
【じゃない孔明転生記。軍師の師だといわれましても】 二水うなむ/武田ほたる TOブックス
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時は後漢末。冴えない中年が転生したのは諸葛孔明……ではなく、胡昭という字【ルビ:あざな】が同じなだけの別人だった。あまりに数奇な運命に愚痴をこぼしつつも、乱世を翔るという柄でもないと彼は田舎での隠遁生活を決意する。ところが、生活のために現代知識を使っているうちに、名士としての声望はうなぎのぼり! 袁紹や曹操から熱烈に勧誘されるばかりか、門下で学びたいと若き日の司馬懿や後の魏文帝・曹丕まで押しかけてくる。平穏を守るため仕官回避に奔走するものの、逆に彼の存在は歴史を揺るがすほどに大きくなっていくのであった――。言葉一つで気づかぬうちに天下を動かす! 昼行燈な在野の賢者による、勘違いだらけのスペクタクル三国志、開幕!
三国志の時代において、いや三国志に限らずとも「孔明」の字はあまりにも有名であります。孔明と言えば諸葛亮。それ以外に孔明の字を持つ人物が歴史上にいたなんて、私はこの作品を読むまで知りませんでした。
名を胡昭。字を孔明。生涯、誰にも使えず、書法家として身を立て、在野の賢人として世間の尊敬を集めた人物でありました。生まれた年代は162年ですから、181年とされる諸葛亮よりも一回り上の世代だったみたいですね。
つまり、諸葛亮がまだ世に出る前から胡孔明の方はそれなりに世に知られた人物だったということです。袁紹や曹操からも熱心に招聘されたと言いますし。
また、出身が潁川であるそうで……潁川出身というと、三国志の中でも特に綺羅星のごとき名士が名を連ねる軍師名士の群生地であり、潁川閥なんて名があるくらい名士ネットワークの中でも特に力を持つグループでも在りました。
荀��、荀攸、鍾繇、郭嘉、陳羣、郭図、辛評、辛毘、徐庶、鍾会と名だたる人物がこの潁川の出身なんですよね。作中では胡孔明は荀��、郭嘉、郭図らと若い頃から親交があり、今も親密な交流が続いているという事になっていますが、潁川出身繋がりということなんでしょうね。
実際、鍾繇とは同じ書士という事もあって深い親交があったようですし。作中でも鍾繇とは気のおけない先輩後輩同士で、官職はあれこれ理由をつけて断っている胡孔明ですが、鍾繇はちょっとエラい仕事任されたんで、お前さんちと手伝えや、とばかりに駆り出され連れ出されたりしているので、意外と何にもしてないわけじゃないんですよねえ。
こうしてみると、潁川出身者の多くが曹操に仕えているのが見て取れます。これは曹操の家である曹氏や夏侯氏が郡は違えど同じ豫州は沛国に根のある一族だ、というのが大きいんでしょうけれど、それを言うと袁紹らの袁氏の本貫地である汝南郡も豫州なんですよね。郭図や淳于瓊、辛評らが袁紹に仕え、荀��や郭嘉なんかも最初は袁紹に仕えるつもりだった、というのも概ね地域的なものもあったのかもしれません。
そういうふうに捉えると、本作の胡孔明が招聘には応じず、就職は断りながらもだいたい曹操びいきで事を進めているのも宜なるかな、てなもんなんですよね。
親しい知り合いもたくさん、曹操に仕えているわけですし。一方で、袁紹に仕えている郭図の身を心配しているのも、彼の行動原理はシンプルに身内のことを考えている、と見るとスッとラインが通る気がします。
あとは、働きたくないでござる、ですね。
まあそうですよ。この時代の軍師能吏の来歴を見ていると、お前それ過労死してない? という死に方の人が結構いるんですよね。かくいう諸葛孔明も過労死じゃね?と言われたりしている一人ですし、曹操なんぞに仕えた日には、アホみたいに働かなくてはいけなくなります。
作中でも働きすぎな荀��の健康を労るエピソードもありますし。郭嘉もですが、こいつに関しては不摂生が大半なんで、そういう意味でこいつなんとかしないと、と孔明先生奔走するはめになるわけですが。
ともかく、そんな身を粉にして働きたくないでござる。のんびり晴耕雨読して暮らしたいでござる、というスローライフの精神に基づいて生きていらっしゃるのがこの孔明先生なのでありました。
この戦乱の世、一夜明けるとあっちの村が滅んでた、とか頻繁に聞くような世の中で、地元の村だけでも平和でのんびりと穏やかに暮らす環境を整えている、というだけで住民たちからは感謝され、世間からは尊崇を集めてしまうのですけれど。
