【オルクセン王国史〜野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか〜 ３】 樽見京一郎／THORES柴本 サーガフォレスト
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魔種族統一国家オルクセンの王グスタフは、オークらしからぬ穏やかで理知的な名君と名高い。それは彼が特殊な事情を抱えてこの世界に生まれてきたためであった。 グスタフ王は故郷を追われ臣民となったダークエルフの美女ディネルースと心を通わせ、ついにエルフたちの国エルフィンドに宣戦布告する。奇襲ともいえる神速の開戦により、戦いはオルクセン軍の圧倒的有利で進むかに思われたが……。 重厚にして胸アツ！ 空前絶後の異世界軍事ファンタジー、待望の第３弾！
小規模のオルクセン王国海軍の中でも特にオンボロで、しかし歴戦の古参ともいうべき三隻の砲艦を擁した第１１戦隊、通称屑鉄戦隊。一巻から、彼らはそのオンボロさをむしろ笑い飛ばして、陽気に茶目っ気たっぷりに、そして仕事は迅速丁寧に、海軍全体を明るく盛り上げてくれる古強者たちでした。
吹けば飛ぶような小さな艦なのに、だからこそ乗員たちはみんな家族みたいで、その丁寧で誠実な仕事っぷりは海軍のみならず、支援をうける陸軍や民間からも評判で、ほんと愛すべき「彼ら」だったわけです。
登場人物全体の中でも、彼らは特に「屑鉄戦隊」という一団ということもあり、主要な個々のキャラクターを除けば、一番目立っていて個性的で注目を集める人気キャラクターだったと思います。
だからじゃないですけれど、もうこの巻での彼らの下りに差し掛かると、条件反射的に泣けてきてしまって、どうしようもないんですけど。パブロフの犬か、というくらい彼らの登場シーンだけじゃなくて、彼らについて誰かが語っているシーンになっても泣けてくる。
たまんないんですけどー
またの御用命は屑鉄戦隊まで、ってさあ……誰だって次もアナタたちに頼みたかったに決まってるんだよ。
最期の最期まで絶望的な状況に対しての悲壮感なく、屑鉄戦隊らしい茶目っ気と愛嬌たっぷりに陽気に朗らかに死地へと旋回していった彼らの船影が、航跡が文章のなかから目に焼き付いて離れない。
実際問題、ここで彼らあまりにも小さな小さな小猪が、巨大な装甲艦リョースタのアキレス腱を食いちぎらなかったら、開戦劈頭から大きく躓いてしまったオルクセン海軍は致命的な事態に陥っていたかもしれないんですよね。
海軍どころじゃない。後備兵団を満載した輸送船がリョースタに撃沈されていたとしたら。リョースタたち残存エルフィンド艦隊がまんまとオルクセン艦隊の追撃を振り切り、そのまま通商破壊戦に乗り出して制海権を脅かす存在となっていたら、海に面した兵站線を砲撃してまわるような事になっていたら、順当に思えた陸軍の進撃は頓挫していたかもしれないし、それこそ戦争そのものに致命的な錯誤を起こしてしまったかもしれない。長年にわたって入念に計画されたエルフィンド王国侵略計画は、初っ端からぶっ壊れていたかもしれない。それくらい、大きな山場だったのではなかろうか、あの絶望的な海戦は。
彼らは海軍の本分を果たした。守るべき船を守り、守るべき国を守ったのだ。紛うことなき、英雄である。
これ、リョースタたちエルフィンド海軍側も同じなんですよね。彼らは彼らで、海軍の本分を果たした。
こうしてみると、陸軍の方はまさに計画通り、どころか計画を上回る勢いで開戦劈頭から凄まじい勢いで進撃を続けていた。これはもう、本当に入念にして緻密で多分に余裕をもたせた戦争計画の賜物と言っていいと思う。恐るべきは、その進軍を完璧に支えうる兵站計画の重厚さだろう。これほど馬鹿みたいに狂ったみたいに偏執的なまでにこれでもかこれでもかと吟味を重ね、冗長性をもたせ、量を揃え、それを予定通りに予定にない場所にまで運んで、即座に使用運用できるように準備を整えた、整えきった兵站計画を成立させた国って、歴史上存在し得るだろうか、ってくらいの代物なんですよねえ。
合衆国軍ですら、もっとパワー任せの大雑把だよ。もちろんソフト面でも世界随一だけれど、やっぱり大雑把は大雑把だと思うよ？
とまれ、そんな陸軍の完璧な計画に対して、海軍の方はどうしても右往左往が初っ端から目立つんですよね。そもそも、オルクセン王国が陸軍重視、参謀本部からしてエリートも天才も海に関しては素人だから、海軍の運用というものに対してあれほど緻密な戦争計画の中でどうにも曖昧さが目についてしまう。なんかぼんやりとしていて、明確さが薄いんですよねえ。当事者である海軍の軍人たちは最善を尽くしているんだけれど、こういうのって現場がどれほど頑張っても、それより上の方針が漠然としているとどうしても足元が定まらないものです。予算だって陸軍と比べると明らかに軽いわけですし。外国産の装甲艦を揃えているエルフの国と比べたら、そもそも真っ向から太刀打ちできるような海軍じゃないですから。
