【オルクセン王国史〜野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか〜 ４】　樽見京一郎／THORES柴本 サーガフォレスト

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長きにわたる怨讐を晴らすため、魔種族連合オルクセン軍は一丸となり、エルフたちとの戦いに身を投じる。そしてついに、エルフィンド軍最強と名高いダリエンド・マルリアン率いる一群がオルクセン軍の前に現れた。この可憐な少女のような外見をしたマルリアン大将こそ、さきの戦いでオルクセン王国の先王を討った敵将その人であった……。
大人気シリーズ、待望の第４弾！



細かな問題は無数に山積みされているものの、大枠としては予定通りに進軍するオルクセン軍の３つの矢、３つの軍団。
しかし、その前に立ち塞がるのは先の戦いでオルクセン先王を討ち取った名将ダリエンド・マルリアン大将。
この人がまた、エルフの中でも特に早く成長が止まってしまった部類の、リボンの似合うロリエルフだったりするんですよね。属性が、属性がてんこ盛りだ！！
しかし、先のエルフとオークとのロザリンドの戦いは百年単位で過去に遡る大昔の戦いで、そこで既にエルフィンド側の宿将として名を馳せていたマルリアンがいまだ現役、というのは魔種族特有ですよねえ。それはこちらのシュヴェリーン上級大将ら陸軍の指揮官たちもそうなんですけどね。
ただ、今のオルクセン軍を主導しているのは参謀本部の、ロザリンドの戦いを直接知らない世代というのが特徴的なのですが。シュヴェリーン大将たち宿将たちは、それでも近代国家と化したオルクセン軍に適応し続け、武器を手に戦い続けた戦士の魂を宿したまま、近代戦で軍を率いるほどの対応力を見せ続けている、それだけでも凄いのですけれど。
それでも、グスタフ王が百年かけてゆっくりと、本当に亀の歩みで時代の変化を牽引し、国民の意識を変えてきた、変わろうとしない価値観に対して辛抱強く語り合い、話し合い、理解を促し、教育を施し、執念のような一歩一歩を歩み続けてきた年月だった。というのは、ディネルースがグスタフ国王の王としての在り方、その背中を見て噛みしめるように実感した事実でしたけれど。

ずっと、自分の国にこもり続け変化を拒み続けたエルフィンドは、そうした重たくも尊い一歩一歩から最も遠ざかっていた国だった、と言って良いのでしょう。キャメロットを除けば、国交も結んでいなかったみたいですし。
にも関わらず、本当に優秀な人材というのはこの百年単位の時間をすっ飛ばして、眼の前の現実に適応していく。
マルリアン大将も、初見の近代戦のあまりに大きすぎる破壊に圧倒され、まったく新しい戦争の形に呆然とし、オルクセン側が繰り出してくる新兵器、新戦術、周到なる作戦、都市の破壊も諸外国に受け入れさせる政治の妙手に翻弄されるのですが。
この人、先の戦争の時代を生きていた人のはずなのに、近代戦への理解と咀嚼、その対応がべらぼうに早く、ある意味この戦争の真髄というものを、エルフィンド側では最も早く見抜いた人なのかもしれない。
またオルクセン軍の強みであり自負であった兵站能力。この恐ろしさをこの短期間で理解するその柔軟性は、ちょっと図抜けてるんですよね。そして、恐るべきはその強みこそ狙うべき急所であり、グスタフ王のこの戦争の本当の目的を見抜いたうえで、自分達エルフィンド側の遅れている部分、圧倒的に劣っていた部分を逆手にとって、攻撃としてオルクセン側に押し付ける、ある意味この戦争における最大のダメージをオルクセン側に与えることになるのである。

完璧と自負し誇っていた兵站計画の、崩壊の危機。
この時代においてあまりに先進的で用意周到に組まれていた兵站計画も、実際の戦争を前にすると当たり前のように不全を起こす。そして、戦争には相手が居て、敵は相手の意図を挫くべく攻撃を繰り出してくる。被害損害も計画の中に組み込まれているだろうけれど、そんな予定された被害、損耗、消耗が霞に見えるほどの負荷を押し付けて、相手の計画を破綻させてしまうような存在こそ、戦場の名将を超えた戦争の妙手という奴なのだろう。
それほどの人物が、中枢に関われずに前線に置かれ、しかもこの戦争がなければ現役を追われていただろう、というのがエルフィンド王国の腐敗と停滞っぷりを示す一例になってしまうのでしょうね。
マルリアン大将は、ダークエルフの排斥についても反対の立場で、むしろ今の国の政治からは嫌気がさすあまり背を向けて関わり合いになるまい、としていたみたいですけれど。
ディネルースに対しての評価も無茶苦茶高くて、差別がなければ彼女は自分と同じ階級になっていただろうし、最高の野戦指揮官と絶賛もしている。
オークに対しても、ロザリンド会戦の昔から最大のオークの敵であったにも関わらず、オークに対しての偏見がなく、オルクセン王国の文明化に対しても理解が深い。ディネルースをはじめとしたダークエルフの面々ですら、実際にオルクセンに脚を踏み入れるまでは野蛮で人食いの蛮族たち、という昔の認識が変わっていなかったこと。戦争の初期にオルクセンの進行にエルフィンド側の集落が占領されることに非常に怯えていたことを思うとね。あの最後の判断は、よほどオルクセン王国の実情を理解し、彼らが市民や俘虜に対して責任を持つ、という信頼がないととても出来ないものなんですよねえ。

