徒然雑記 : 魔王を斃した後の帰り道で　★★★☆

【魔王を斃した後の帰り道で】　榊一郎／芝富士見ファンタジア文庫

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勇者は、魔王を斃した仲間達の事を何も知らなかった――

勇者と五人の仲間達によって、魔王は斃された。
後は王都に還り、報奨金を受け取って英雄と讃えられるだけ。しかし――
「馬鹿な。どちらも吐き気がする」
仲間の一人・弓手のジャレッドは、それを拒否しパーティから離脱する。そこで初めて勇者ユーマは、命懸けで冒険をしてきた――僧侶グレアム、魔術師ラウニ、聖騎士レオナ、斥候兵ボニータの事も何も知らなかった事に気付き……。
王都までの帰り道で、お互いの身の上話をする事になるのだが、仲間達から次々と衝撃の真実が明かされ――。
『英雄』の喪失と再生を描くエンディングファンタジー。

よく、勇者の旅というのは「冒険」と称される。冒険の旅というのは危険は大きいけれど、未知と遭遇して見たこともない体験をしたり、一緒に旅する仲間たちとの絆を深めたり。
それは後の人生にまで大きな影響を与えるだろう糧となる時間であり、掛け替えのない交友を得る機会でもある、と言えるだろう。
勇者の旅とは世界を滅ぼす魔王を倒すための旅、であることが多いけれど、それだけじゃない失うだけじゃなく、多くを得る旅だ。危険の中にも楽しい時間、喜びの時間もある。リスクの向こう側に、危険を乗り越えたからこそ見出すものもある。
まさに冒険だ。
だから、勇者たちの旅を「冒険」と呼ぶことに違和感を覚えたことはない。

でも、この勇者たちの魔王討伐の旅は、ほんとうの意味でただただ戦いにのみ追われた旅だったのだろう。

家に帰るまでが冒険です。

そういう意味では、彼らの冒険は魔王を倒したそのあと……いや、彼らのこの家路を冒険と呼ぶにはもう何もかもが終わったあとだ。
彼らの帰り道は、仲間として信頼しつつもお互いの背景も過去も何も知らないままだった、それを語り合う余裕すらもなかった苦しい旅を終わらせて、ようやくずっと止めていた息を吸い、お互いのことを知ろうとする余裕を得て、ポツリポツリと話しながら家路につく、これはそんなお話だった。
学校の帰り道、最初はみんなで一緒に帰りながらもそれぞれ帰る家は違うから、一人一人「じゃあここで」と別れを告げて違う道を歩いていく。
それはそれでもの寂しさはあるけれど、明日また会えるからそこに切なさはないけれど。
ここで一人ひとり自らの帰る場所に帰っていく、そのさよならは、もしかしたらもう会うこともないかもしれないさよならだ。
だからこそ、家路の僅かな時間だけだけれど、さよならするお互いのことを少しでも知っておきたい。そういう話でもあったと、思う。

それは復讐の終わりの未来になんの展望もない果てであったり、贖罪を経て希望が寄り添う淡い想いの物語だったり、こいつだけはひとり冒険してたよな、というお母ちゃんの冒険の仕舞いだったり、思い結ばれながら非業の結末を迎えた物語だったり。罪を得ても友の無念を代わりに遂げようという話だったり。
その後誰も行方を知ることのなかった、きっと帰る場所を見つけた勇者の物語だったり。
それぞれが、自分の旅の終わりの話であり、でもそれを知る以上踏み込むことのない、それぞれだけのお話でした。
勇者パーティーの過去やバックグラウンドが明かされていくことで、さらなる大きな真実が明らかになっていく、なんてことはなく。実は裏側でこんなことが起こっていたんだよ、というのが浮き彫りになっていく、みたいなこともなく。
しっかりとお別れをするだけで、それ以上仲間たちと絆が深まるというお話でもありませんでした。
でも、一緒に戦った信頼できる仲間、というだけでそれ以外なにも知らない相手と、さよなら元気で、と別れるよりも、ああ自分はこんな人達と一緒に頑張って、世界を救ったんだ、とちゃんと知って飲み込んで、そうしてさよなら元気でね、と手を振って違う道を歩いていくことは、やっぱり少しは違うんじゃないかな。
旅は終わり、それぞれの人生は続いていく。いつかまた会えたときに、笑って再会まで何をしていたか、何があったかを語り合えたら、それはきっと素敵なことなのだろう。もう会えなくても、今あの人はどうしているだろう、と背景を知るからこそより具体的に思い馳せることは出来る。
そういう大切なささやかなプラスアルファ得る、家路に就く物語でした。