能力を鍛えるべく、貧民街でたくさんの人々を助けた結果、九歳にして見習い聖女となり、大神殿で暮らすことになる。 新たな環境での生活を始めた矢先、ペトラは大神殿の庭園で同い年の美少女ベリーと出会う。ベリーは無気力無感動、ちっともしゃべらない、人形のような子で――。

【前世魔術師団長だった私、「貴女を愛することはない」と言った夫が、かつての部下】や【妄想好き転生令嬢と、他人の心が読める攻略対象者】の三日月さんかくさんの新シリーズ。

主人公のペトラは、前世の記憶を思い出したことで自分がゲームの悪役令嬢である事を自覚する、てのはまあ定番の展開なんだけれど、ここから彼女はもう原作ゲームの舞台にそもそもあがる事を拒否して、神殿住まいの聖職者になって俗世から離れよう、と決意しちゃうんですね。

出家である。

いや、これわりとガチ目に尼寺に入りますとか修道院に入って俗世と縁を断ちます、というのと同じ行動だと思うんですよね。

すなわち出家である。

まあ貴族のご令嬢が簡単に俗世を捨てられないのもまた現実。家族から愛されていたらそもそも仏門に入るなんて……いや、仏門じゃねえが。修道院でもないですけど、家族の元を離れて神職に入るというのを許さないでしょうし、家族から愛されていなくても有力貴族の娘というのは政略結婚の駒となる存在ですからね。やすやすとは手放さない。
だからこそ、ペトラは自身に備わった強力な治癒能力の才能を伸ばして、ついでに世間の評判も得て大神殿の方からスカウトしてもらおうと画策するのである。治癒能力の持ち主は神殿側によって確保される慣わしみたいなので。
そのためには実践あるのみ、と自ら貧民街に出向いて治癒能力を使いまくることで力を鍛えていくのである。

まさに筋トレである……違う？

とまあ、それだけ自分を追い込んで頑張るほどに、家を出たい、逃げ出したいと思うようになったのは前世の記憶のみが原因ではなく……。
愛する母がなくなって半年も経たずに再婚した父と、彼が連れてきた新しい母、そして妹。原作ゲームではヒロインとなる、そして父の愛人だった新しい母の娘であり、異母妹であるシャルロッテの存在がペトラの心を軋ませていくのであります。
死にゆく母に辛辣で、自分に対しても愛情の一つも傾けてくれない父親。興味も関心も持ってくれず、ただの駒として自分を扱う父親が、新しい母や妹には見たことのない笑顔を見せて、まるで普通の父親のように愛情たっぷりに幸せそうに接する姿を目の当たりにして、傷つかない子供がいるでしょうか。
原作のペトラは、この時に抱いたネガティブな感情を育てに育ててシャルロッテを苛め抜いていくのですが、もちろん今のペトラは父と違って罪のないシャルロッテに八つ当たりするような真似はしません。
シャルロッテは嘘偽りなく本心からペトラという姉が出来た事を喜び、仲良くなりたいと寄り添ってくる良い子でした。ほんとね、良い子なんですよ。
でも、だからといって納得できるものじゃない。シャルロッテは悪くなくても、でも気持ちとして受け入れがたいものってあるじゃないですか。
それに、シャルロッテや彼女の母と仲良くなり本当の家族のように振る舞いのは、父親が望む幸せな家族像を自ら受け入れ、助けてしまうような気持ちになってしまい、どうしても嫌悪感が湧いてしまう。
そうやって、懐いてくるシャルロッテを遠ざけることで、さらに罪悪感を募らせてしまう。それどころか、このままこの心の軋みと向き合っていると、原作の悪役令嬢ペトラのようにシャルロッテへの理不尽な憎悪を抱いてしまうかもしれない。
だからこそ、もうこの家を出て、俗世から離れてしまいたい。悪心を育ててしまいそうな環境から逃げ出したい。
そんな懊悩がペトラを出家へと駆り立てていくわけです。
このあたりの、自分では理不尽だしそう考えるべきではない、と頭ではわかっているのに感情が納得できない、気持ちがままならずに心に澱が溜まっていく。そんな人間としてのどうしようもない心の在りようについては、他にもペトラの家の護衛として幼い頃からペトラを親身に守ってくれていたハンスという元傭兵も、同じような気持ちを抱えていて。
傭兵を辞める原因になった仲間をかばって片目を失って不自由になってしまった件について。仲間をかばったことを誇りに思い、名誉の負傷と胸を張り、お陰で生き残った仲間が今は幸せな家庭を作ってハンスへの感謝を欠かさない。そういう、本来なら後悔なんて無くやるべき事をやってのけたはずなのに、ときが経つに連れてジワジワと自分が傷ついてまでやるべき事だったのか。こんな不自由を抱える必要があったのか、とどうしても考えてしまう。そんなこと思うべきじゃない、と頭ではわかっているのに、正しいことをしたはずなのにそれを後悔してしまう事への罪悪感や自分への失望。
当たり前の人間が育ててしまう悪心。ペトラにしても、ハンスにしても人間性は善良以外の何者でもない人間なのに、そんな思いを抱いてしまう。そういう感情の描き方が印象的でしたねえ。
ハンスについては、ペトラが子供としては並外れた根性でぶっ倒れるまで治癒を使ってくれたことで、古傷の片目が治ることで、というよりもペトラの献身によって心の澱を吹き飛ばされました。
またペトラの鬱積も、父親とはもう修復不能レベルの断絶が生じてしまっているのですけれど、こちらもシャルロッテがどれほど避けられても諦めず、ペトラが大神殿に行くギリギリまで頑張って無辺の愛、姉への無垢で必死な愛情を捧げに捧げたことで、凝り固まっていたペトラの心を解きほぐし、本当の姉妹になれたことで晴れたのでした。
元々、出家したいからという下心を抜きにしても、苦しんでいる人を助けたいという純粋な義侠心と愛情の持ち主であったペトラですから、聖女としての資質はあったんでしょうけれど、シャルロッテとの和解はさらにペトラのモチベーションへと繋がっていったような気がします。
それが、大神殿での治癒能力者としての年齢を越えた働きにも繋がり……また、ベリーという少女との出逢いから、彼女に惜しみなく愛情を注ぐことへと繋がっていったのではないでしょうか。