その見た目のインパクトも相まって、そしてWeb版の連載を最後まで読んでいることもあるんですけど、この後の彼女の活動もあいまって、マルリアン大将はエルフィンド側では一番印象強く残ってます。
挿絵でちゃんと可憐ながらも凛々しく貫禄のあるお姿を拝見できて、大変眼福でありました。

眼福というと、大鷲とコボルトたちの飛行隊の集合写真的な挿絵も眼福以外のなにものでもありませんでしたけれど。なにあの、あの可愛さの暴力！！　コボルトたちのあのつぶらなひとみ、もふもふの毛皮にちょこんと据わって並ぶあの姿、飛行服を着込んだ可愛らしさ。オルクセン王国内でも、なんかコボルトたちって可愛い種族と認識されてるっぽいのよねえ。わかる、わかる。

マルリアン大将の稼ぎ出した値千金の時間を使って、態勢を整え直そうとするエルフィンド軍。そして、予定されていた計画が不随を起こし、こちらも全体の立て直しを要求されるオルクセン軍。お互いに仕切り直しをしようとするなかで、最前線ではバチバチと牽制のジャブともなる部隊の衝突が繰り返される。戦争全体では、牽制になるんだろうけれど、実際に戦う面々としては地獄のような攻防が繰り広げられ、自分達の戦いが戦争全体では何を意味するかわからないまま、生き残るための必死の戦いが行われる。これ、上層部も戦場の霧に包まれて視野がきかず、その戦いが何を意味しているのかわからず、パニックになりかけてるんですよね。わからないまま、良いのを何発も食らって焦って、ブンブンと腕を振り回して体勢を崩しそうになってしまう。こういう動揺を抑えるのも、前線で踏ん張るのも、貫目のあるロザリンド以来の古豪、というのがまた味があるんですよねえ。

しかし、オルクセン王国の完璧に思われた、あまりに時代を先取っているように見えた兵站能力ですら、地続きの隣の国の自国よりも小さな半島国家に侵攻するだけで、こんなにもあっさりと限界を突破してしまう、崩壊しかかってしまう、というのはちょっとした衝撃でもあります。破綻せずに耐えきり、支えきって見せた所がオルクセン王国の兵站能力の凄まじい所なのかもしれませんけれど、こんな近い場所の、しかも近代化に乗り遅れている国に対しての戦争ですらこんなに苦労して。
果たして、これがさらに時代の下った時期の世界大戦となったら、どんだけの兵站能力が必要とされるんだろう、と想像すると気が遠くなってしまう。
オルクセン軍がここで青息吐息になってしまっているのは、エルフィンド側の兵站能力が乏しすぎてこれを利用できず、ほぼオルクセン王国側からの持ち出しになっている上に、占領したエルフィンド側の分も支援しないといけない、という理由もあるのですけれど。それでも、戦争ってのがどれだけ国家に対して負担を強いるのか、というのが沁み入るほど伝わってくる戦記でありますなあ。
ドイツ第三帝国がソ連に侵攻したとか、頭おかしいんじゃないか、と思えてくるし。大日本帝国が太平洋全体に戦線を広げてしまったとか、頭おかしいんじゃないかと思えますし。
太平洋と大西洋両面で戦争やって押し切ってしまったアメリカ合衆国は、存在自体がバグだろう、と改めて実感させられますね、これ。

我らがグスタフ王は、相変わらず軍の作戦には関わらず、今回は農学者として出馬を求められる。これ、エルフィンド王国ってオルクセン王国に攻められなくても早晩崩壊の危機を迎えていたんじゃないだろうか。でも、そうなってからでは色んな意味で遅くなってしまう。グスタフ王としては、ここでエルフィンド王国を落すことが魔種族全体の未来を鑑みるなら、必至であったんだろうなあ。



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