【経学少女伝 ~試験地獄の男装令嬢~】 　小林 湖底／あろあ MF文庫J

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世界最難関で男性のみ受験可能な試験・科挙。少女は性別を偽り運命へ挑む。

世界最難関・男性のみ受験可能な試験――科挙。
雷雪蓮(らい・せつれん)は、少女でありながら男装して科挙合格を目指す受験生。
自分以外にそんなやつはいないと思っていたが、試験会場でどう見ても女の子な受験生・耿梨玉(こう・りぎょく)を発見してしまう。
「世界を変えるのに性別も地位も関係ないよ! も、もちろん私は男だけど!」
「(試験の前に落ちそう……)」
仲良くなった二人は悪徳官僚に支配された世界を正すため、手を取り合い試験地獄へ挑むことに。
性別バレは即・失格なうえ、試験問題も超ハード。さらには殺人事件やカンニングの横行など様々なトラブルが発生して……!?
二人の男装令嬢が逆境に挑む中華試験譚。始め!




これ舞台が紅玲国という存在しない中華王朝なんだけど、論語や孟子といった儒学の書は現実の中国と同様に存在してる世界なんですね。
西暦１５８４年とはっきり書いてあるあたり、中華風異世界ではなくて違う歴史を辿った中国と見るべきかもしれない。
この紅玲国だけ明国の代わりに成立した、というわけじゃなくて過去の王朝も鄭とか西儀などといった見たことのない国号が出てくるあたり、思想史や科挙・宦官といった社会制度は正史そのままに成り立ちつつ、国の看板やそこで生きている人達はみんなフィクションの存在ですよ、という風になってるっぽいですね。
なるほど、これが異世界中華風だったりすると科挙という試験制度はともかくとしても、論語などの教養や価値観の基礎となるものまでは設定として登場させ辛いものになってしまう。これが、ガワだけは全然パラレルワールドみたいな感じで違うけど一応舞台は地球上の中華中国だよ、となったら孔子が居て論語を書いた、という部分だけ正史に則っていても格好はつくわけだ。
本作、この科挙という制度をかなり調べて、用いているみたいなので舞台が異世界だと収まりが悪かったんだろうなあ。手段としてはうまいことやってるなあ、という世界観であります。
これが実際の中国を舞台にしてしまうと、どうしても実際の歴史上の出来事やら人物やらが食い込んできてしまいますからね。
主人公の雪蓮の素性がやんごとない身の上であり、天上での権力争いの果てに身を落としたとなると、実際の歴史だと整合性がややこしくなってしまいますし。

さても本作、第一印象では男装した少女が科挙に挑戦し、男社会の中で抜きん出て難解極まる試験を突破していく紅一点のお話なのかと思っていたのですが……あれ？　これ表紙の女の子って主人公の雪蓮じゃないの？　この表紙の子がヒロイン？
女の子の格好であります。そしてこの子こそ女の子の格好をした男の子、ではなく、女の子の格好をした女の子なのであります。
そんな女の子の格好をした女の子が、私は男なんですよぉ！と主張しゴリ押しして、書類上は男なのでじゃあ男なんですね、と受け入れられて、試験に挑んでいるんですね。
……わざわざ男装している雪蓮さんとしては、なんぞそれ！？　という事態であります。
まあ、雪蓮はこの科挙を受けるにあたって女装しているわけじゃなく、普段からもう男として振る舞っているので今更ではあるのですけれど。
ともかく、本作は女の人が一人で男社会に抗う物語ではなく、女二人が手に手を取り合って挑戦していく物語だったんですね。
つまり、男装令嬢×女装令嬢。女装令嬢ってなんだ？と言いたくなりますけど、女装した男だと主張する女の子なので、女装令嬢という他ないよねこれ！？
一応、男だと主張している女装した子と男装した子がイチャイチャしていると、建前上は男同士でイチャイチャしていることになり、傍目にはなにこの倒錯した関係わ！？　と、なってしまうのですが、実際は女同士でイチャイチャしているわけで……やっぱり時代的には倒錯していますわな！
しかし、この二人。大変仲良くなるのですが、その性質は真逆。まさに陰と陽。正と負。徹底して甘い手段を選択する理想家の少女と、徹底して陰惨な復讐に没頭する修羅道に片足突っ込んだ悪鬼なりかけの少女。
雪蓮の手段の選ばなさは、目的のためなら罪のない人が犠牲になっても構わないというもので、すでに最初の手段で自分が手を下したわけではないにしても、何人も関係ない人が犠牲になってるんですよねえ。
その目的が完全に秩序側に対して混沌をもたらそうとしているものであるわけで、これって悪サイドと言って過言ではないかと。
しかし、その凝り固まった悪心を解きほぐしていくのが、まさに正道を歩む少女・耿梨玉なのである。
役人の不正を端に発した人災での大洪水にて家族を失った彼女が、しかし復讐に走るのではなく女の身でありながら男と偽り、役人となって出世して、真っ当に世の中を変えよう、正そうと志すそのあまりにも眩しい正の道。
ちょっと人の悪意に対して無知であり鈍感すぎて、無防備に理想を解いて反感どころか命すら狙われる羽目になったりもしますし、果たして現実を見る目も人を見る目も怪しいところがあるのですけれど、その優しさが道を踏み外しかけていた人達を真っ当な道に引き戻す力になったことも間違いなく……。
後戻りできないどうしようもない悪人、性根の腐った人間には通用しない陽の光ですけれど、心に罪を悔いる気持ちがある人には覿面に効果がある、ということなのでしょう。
そういう意味では、徐々に凝り固まった負の念が解かれていき、敵とみなした相手はともかくとして関係のない人、味方になってくれた人、善良なる性根を持った人、恩ある人などに対しては雪蓮も利害を抜きにして、寄り添う心を取り戻していくわけです。
それが果たして、彼女の復讐の道に対してどのような影響を与えていくのか。あるいはそれが甘さとなって、彼女の破滅を早めてしまうのかもしれません。それとも、彼女を救う一筋の蜘蛛の糸になるのか。
まだ、梨玉の心持ち、行いを尊いもの、正しいもの、報われるべきもの、と思っている分、雪蓮も後戻りできる余地は残っていると思うのですけれど。

しかし、科挙と言いつつなんか学園ファンタジーモノとかで次々と違う題材で問題が出されていくエンタメ試験だな、これ。




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