【冒険者アル あいつの魔法はおかしい】 れもん／sime TOブックス
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貧しい領主の三男坊アルは、魔法に大夢中──だけど、お金がない！ 安い不人気の呪文の書（魔術習得を可能とする古文書）を手に入れ、独自の工夫で研鑽を積む日々。もっと多くの“書”を買い集めるため、“冒険者”となった彼は、仲間の救出で訪れた遺跡で、偶然にも秘された太古の大賢者・テンペストの墓を見つけることに。そこで出会ったのは、自我を持った魔道具【アシスタントデバイス】だった!? 図らずして得た古代文明の知識と有り余る情熱で、噴射【スプレー】や鈍感【スロウ】、知覚強化【センソリーブースト】等の役立たずな術を、次々と強力な技へと昇華！ やがては国々の動乱をも収める、王国一の大魔法使いへと成長してゆく。 謙虚堅実な少年が“古より今を創る”王道ロードファンタジー！
冒頭からゴブリンに攫われて、自分は家族に助けられたものの一緒に襲われた双子の妹イングリットはそのまま行方知れず。わずか５歳にして自分の分身のような存在を失う喪失と、自分を助けてくれた祖父の使った魔法に魅入られ、魔法に傾倒していく人生の岐路を迎えたアルフレッド。
その後、祖父と凄腕の狩人の家人を師匠として魔法と斥候としての知識技術を習うものの、この二人もアルが独り立ちする前に流行り病で亡くなってしまう。
この世界が、あっさりと身近な人も家族も死んでいなくなる事が当たり前になっている過酷な世界だと伝わってくるプロローグでありました。
アルフレッドは一応、辺境のうらぶれた領地の騎士爵の三男で、当然ある一定の年齢になったら家を出なくてはならなくて、これに関してはもう幼い頃から冒険者になる、と決めていたので揉め事とかはなく、さっさと独立した所からはじまるんですね、本編は。
家名も名乗らず、名前の方もさくっと「アル」という短い名前を名乗るようにして。
一応、三男でも中級学校、中学相当なのかな？ には通わせて貰ってたみたいで、ここには辺境都市の領主の息子や領都の内務官僚の子、大きな商会の子息なんかも通っていて、わりと身分関係なく付き合える学校だったみたいなんですよね。ちゃんとそういう所通わせてくれていた、という事は別にアルフレッドの扱いが悪かった、という訳でもないのでしょう。
何気に、この中級学校の学友との人脈が以降も大きく関わってくるんですよね。
と言っても、アルくん、学校ではずっと呪文の勉強ばかりしていたあんまり友達付き合いとかしてこなかったみたいで、冒険者となってから再会した時に君ってそんな普通にコミュニケーション取れるやつだったのか、と驚かれてたくらいですから……いや、どんだけボッチだったんだ？
普段の様子からしても別にコミュ障とか性格に難がある、というタイプではないので、単純に魔法に夢中で周りとの付き合いを疎かにしていたのだろう。将来は冒険者になるつもりでしたから、別に身分高い人とつながりを持つ必要もありませんでしたからね。
まあ、この学校時代の様子から見てもわかるように、この少年、相当の魔法オタクである。冒険者として身を立てるようになってからも、稼いだ金の大半を呪文のスクロールを買うのに使い込んじゃってるし。それ、生活費じゃないの！？ と、思うような所までえいやっと習得していない呪文書見つけたら買っちゃってるもんなあ。それ、何に使うの？！ というようなものまで、ほしいという欲求にとても素直に殉じている。
そんななけなしの金使って購入したような呪文とかだから、しゃぶり尽くすように使い方もあれこれ試行錯誤しているのかもしれない。一般的に知られている基本的な使い方だけでは満足せず、色々と工夫を重ねてみたり、他の呪文と組み合わせてみたり、と試したりしているうちに新しい効果を発揮するのを見つけたり、とそういうのが彼の魔法がおかしい、と言われる所以になってきてるわけですね。
