【旦那の同僚がエルフかもしれません】 竹岡 葉月 ／コタチユウ 富士見L文庫
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剣と魔法のファンタジーは、意外と身近にある
祖父が営む弁当屋で働くひばりは、常連のサラリーマンと恋に落ち、数年の交際の後に結婚した。ダーリンの名前は三輪伊吹。仕事は団体職員。忙しくてなかなか帰ってこないのが玉に瑕だけど、真面目で優しい素敵な人。
ただ、時々家に連れてくる同僚や取引先のお客様が、ちょっとばかり個性的だった。金髪ロン毛で耳がエルフのように長かったり、全身見たこともない模様の刺青だらけだったり。
「みんなひばりの料理が食べたいんだ」という伊吹の頼みで、不思議なお客様に手料理をふるまうが――そう、ダーリンは勇者様。今も異世界の平和のために奔走するエージェントだったのです!
エルフやドワーフの同僚、ふわふわの毛をたくわえた人狼の上司、見た目は小学生な魔王のワガママ娘。
伊吹が連れて来るお客様をもてなしていただけのつもりが、ひばりの人柄と温かい料理で、知らず知らずのうちに異世界の危機を救っていて……?
行きて帰りし物語。
昨今だと、これって異世界に召喚された勇者がその冒険の終わりに元の地球に戻って来るお話にこの言葉がアテられます。
古来ナルニア国物語から長く続くカテゴリーの一つでもあるんですけどね。
本作のそれは、戻ってきたあとの勇者の物語に当てはめられるのか。異世界での魔王討伐の旅を終えて、元の世界に戻ってきた勇者と普通に素朴な恋愛結婚をした、元弁当屋の娘さんだった奥さんが主人公、というお話。
勇者、戻ってきたと言っても異世界とは縁が切れたわけじゃなく、むしろこれ異世界の外郭団体に就職していらっしゃる！？
旦那以外にも昔から異世界に召喚された人は結構沢山居たらしく、また向こうとこっちの行き来も誰でも自由にではないけれど（奥さんのひばりさんは適正がなくて行けないらしい）、海外出張よりは近そうな感じ。異世界側とこっちに戻って相応の地位を築いた人達とが合同で立ち上げた協力支援会社が、旦那の伊吹くんが務めている会社であるという。
戦争ってのはやってる最中も大変だけれど、終わったら終わったで戦後処理ってのがまた別のベクトルで大変だってのは、アフガンやイラクを見ても自明でしょう。魔王を倒して封印したから後は知らん、じゃなく、ただ剣を振り回すだけでは片付かない戦後の問題にも真摯に立ち向かい続けている伊吹くんは、まさに勇者たる人物だったのでしょう。
でも、ただ敵を倒せば良いという、まあそれだけじゃ済まないだろうけれど、それでも向かう先が一つの戦いの最中と違って、戦後処理は何が正しいのかどうやれば物事が好転していくのか、憎しみや恨みを直接ぶつけられ、戦う強さでは解決しない問題を根気よく解きほぐしていく仕事は精神的にも辛いものがあったんでしょう。
ひばりさんがお客さんとして顔を覚えた頃の伊吹くんは、草臥れきっていて言葉も少なくほんとの笑顔を見せてくれないような人だったみたいですし。それを、ひばりさんが気にかけてお昼買いに来るたびにあれこれと声をかけ、日々のなんでもない事を雑談しているうちに、段々と打ち解けていき……というパターンだったみたいですね。
この時の伊吹くんの精神状態を思うと、ほんとに砂漠のオアシスみたいなもんだったんだろうなあ、というのが伝わります。彼が見失いかけていた日常の大切さ、何気ない日々の中に当たり前にある美しい光景、キレイな場面、優しく温かい人のまごころ、みたいなものを思い出させて貰えたのでしょう。
勤務地が変わって（使用するゲートの問題だったらしい）、ひばりの住む京都から東京に転勤するタイミングで、これきりとならないようにちゃんと告白したのは勇気出したなあ、勇者だったなあｗ
というわけで、凄く真っ当な恋愛で長距離ながらしっかりと何年か交際して、そして結婚した二人。
これ、結婚式はやらなかったらしいのだけれど、もしやってたらそのタイミングで新郎側のメンツが相当にアレだっただろうから、なんだこれ？とはなってたかもしれないな。
ともあれ、ちゃんとした式も披露宴もやってなくて、家族同士の顔合わせはしたんでしょうね。伊吹くんの実家は鉄工所で、普通の人達みたいですし。とはいえ、数年行方不明になっていたわけで、親父さんはじめ帰ってきた際に事情はちゃんと説明されて、その後の就職でも異世界関係会社に就職したわけですから、向こう関連の話は承知していたみたいですが。
とまあ、そんなわけで東京でもだいぶ落ち着いた地域の、会社の持ち家である古い一軒家で新婚生活をはじめることになった二人。でも、旦那さんは仕事で忙しく出張で家をあけることも度々で……って、これ異世界の紛争地帯に治安維持活動しにいったり、テロが起こったら鎮圧にいったり、とわりと武力を用いた警察活動も担当していたみたいだから、そりゃ忙しいですわな。
