【ちゃんと好きって言える子無双】 七菜 なな／ちひろ 綺華 MF文庫J
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ラブコメの必勝法はいつもひとつ──『好き』を伝えまくるだけなのだ!
男子高校生・和泉に恋心を寄せる女子たちは、一歩が踏み出せず日々を過ごしていた。
【学園のアイドル様は、二人きりのときだけ甘えたがり】天崎雨音。
【実家から勘当されたのに、なぜか元・許嫁が放っておいてくれないんですが】白菊白亜。
【学園の天使ちゃん……の隣の悪魔ちゃんが、案外ちょろい】春日波留。
しかしそこに転校してきたのは、一見平凡だが天性のメインヒロイン・七瀬七緒!
七緒はあざとい直球アプローチで和泉に猛攻をしかけ出す。
「和泉くん、好きです。付き合ってください」「はい、あ~ん♪」「和泉くんが、わたしをこんな女にしたんだよ?」
「「「こいつ……やりやがった!?」」」と慌てた雨音たちも行動に──!?
まず【ちゃんと好きって言える子無双】というタイトルを目にして思ったことは
それな！！
と指差し同意することでした。
そうなんだよ、グダグダ好きか好きでないかの綱引きをやっている暇があれば、とっとと好きだと告白という爆弾投げ込んで大将が居座っている本陣に吶喊。首刈り戦術で大将首を獲るのが一番てっとり速いんだよ！！
これを近年、一番鮮烈にやってのけたのが【化物語】のガハラさん、戦場ヶ原ひたぎでありましょう。近年っつーても、もう１８年くらい前になってしまうので一昔前というべきなのかもしれませんが。
でもガハラさん以降、即戦速攻のヒロインが増えたかというと……いや、これ以前と比べると勿体ぶらずに堂々と早々に告白したり、好きである事を表明したりするヒロインは増えた気がするなあ。
さりとて、それがメインストリームとなるにはやはりハードルが高いのは確かです。
そもそも、本作でも作中で語られていますが、友達以上恋人未満のヒロインたち（複数）がもどかしい恋の鞘当てを繰り広げられるヒロインレースタイプのラブコメだと、ガハラさんのように、そして七瀬七緒のように速攻で告白なんかして、好きと伝えてしまうとその時点ではいラブコメ終了のお知らせー、なんですよね。
本作の状況の場合、抜け駆けにも当たらないですしね。七緒は和泉くんに好意を抱いている他の女性の存在については知らなかったし、ヒロイン間で牽制しあっていたわけでもない。
まあむしろ、先に告白した方が勝ち、というのは変にフィクション色の濃いラブコメよりもリアル寄りかもしれませんが。
とはいえこれまでの話をひっくり返すようですけれど、ラブコメ界隈では一概に先に告白した方が強い、という訳でもないんですよね。
物語の中盤あたりがパターンとして多いと思うのですが、メインヒロインのパートが一旦落ち着いて物語が一息ついたところで、突然主人公に好きと告白しながら突撃してくるぽっと出の新キャラが現れて、状況を引っ掻き回し始める、という展開……意外と馴染みはないですか？
往々にしてそういう新キャラの告白は真剣に受け止められず、スルーされたり停滞しかけた状況に刺激を与えるための横槍として扱われ、お邪魔キャラとか賑やかし要員に充てがわれがち。
或いは、告白自体に裏の意図があり何やかんやあって、本当に惚れてしまってヒロイン枠に入るものの一歩退いて他のヒロインたちと同じラインに並び直す、という仕切り直しが行われガチです。
単純に他のヒロインたちより先に告白したらいい、ってもんでもないんですよねえ。
構成的にも塩梅が非常に難しいアプローチであり、繊細なバランス調整が求められる。そう考えると、必勝法だからといってホイホイと頻発できるわけじゃないのはなんとなくわかってくるね。
本作は、まさに先手必勝をやってしまった場合どんなハチャメチャなことになるか。初手でヒロインレースが終了してしまった場合、どんなことになるのかを主題に据えたような作品だからこそ、立派に成り立っていると言えるのかも知れない。
それでも取り扱い難度高いと思うけどねー。その点、この七瀬七緒という子は的確に主人公の和泉くんの急所をついてくる。刺してくる。
元々、家の事情で家族からも突き放されて、自己肯定が低い子なんですよね。それでいて、周囲への気配り力は高く、良く周りの人達の事を見ている。努力家でやるべきことをきっちりとやろうとするのに、努力に対しての見返りを求めていない。必要としていないわけじゃなくて、求めるべきではないと思ってるっぽいのがミソですよね。努力してやるべきことをやる事が自分にとっての最低限だと思ってる。
そういう子だから、まっすぐに好きだと言ってくれるというのはめちゃくちゃ刺さったっぽい描写が随所からうかがえる。それは自己肯定感の低い彼にとって乾いた大地に注がれるたっぷりの清水のようであり、はっきりと自分のことを見ているのだと伝えてくれる、こんな自分を好きだと肯定してくれる存在だったんですねえ。
それでもちょっと話して意気投合しただけで初対面に近い相手だからして、コロッと靡いてじゃあお試しに付き合ってみるか、とはならないのですけどね。そこまでチョロくないし、相手に好感を抱いていても慎重になってしまうし、そもそも自分が女性と交際するとあんまり想像もしてなかったんじゃないかな、この子。七緒があとで語っているけれど、恋愛に対して奥手、というのは正しい指摘だろう。