ある種の研究職みたいな好奇心、魔法をもっと深く探求したいという欲求。それに冒険者として斥候として実践として使える魔法を、という現実主義が合わさって、独特の発展性を築いてるんですよねえ。
これ、どちらか一方だけだと偏ってしまったり、実際に使える魔法じゃなくなってしまったり、というふうになってしまうんでしょうけれど、こうしてみると面白いキャラクターです、アルって。
冒険者として生きる、という将来を幼い頃から志していたために、非常に強かで現実主義ではあるんですけれど、一方で生き方在り方は誠実で仕事にも真摯だし、勇敢で機転が利き他人を慮ることの出来る優しい善良な人間でもある。友人や恩ある人が危地にあったら必死で助けるし、困っている人がいたら自分のできる範囲ギリギリまで手を差し伸べる。
それでいて、禁忌の呪文をこっそり習得して黙っていたり、自分の不都合まで正直に言ってしまうようなバカ正直さ、生きるのが下手という所は見当たらなくて、意外と器用に立ち回ってるんですよね。
彼の誠実さや頑張りは、ちゃんと評価され感謝されて、学友たちとの縁や人助けのお陰で人脈も順調に広がっていくのだけれど、そういう顔を売るチャンスを逃さなかったり、魔法を学べる機会をうまいこと掴んでしまったり、自分を利用しようとして近づいてくる相手と渡り合って取引したり、とほんと冒険者として、新人らしい浮ついた所がなく、色んな意味で頼もしさすら感じられるんですよねえ。
これで、ほんとに良い子だから、安心して見ていられる。危なっかしさがあんまりないんですよね。魔法が関わると、金銭感覚ちょっと危うくなるくらいでｗ
だからこそ、老若男女を問わずに色んな関わった人から信頼されていくのであります。これ、ただ善良なだけだったり、強かなだけだったり、人と違う魔法の使い方が出来たり、というだけではこんな風に信頼されたり、信用されたりはしなかったでしょうね。
世話になった先輩の冒険者が仕事先で消息不明になったときも、アルにその捜索の依頼が持ち込まれてきたのも、その信頼ゆえでしょうし。
元々騎士爵家の人間だからか、ちゃんと礼儀作法もしっかりしている上に、上流階級社会の機微なんかもわかってて、けっこう気配りも利くんですよ。だからか、女性にも頼られやすかったりするわけで。
内乱で荒れている隣国から命からがら逃亡してきたお姫様に、ああも頼られたのもアルの人柄が大きいんでしょうね、あれ。
アルの夢が、古代遺跡を探索する冒険者、というものでなかったら、なんか早々に商会に囲われたり、領主家に仕官を請われたり、としてましたからねえ。周りの評価、すでにだいぶ高いんだよなあ。
と、すでにその古代遺跡に深く関わるきっかけを得ているんですよね、アルくん。まさに、情けは人の為ならず。人助けが巡り巡って、彼に幼い頃からの夢だった古代遺跡の探索への大きなチャンスをもたらすのである。そして、それ以上にかつて喪われてしまったはずの双子の妹、イングリットとの繋がりが思わぬ形で生じるのである。これは予想外のアプローチ。イングリットって、アルの内面に深く刻まれた存在ではあるけれど、それ以上の存在として前に出てくるとは思わんかった。しかも、あんな形で。
アルはこれ、自分でも考えているよりずっと色んな事が出来て、単純な強さでは測れない冒険者としての生存性や、勝ち味の強さがあるんだけれど。大魔法使いとかチートじみた力で最強キャラとして振る舞う、という方向性は一切なく、非常に地道に冒険者らしい冒険者をやってるので、物語としても派手さはあまりなく地味なくらいなんだけれど、その地味さが非常に味わい深くて噛み応えのある面白い作品でした。
最後、その魔法の発想だけじゃなくて、明らかに余人と違う要素を手に入れたので、これからまた様相が違ってくるかもしれませんけれど、どういう展開になっていくのかわからないだけに楽しみです。
あれ、お姫様のパトリシアがメインヒロインになるんですかね？ 彼女以外にそれらしい女性キャラがそう言えばいないや。今のところ身分違いと言えばそうなんだけど、あっちもかなり立場が危うい亡国のお姫様ですしねえ、どうなることやら。