新婚生活としたら、あんまり家に帰ってこないわ、帰ってきたら帰ってきたで同僚を家に連れて返ってくるわ、とこれひばりさんに適正なかったら、すぐに結婚生活破綻しててもおかしくない環境だったんじゃないだろうか。
おおらかというか呑気で、もともと独り耐性は両親がいない事もあって強かったっぽいひばりさんとしては、さっさと自分でパート決めて働きつつ、寂しさにのたうち回るでもなく、帰ってこない間はのんびりと、帰ってきてくれたらゆっくり一緒に過ごして、と実にこの状況に適応していたのですな。
そして、伊吹くんが色んな人を家に連れて帰ってくるのも嫌がらずに、ニコニコと……うわべだけじゃなくて心からニコニコと受け入れておもてなししていたのですから……いやあ、これ嫌な人はイヤだべよ。
ただ、昭和の昔の上司や同僚連れて帰ってきて家で酒盛り、という感じとは少し違っていて、ひばりさんの仕事先の同僚が言語化してくれたのですが、むしろ欧米のホームパーティー。あっちだと家に招いてパーティーするのがマナーみたいな所まであるみたいで、そういうノリだねえという話にはなるほどなあ、と凄く納得があった。
とはいえ、最初正体隠していたのが偶々バレてしまった時にはひばりさんもそりゃあショックをウケておりました。別に、異世界に憧れてたりファンタジー作品が好き、というわけではなく、むしろほとんど興味なくて、エルフも指輪物語の映画を見た際に知ってるくらいの塩梅だったので、そういう人にとっては異世界とか言われてもなんじゃそりゃ！？ってなもんですよねえ。
彼女の場合、すんなりと受け入れたのは単純にこれ、おおらかな性格だろｗ
でもそんな日常そのものみたいな彼女の存在、彼女のあり方が伊吹くんにとっては何よりも掛け替えのないものであり、遊びに来るエルフさんたち同僚も、お客さんとしてくることになった魔王の娘も、そういう所に惹かれ癒やされたのでしょうなあ。
生きて帰りし物語、と言ってもこれを見ると勇者くんはまだ半ば戻れていない、帰れていないと言えます。戦後処理という難しい問題に関わり続ける伊吹くんにとって、ひばりさんとの出会いがなければ例え日本との行き来が出来たとしても、彼は彼の心は未だに向こうに囚われたまま帰ることが出来なかったんじゃないかな。でも、ひばりさんと出会い、彼女と家族となることでようやくこちら側に帰る場所が出来た。帰る場所が出来たことで、異世界側の事も向こうとこっちという風にわけるんじゃなくて、どちらも自分の居場所として感じることが出来るようになったんじゃないかな、なんて薄らと思ったり。
そういう意味では、向こうのテロがひばりさんにも危険をもたらしてしまったことは、ただ愛する人を危ない目に合わせた、という以上に彼にとってようやく戻ってきた日常が、非日常に脅かされる、汚染されるものだったと思えば、彼の取り乱しようもわかると思うし、ひばりさんもようやく自分の夫が向き合っているものに実感が湧いたのではないでしょうか。だから、二人の間がしばらくギクシャクしてしまったのも無理からぬことかな、とは思うんですよね。両方とも、そう簡単には消化できませんよ。
でも、そういうものを乗り越えてこと、夫婦になるという事なのでしょう。
竹岡葉月先生といえば、この業界でもベテランも超ベテラン。最近は現代を舞台にした料理モノをベースとした一般文芸のお話が主だったラインナップになっていますけれど、最初はガチファンタジー勢だったんですよねえ。
いや、東方ウィッチクラフトは現代を舞台にした魔女や魔法使いたちのお話でしたか。
コバルト文庫隆盛期の作家さんでしたからね。
あとがきに、異世界転移ものを幾つか書いたけれど、その時の物語では日本に戻らずに異世界に残る決断をした結末だった、と話してらっしゃっていて、ああそうだったなあ、と。
むしろ、この時の作品を書き出したときは、ベテラン作家さんが今流行りの異世界転移ものを書くと、また一味違った話になるもんだなあ、と感心していたんですよねえ。
あれからまた１０年近く時間が流れて、今度はまた冒険の旅を終えた勇者たちのその後の物語、という今改めて盛り上がってるジャンルに、今まで書いてきた作品群の歩みを踏まえたアプローチでこうして一本物語を仕上げてくる、というのは色々と感慨深い味わい深いものがあります。
行くが良い、勇者よ！ 異世界の平和を守れ。とお弁当持たせて送り出してくれる奥さん、いいですねえ。いや、このときは急の呼び出しだったから、お弁当は普段と違ってなかったかｗ
あと、魔王の娘のエンリちゃんかあいいです。しかし、単体生殖なのかすげえな魔族。
竹岡葉月・作品感想
