【悪役令嬢ペトラの大神殿暮らし〜大親友の美少女が実は男の子で、皇室のご落胤だなんて聞いてません！〜２】 三日月さんかく／二反田こな サーガフォレスト
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乙女ゲームの悪役令嬢に転生するも自ら公爵家を脱出し、大神殿で見習い聖女として穏やかな日々を送るペトラ。
ラズーの地に冬が到来し、十歳となったペトラだったが、春になったら乙女ゲームのヒロインである義妹のシャルロッテがグレイソン皇太子との婚約を結ぶために大神殿に訪れることを知り、悪役令嬢フラグ再発の可能性を心配しつつも一年ぶりのシャルロッテとの再会を楽しみにしていたが……。一方、美少女（？）ベリーはペトラとの交流によって徐々にその在り方が変化してきたようでーー。
ああ、凄い。ベリーが段々と「人間」になっていってる。
一巻でペトラと関わることで、はじめて他者に関心を抱き、いやこれはもう他人をはじめて認識した、と言って良いくらいかも。そして、世界と自分との境界が薄く、性別の差異どころか生存のための欲求すらも希薄で、食べたり寝たり、という当たり前の生理的な欲ですら必要としていなかった、まさに神の子だったベリーは、ペトラという他人を認識し、それを欲することで欲求を得て感情を得てはじめて地上に降りてきたようなものでした。
でも、まだこの子のあり方というのは浮き世に足がついていなくて、自己がふわふわしていて、男女の区別もつかないような中性的、というよりも無性的な子だったんですよね。
それでも、ベリーと一緒に過ごすうちに普通の子供らしい当たり前の姿が垣間見えるようになっていたのだけれど。
この巻では、はじめ１０歳からはじまって１５歳までの日々を描いています。トントン拍子に５年もの時間が過ぎていくんですね。ベリーとの出会いからしばしの時間を描いた一巻……まあ、ベリーと出会う神殿に出家するまでにだいぶすったもんだがあったので、分量としては実家の話の方にもだいぶ割かれていたから、別に２巻が急ぎで書いてるってわけじゃないんですけどね。
その年、その年の出来事をしっかりじっくり描いています。だからこそ、年を経るごとにベリーに訪れていく些細な、でもとても大きな変化がはっきりとわかるんですよ。
これ、でも露骨には描かれてないんですよね。普段の所作とか、振る舞いとか、本人の意識とか、いつの間にかペトラよりもずっとたくさん食事を食べるようになっていたり、とかの一見普通の子どもの成長の結果とも取れる変化なわけです。ペトラなんかは、ベリーを出自や神託の巫女と知りつつもそれ以外は普通の女の子、と思ってるんでそれを普通の成長と思っているみたいなんだけれど。
彼が半ば神に成りかけていた、人間を辞めかけていた存在だと知ると、その変化は「神」から「人間」になっていく変化なんですよね。そして、それは同時に「男の子」になっていく変化でもある。
それによって、ちゃんとヒトとしての生理的な欲求だけじゃなくて、人の中で生きていくための社会性や理性、常識や価値観なんかも徐々に身につけていっていることに、気付かされるわけです。
それも、自然に身に着けているのとは少し違っていて、全部これペトラと一緒にいるためにベリーが意識して体得していっているようにも見える。
最初は無意識だったのでしょう。ペトラと一緒にいるために、彼女の喜ぶことをするために、無意識に身に着けていっていたもの、人の側に降りてきていたものを、いつしか彼は意図して……ペトラと一緒にいるために必要なものと認識して、意図して身につけようとしはじめていました。
その過程で、ペトラが女性であると同時に自分が男であるということ。自分が男として、ペトラの側に居たいのだと理解していくわけです。
この欲求が生じ、そこから意思が生じて、理性が形をなし、そして自己を男として認識していく……その過程を描く描写が、これまた絶妙だったんですよ。普段の日常の、色んなエピソードの中にそれとなく紛れ込まされていて、ふとした瞬間にベリーがいつの間にか以前とどんどん変わっていたことに気付かされる。このさり気なさ、微細にして特大の変化の描写が、気付かされてみるともう凄いな、と感激するくらいで。
