【隣の席の高嶺の花は、僕の前世の妻らしい。 今世でも僕のことが大好きだそうです。】 渡路／雨傘 ゆん 富士見ファンタジア文庫
Amazon Kindle BOOK☆WALKER DMMブックス
学校一の美人から身に覚えのない理由で迫られてます。どうしよう。
「わたし達、今世でも結婚の約束したもんね!」「知らない過去の捏造やめて!?」
学校一の美少女、あるいは開校以来の才媛と言われる神騙かがり。そんな彼女が隣の席になったとたん、僕の「前世の妻」を自称して突然迫ってくるようになった。
戸惑う僕を意に介さず、神騙は突然腕に抱き着いてきたり、手料理を食べさせてくれたり、流れで放課後デートへ繰り出すことになったりと、僕の生活にぐいぐい入り込んできて――。
「一緒にいればいるほど、その人に自然と心を許しちゃうの。だから私は邑楽くんとずっと一緒にいるんだよ!」
「思考はぶっ飛んでるくせに、理論的に落としに来るんじゃないよ……!」
どこかズレた二人による、少し不思議なラブコメが登場です!
え、なにこれホントに怖いんですけど。スリラー？
突然、新学期の新しいクラスで隣の席になった話したこともない同級生から、アナタの前世の妻です。と、もうこれは結婚だね。婚約だね、と当たり前みたいな顔して付きまとわれはじめた主人公の恐怖を語るスリラーサスペンス、じゃなくてラブコメなの？
ラブコメらしい。
なかなか笑えないコメディである。
いや、別にこういう設定でもちゃんと笑えるコメディには十分できるネタだと思うんだけれど、これはちょっと笑えなかったなあ。
そもそも、前世の妻と名乗りながらも彼女の口からは前世の話は一切出てこない。主人公の言動に対して、あなたはそういう人だったね、とさも最初から知っていたよ、と言わんばかりの共感や理解を示して、あなたのそういう所が好きだったの、と好意をあらわにベタベタと距離感無視でつきまとってくる。
これ、男女逆ならストーカー案件である。こっそりじゃなくて、教室の中で公言しながらですからね。やべえ女すぎる。
しかし、本当に前世の話をしないんですよね。前世で自分たちがどういう人間だったのか。どういう時代のどういう立場の人間だったのか、とか一切話しないの。前世の記憶があるのに、夫婦になってたというくらいだから十分大人になってただろうに、その経験や知識や身につけた技能とかそういうのがある素振りも一切ないんですよね。
夫婦だったんだよお、と迫りながら自分たちがどういう夫婦だったのか。馴れ初めは？ 二人でどういう生活していたの？ 子供は？ どれだけ一緒にいたの？ こと、二人の関係だけでも気になること、沢山あるじゃないですか。もっと、彼女の方からも話したいこととか、あの時こうだったんだよという思い出話とか、エピソードを話すことで自分たちがどれほど愛し合っていたのか、好きだったのか、どうやって結ばれたのか、とか言いたいこと、喋りたいこと、伝えたいことってあると思うんですよ。
そういうのが、一切出てこない。さっきから一切って単語使いまくってるけれど、重ねて使ってしまうほど一切出てこない。
いや、前世が妄想だったとしてももう少しなんか出てくると言うか、作ってるだろうに。
不思議なのは主人公の方も、で。ある程度仲良くなってきて相手のことが気になってきた段階でも、向こうが夫婦アピールしてきても、自分たちの前世の関係がどういうものだったのかが気になった様子もなく、訪ねたり聞いたり問いただしたりとか全然しないの。彼女には興味とか関心を覚えはじめたのに、そのきっかけである彼女との前世って気にならないの？ 興味ないの？
ほんと、前世って要素が話の端（ツマ）。物語の糸口というか切り口でしかなく、実際前世の設定って前世彼らは夫婦であった、という以外まっさらの白紙なんじゃないのか、と思えてしまう。
彼女の独白のシーンですら、前世の具体的な描写もなにもなかったですからね。
まるで前世の二人の様子、生活感、前世で二人で積み上げてきたものというのが感じられないんですよね。
このへん、かなりの違和感であり、読んでいて居心地が悪いところでありました。
まあこうなると、前世の自分たちと今の自分達が同一人物なのか、とかの前世モノの定番の葛藤みたいなものも皆無ですよね。最初から、かがりにとっては主人公は前世の夫と同一人物以外の何者でもなく、出会った……再会した瞬間からもう夫婦も再開なわけです。夫婦というわりに、ベタベタするわりに、あんまり結婚した関係らしいところが、かがりからの一方的なものとはいえあんまり感じ取れなかったのですけれど。
主人公の方が、これまた両親を事故でなくしていて親戚の家に引き取られて、そこでちゃんと相手側は家族として大切にしようとしているのに、その好意厚意、愛情と言っても過言ではない親愛に、だからこそ生理的に拒否感を抱いてしまっている不安定さに見舞われている子なんですね。
頑なに新しい家族を家族として認めたくない、という意思があるんじゃなくて、わかっていてありがたいと思っているのに生理的に無理、というのは彼としても相手の家族としても辛いところだよなあ。
ただ、彼はその事を今の家族に打ち明けられず、家に居るのが苦痛、優しくされるのが苦痛。手料理が食べられなくて吐き戻してしまうので、いつも外で食べてきたと嘘をついて夜遅くに帰り朝は食べずに、弁当も持たずに出ていく、という生活を続けているので、これ引き取った家族側だいぶ苦悩してたんじゃないだろうか。
せめて話し合えれば、と思うけれど、難しいのはわかる。でも、今の家族に申し訳なくて言えない、と思いながらさらなる心労をかけ、さらにこれろくにご飯食べてないんですよね。朝も夜も殆ど食べてなくて、昼は菓子パンって、いくら若くても普通に死ぬ生活だぞ？
高校卒業したら家を出ていくつもりだったけれど、あと２年間持つわけ無いじゃないか。この見通しの甘さといい、家族との関係を誤魔化して逃げ通せると思ってる辺りは、幼いとすら言えるかもしれない。
でも、そういうダメな所も、かがりが共感と理解を示すんですよね。いやあ、相手の弱ってるところにつけ込んでるように見えるんだけれど、まあ覿面ではある。
これ、かがりの存在を従姉妹で幼馴染で今は義妹だという関係の愛華が、元からかがりと知り合いというか親しい先輩後輩の関係で、かがりをお義姉さんとして受け入れなかったら、果たしてどういう修羅場になってたんだろう。
愛華も、破綻してしまっている主人公との関係に苦しんでいたんで、まず家族として自分たちの関係を立て直す手助けをしてくれるかがりが希望の光になったんでしょうから、頼りにしちゃうかなあ。
ともあれ、ちょっと自分には合わないタイプのラブコメでした。