海軍の面々は個々の人間、個々の艦としては十分熟練と言えたんでしょうけれど、海軍という組織として考えると国としての理解に未だ乏しく、国民からの理解も乏しく、苦しいところだったんでしょうなあ。この当時からすると、艦同士の衝突事故というのはどうしても起こり得るものでしたし。それにしても、タイミングが悪かったのは否めない。
結果として、初っ端からリョースタ旗艦の残存艦隊の近海跳梁を許してしまい、いきなり戦争全体の行方を不明にしかねないピンチを招いてしまったわけで、これほど完璧に見えた戦争計画ですら、最初期からこのようなかなり危うい齟齬が出てしまっているのは、注目スべきところなんでしょうねえ。
しかし、繰り返しになりますが陸軍の方の進撃は順調を通り越して快進撃となっていました。これは、オルクセン側の準備もあるんでしょうけれど、それ以上にエルフィンド側の不備が想定以上に大きかった、と。完全に上層部が硬直化し腐敗している上に、国境警備を担ってきたダークエルフたちが族滅された、その空白を全く埋めきれていないと来た。そして、彼らの戦争は未だオークの国に勝利した１２０年前から更新されておらず、近現代に乗り遅れた古めかしい戦い方を続けている始末。
オルクセンが攻めてくるとはまったく思ってもいなくて、準備も何も出来ていない。そりゃあ、赤子の首をひねるようにガンガンと快進撃も出来てしまう。
そんな中で目覚ましい活躍をみせるのが、当然のようにダークエルフたちのアンファングリア騎兵旅団でありました。そりゃあ地元ですもの。ほんの最近まで、自分たちが血を流しながら守ってきた土地ですもの。そこを我が物顔で自らの土地とし、家に住まう白エルフたち。この占領時点でダークエルフたちがよくこれだけ理性的に対処できていたと思います。自分の故郷であった村に戻ったディネルースの、あの尊大な村長への態度は立派以外のなにものでもなかったです。
しかしそれも、それもあの森の惨劇を見るまでは。民族浄化の虐殺のあとを、同胞の死体の山を目の当たりにしたダークエルフたちがどのようになってしまったか。
レーラズの森事件。カチンの森事件がモチーフなんだろうけれど……。
これに関しての王の、グスタフの振る舞いがもう……なんかもうたまんないんですよねえ。それを目の当たりにしたダークエルフたちの忠誠心が限界突破してしまったのも宜なるかな。
それでいて、王として国に都合の悪いことは隠蔽して、この虐殺を諸外国への宣伝に使う事を厭わないあたり、本当に徹底して王足らんとしてるんですよね。でも、その冷徹さを覆い隠せないほど、この人の示す共感は胸をうち、心を震わせる。王として自分にこそ責任があるという態度を譲らないという誠実な姿勢に、魅入られる。
受け売れ準備が整っていない中で占領したエルフィンドの港湾都市に派遣されてきた港湾労働者たちが暴動を起こしかけて、責任者を出せー！と騒いでいるところに、ちょうど前線視察に来ていたグスタフが、わたしが責任者だよ、とほっこり顔を出して、一瞬で落ち着かせたあとにじっくり彼らと会談して、一緒に御飯まで食べて最優先で彼らの受け入れ準備を整えてくれ、と指示する場面なんか、ほんとグスタフ王のシーンとしてこの巻でも一番好きな場面ですわ。
実際に戦争が始まってから、グスタフ王は戦争指導には一切首突っ込んでないんですよね。それは本職に任せる、として余計なちょっかいはいれない。でも後方で大人しくしているわけではなく、こうして前線まで出張ってきてフットワーク軽く兵士や民間人たちと同じ立ち位置から彼らの間を歩き回り、一緒に戦っている姿を見せてまわる。
また、外交への尽力にも余念がなく、諸外国のこの戦争への中立を引き出したうえで、さらに大義名分を翳してエルフィンド王国に戦争を仕掛けた正当性を、戦争突入後もさらに積み重ねていっている。
キャメロットの外交官の、個人的な外交顧問としての引き抜きなんか、その大きな一端でしょう。王様にお願い手伝ってと請われて、嬉々として職を放り捨てて家族に謝り倒して一目散に駆けつけてくるの、アストン卿てばグスタフ王のこと好きすぎだろうと思うと同時に、彼のその魔族と人間族との危うい関係を理解した上での大きな好意と使命感は、未来の魔族国家と人間たちの国々との関係に希望を感じさせてくれるものでした。
この戦争自体、その魔族と人間たちの国との未来に対しての備えである、という事に言及されたのは前の巻からありましたっけか。
ともあれ、装甲艦リョースタ撃沈とエルフィンド海軍壊滅によって最初の山場を乗り越えたこの戦争。あとは、完璧な戦争計画のとおりに進めて何の不備もなく完全な勝利が……と、果たして現実がそう簡単に進むのか。まだ戦いは、はじまったばかりである。
Ａｍａｚｏｎ
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