これ、ベリーが自分を男だと自覚したあと、明らかになんか空気感変わったんですよね。喋り方とか別に目に見えた描き方の変化はしてなかったと思うのだけれど、そこ以降から明らかにベリーの様子が「男」になったように感じられたんですよ。ここはなんかビックリした。あれ？ なんか変わったぞ、と。喋ってる声の質まで変わったような気すらした。声なんて聞こえないはずなのにね。
でもあれである、アニメ化したとき原作通りの声だ、とか言うじゃないですか。あれって別に漫画とか小説とか読んでる時にいちいち登場人物が声を発するイメージをしながら読んでいるわけじゃないんだけれど、なんかいつの間にか聞こえてるんですよねえ。
まあそれで、ベリーの声質がそこからなんか変わってるように感じたわけです。読んでるこっちの認知が、そのへんで明確に変わったんでしょう。
面白い。
もひとつ面白かったのが、そんなベリーが男だというのをもとより承知していた教会の上層部の人たちとは別に、まったく関係ないところから一目で見抜いてしまったのが、かつてペトラに助けられ彼女を追いかけてスラムの孤児から神殿の騎士にまでなったレオだったのが興味深い。スラム時代の経験から、男女の区別を外見から見分けることが出来た、みたいな理由付けはあったけれど、それだけじゃなくてある種の恋のライバルであるレオにとって、最初からベリーが男だとわかった、というのは結構大きいと思うんですよね。２世を巡る恋のライバル！と自認している彼の婚約者のモニカも、はっきりとベリーが男とは見抜いてないにしても、こっちはライバルに能わず、と認識していたように、このあたりの恋にまつわる感覚は侮れないものがあるだけに。
レオから見て、もう初見の段階でベリーはペトラに対して男として在った、ということなんじゃないかなあ。
それでいながら、レオくんてばベリーに対して男としての常識や女性への接し方、エスコートの仕方や立ち居振る舞いなど請われるがままに教えて、恋敵に対して塩をガンガン送りまくるのですよ。
レオくん、ペトラに想いを寄せてはいるけれど自分が彼女と結ばれようとは露ほども思っていなくて、そばで守れればいい。あの人が幸せになってくれればいい、とこの子本気で思ってるんですよね。
器が、器がでかい。そして邪な気持ちが一切ない。凄い男だ。ベリーがなんでか最初からレオに関しては他の人に対してのような無関心さがなくて、積極的に絡んでいくしなんだったら懐いているような素振りまで見せているのは、ほんとにいい奴だからなんだろうなあ。
ベリーが人の側に降り立ちつつ、神託の巫女として大きな功績をあげていく一方で、なにやら不穏な空気をみせているのが王家の方。
ペトラの義妹であるシャルロッテが無事王太子と婚約したのですけれど、これお互いに望みあった婚約であったはずなんですよね。王子はシャルロッテを愛し、シャルロッテもまた王子を慕っていた、はずなのに……。
あ、あかん、これ精神的DVだ。悪意なく相手の心を踏みにじって収奪していくDVだ。シャルロッテの心が死んでいってる。ゴリゴリすり潰されていってる。これは、可哀想過ぎる。シャルロッテ、本当に辛いだろうに王子からも、そして姑である王妃からも悪意がないだけに、心が傷つき血を流しても、無邪気に自分の存在を否定されても、自分が悪いと思っちゃう最悪のパターンだ。
これだと、周りに自分から助けを求められないし、第三者が端から見ていても愛されている、大事にされているように見えてしまう。これは本当にキツイぞ。てっきり、王太子が普通にシャルロッテを幸せにする相手だと思っていただけに。ペトラも全然この事には気づいてないんだよなあ。
どうやら、シャルロッテを本当に大切に思っている相手はちゃんといるみたいなんだけれど、果たしてみんながハッピーエンドを迎えられる展開にはどうすればいいんだろう。難しいぞ、これ。
Ａｍａｚｏｎ
Ａｍａｚｏｎ