かといって、反応は悪くない、鈍くない。むしろ、これまで周囲にいた女性たちと比べようもないくらい意識してしまっている。
意識、させたのだ。
意外なほど七緒に対して警戒感は抱いていないし、戸惑ってはいるし受け入れるつもりはなく否定はしているけれど、拒絶感は抱いていないし、邪険にも迷惑にも思っていない。
混乱の渦中、というべきだろう。同じく、万全と思い込んでいた和泉くんとの関係という牙城が幻想だったと突きつけられて、混乱の渦中にある他のヒロインたちを尻目に、七緒は着実にアプローチを続けていく。それは「あざとい」と表現される言動かもしれないけれど、彼女は自分の好意を伝えるという行いを、やるべき事をやっているだけで、シンプルに勤勉で努力家なだけなんですよね。迂遠に相手に察しろ、と丸投げしてしまうのではなく、自ら主導権を握り続けて振り向かえる努力を続けている。
またこの直向きさが、和泉くんの琴線に触れてるっぽいんですよね。あざとさに翻弄されているだけじゃなくて、あざとくも積極的に意思を伝える努力を続けている事そのものに対して、それだけ自分に対してリソースを傾けてくれている事を察して、より意識してしまう流れになっている。
本来、七緒がグイグイくる積極的なだけの女の子ではない、わりと頑張ってやっている事を和泉くんもちょいちょい七緒の反応から気づいている節がありますし。実際はかなり優柔不断で決められない子なのが、和泉くんに好きをアプローチすることに関してだけは迷いなく果断である、あたりなんぞ特に本気度を感じ取っているんじゃなかろうか。
一方で、その本気度こそがより和泉くんの躊躇を深くしているとも言えるわけで。自分の価値を低く見積もっている和泉くんにとって、肯定されることは震えるほど嬉しいことだけれど、それを受け入れる余裕がまた彼にはないっぽいんですよね。むしろ、より腰が引けてしまう。彼女の「好き！」に同じ感情が芽生えて鐘をつく勢いで返したくなりつつあるのに、果たして自分はそれをしていい人間なのか、という疑問、恐れが彼に二の足を踏ませている。
七緒が、天音たちをはじめとした和泉くんの周囲にいた女性陣が、自分にとっての恋敵であると気づいたにも関わらず、水に落ちた犬を叩いて排除するのではなく、さり気なく彼女たちを煽る、雨音に発破をかけたたのは、そのあたりに理由があるのかもしれませんね。雨音に七緒が告げた内容、恋愛に対して奥手な和泉くんを刺激するため、というのは結構本音なのかもしれません。
とはいえ、それがこいつら所詮雑魚でまともに敵にもならねえな、という舐めプの油断でなければいいのですが。まあ、そこまでの彼女たち負けヒロインたちの有り様を見ていて、自分の無双っぷりを実感していれば、こいつらは所詮恋愛雑魚よ、と見なすのも仕方ないというか当然というか。
まあ散々舐めプの油断騎乗をやらかしていたのは、雨音・波留・白亜のメインヒロイン改負けヒロインたちなのですけどね。
ある傭兵部隊の軍曹は言いました。
「獲物を前に舌なめずり 三流のすることだな」自分自身という和泉くんに恋する少女という実例がありながら、他に恋敵がいるという予想も確認も想像もせずに油断。
勝手に相手が自分を好きだと思い込み、向こうが告白してくるのを待つという油断。
七緒という強烈なライバルが登場したにも関わらず、体裁などから彼女と同じラインまで這い上がれず指を咥えたまま何も出来ない怯懦。
七緒の突然の告白の場面に行き逢った際にも、ちょっと待ったーー！コールも出来ず傍観してしまった。
求めるものを得るためにやるべきことを、何もやれていない。彼女たちはアピールしてるつもりだったのでしょうけれど、彼にとってそれは唯一無二の特別を意味するものではなかった。
負けヒロインにも色々いますけれど、彼女たちは玉砕どころか戦いの場に上がることも出来ずにいる雑魚、と言われても仕方ない。せいぜい当て馬になってもらいましょうか、みたいな扱いをされるのも宜なるかな。
果たして、七緒は甘い見通しで他の娘に塩を送ったのか、なにか他にも思惑があるの？ 案外友達になりたかった、というのが本当かも知れないし、和泉くんの大事な「友人」である彼女たちを禍根として断ち徹底して排除することは、たとえ影でこっそりやったとしても逆に和泉くんへの悪印象に繋がりかねないと危惧したのかもしれません。さすがにそこまで冷徹で計算高いキャラには見えませんけど。
果たして、ここから他の娘たちは意地を見せることが出来るのか。
まだ好きと言えなくても、雨音の「誰でもできること、ちゃんと出来るのってカッコいいよ」というセリフは和泉くんの自己肯定感の低さを打ち払うための、彼に刺さる一言だったと思いますよ。場合によってはクリティカルヒットで、彼に雨音という異性を意識させる一石になるかもしれなかった。
その時より前に、七緒が同じセリフを和泉くんに告げていなければ。
効果は半減だｗ
こええな、この女の子。そして何もかもが思惑通り、というわけじゃなく、七緒は七緒で和泉くんに感情振り回されまくっているあたりの隙が、むしろ立場の強固さを感じさせるんですよねえ。
なんか、ラストでさらなる負けヒロインたちがエントリーしてくるのが描かれてるんですけど、和泉くんてばどれだけやべえ瀬戸際にいたんだ？ これ、七緒が強襲で一人勝ちの様相を呈していなければ、誰も気づいていなかった均衡が一斉に崩壊していたら、えらい修羅場が出来上がってたんじゃないの！？