これはアジア的な価値観、儒教に基づく捉え方なのかもしれないけれど、権力に近づくことなくひっそりと世から隠れるように隠遁する人物に対して、やたらと世間の評判って高くなるんですよね。隠君子や高士なんて言葉があり、そういう人物について史書のたぐいに詳しく記録が残してあったりするわけで。
胡昭もそういう人物であり、高士伝なんてのに色々と伝記が残ってたりするんですよねえ。
司馬懿が弟子になった、という話はさすがにないみたいですけれど、実際に交流があり、司馬懿の命を狙った弟子を説教して止めた、なんて話はこれ実際に話しとして残っているみたいです。
そんなこんなで、どこにも仕えず在野で書を書き畑を耕して生きていても、不思議と世との繋がりは残っていて、潁川閥の名士ネットワークだけでもあれこれと情報が入ってきたり、こちらから色々と手紙を送ったりで影響を及ぼすことも出来るし、世間から有徳の賢人として高い評判を受けていることもあって、あれこれと各地から繋がりを得たいと手紙など送られてくるので、意外と交友も広かったりするんですねえ。
さらに惜しげもなくこの時代にない道具を作ったり、せっせと料理を考案したり、と俗っぽい金稼ぎもしているし、腐れ儒者みたいにお高く止まっておらず寒門や武官に対しても親身に接するので、どの階層からも慕われ、ファンみたいなのがついているのである。
関羽が、孔明先生からの手紙をお守りみたいに戦場まで懐に入れて持っていってるのにはちょっと笑ってしまいました。名士や士大夫嫌いで有名な関羽をしてこれですからねえ。
まあコンプレックス持ちの関羽が、どのような心持ちで思い切って名高い孔明先生に御礼状を送り、そこから帰ってきた手紙が下にもおかない丁寧で褒め言葉が連なった感激モノの中身のお手紙だったら、と想像すると、そりゃあ拗らせて舞い上がっちゃうのもわからなくはないです。
この孔明先生、呑気だしうっかりやさんだしおおらかだけど中身は俗っぽいし、で傍目には一生懸命君子として振る舞っているのだけれど、そこまで立派な人物には見えないんですよね。ただ、その名士らしくない所こそが、色んな人に慕われる要因になっているようにも見えて、その愛嬌がまたいいんですよね。
また、正史通りに話が進むのかと思えば、意外と細かい所で本来の歴史と違う展開が起こっていたり、と孔明先生がそこまで直接的に歴史介入していない分、バタフライエフェクト的な予想できない方向から歴史が変わってたりするので、孔明先生と一緒に「あれ!?なんでこんな事になってるの?」と驚くことが出来て楽しみながら読むことが出来るお話でありました。
そもそも、司馬懿が三顧の礼で弟子入りしてくる所からしてもう正史と違っちゃってますからねえw 先生、もうどうにでもなれー、と開き直るのもわかります、わかります。
にしても、既に奥さんも居て子供もいるし、年齢的にもそこそこいい歳してるのに、イラストの見た目滅茶苦茶若いな!! これ、このままだと仙人だと勘違いされそうだぞ。










































































































































































































































































































































































































































































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