ベリーは、ペトラと会うまでは半ば人ではなくなっていました。神託能力者という神と直接感応する特殊な性質から、元々どこか人間として欠けてしまう傾向があった所に、生活環境が神託能力者として下にも置かない大事な宝物のような扱いをされながら、同時に人の子としては扱われず無償の愛を与えれずに育ったことで、心が停止し感情が育たず人格がまともに形成されず、自我が薄い……人間性を持たない人の形をした人形みたいな存在だったんですよね。
人として当たり前の欲望を持たないので、食べる事への関心が薄く眠ることもしない。そもそも子供だからまだ性欲云々は関係ないかもしれないけれど、そのまま育ったとしても性欲も生まれなかったんじゃないだろうか。

しかし、そんな人としてのあり方が希薄で透き通るようだったベリーに、ペトラは出会った当初から惜しみなく無償の愛を注いでいきます。面倒を見るのを頼まれた、というのもあるのでしょうけれど、ほんとせっせとお世話して、抱き枕扱いされているのにもめげずに、忙しい治癒のお仕事の合間合間に彼女の元に通って、結果としてベリーの情緒をペトラが育てていく形となっていったのでした。
実質、赤ん坊みたいなまっさらなベリーの心を、ペトラが手取り足取り形成していった形になるのかもしれません。

ベリーはワシが育てた！（割とガチで

そして、まっさらだった心が、ペトラ一色に塗りつぶされていくベリーことベリスフォード。卵から孵りたての鳥のヒナが初めてみた相手を親だと思うように、ベリーはペトラにべったり。何をするときもペトラが一緒でないと、という感じになっていきます。いや、なっていくじゃなくて、もう最初からべったり。ペトラを人間と認識しているのかしていないのかまだ情緒が育っていなくて自我が定まっていない状態の時から、べったりでしたからね。
このまま成長していったら、どうなるのでしょう。
そして、ペトラはまだ知りません。ペトラだけ何も知りません。タイトルで語られているベリーについての事を、今のペトラはまだ何も知らないし、知らされていないし、気づいていないのです。

……まだ１０歳にもならない子どもの段階で、わりとイケナイ段階にまで踏み込んじゃってる気がするのですが、同性の幼い子ども同士のじゃれ合いなら問題ないよね〜、で収まっているそれらが、彼女らが成長していくうえでどうなってしまうのか。ペトラのお陰で人間らしくなって来たものの、本能のまま動く自由なベリーに、果たして理性や自重という概念が今後ちゃんと備わるのか。
続きがハラハラドキドキなんですけどｗ


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