徒然雑記 : 神様を決める教室　★★★★

【神様を決める教室】　坂石遊作／智瀬といろ　電撃文庫

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最初に話しかけてくれた英雄を殺した。同じクラスになったばかりの異能力者を殺した。殺した、殺した、躊躇もせずに。彼らが、不正を犯したから。僕にも、叶えたい願いがあるから。
「それでは、ミコト様。たくさん殺してください。たくさん裁いてください。それが粛正者(あなた)の役割です」
あらゆる世界の英雄たちを死後に集め、次代の神を決めるための学園。過酷な試験を乗り越えた一人の生徒のみが卒業を許され願いが叶えられる一方、脱落者は世界から完全に消える。異能も持たず英雄でもない元暗殺者・ミコトはクラスメイトに正体を隠したまま違反者を処刑していく。しかし、誰をも救いたいと願う、心優しい聖女・ルシアとの出会いが少年の行動原理を変えてしまう。
「――お前が正しい心を持つ限り、僕はお前を護ってみせる」
聖女を神の座に導くため、少年の暗躍が始まる!

これは面白いなあ。なんだろう、何が面白いんだろう。単純に話自体も面白いんだけれど、舞台設定というか話の構造自体がなんか面白いんですよね。

神様を決める教室。大きく出ました。神様決定戦である。
ここに集められた生徒たち。最初は１０００人超えてたんかな。これらは全員死者である。てっきり、神様ってもっと比喩的なもの。代打の神様とか言うじゃないですか、あんな感じの人だけれど極まった存在を決めるための選手権、みたいな感じの話を想像していたんだけれど、思っていた以上にガチ神様を決める話だったらしい。それ以上に、全員死者でありこの神様を決める試験のために一時的に復活させているだけで、なんていうんだろう……一度死んでいる存在なだけにもう一度殺すためのハードルというのは非常に低くなってるんですね。同時に、皆が一度死を経験しているだけに死への忌避感は強く、同時に誰もが英雄と呼ばれるに相応しい経験、実績、精神性の持ち主なだけに、死に怯むことがない……とまでは言わないけれど、普通の凡人と比べれば勇気や決断力は生半なものではない。
その上で、デスゲームともバトルロイヤル、じゃあ今からこの教室にいる人達で殺し合いをしてもらいます、byバトルロワイヤル。的な話をやるわけだ。もちろん、バトロワみたいな感じでいきなり殺し合いになるわけではなく、試験のたびにちゃんとルールが有り、単純な相手を殺すような試験でもないわけだが。
でも、その試験に落ちたら容赦なく彼らは死者に戻ってしまう。おまけに、最終的に神になるのは一人だけで、それ以外の参加者たちは全員死ぬことが決定づけられている、というのだから相当に過酷で凄惨な状況設定である。
なのに、これが血で血を洗うような陰謀と殺し合いに発展していかないのは、神様を決める試験である以上選ばれた面々の人選がそういう短絡的で意志薄弱で悪逆非道なものを選ばなかったということなのだろう。
そんな中で、主人公のミコトは前世の暗殺者という経験を活かして、ガンガン他の生徒たちを殺していくことになる。
とは言っても、それは彼が殺しを愛好しているわけではなく、運営サイドから粛清者という役割を与えられたからなんですね。この粛清者という役割がまたおもしろいというか、通常の神様選定からは外れてるんですよ。彼らは決して神にはなれない。しかし、殺すことでポイントが溜まり本来なら神に選定された一人しか与えられない、願いを叶えるという報酬を規定のポイントが上回った時点で得られるという特典があるのだ。当人は、最終的に絶対に死ぬんですけどね。
彼らが殺す相手は、試験で違反を犯した者たち。試験官である天使たちの目をも盗み、ルールを破った者たちに限って、彼らは殺すことが出来るのだ。
これ、面白いのが粛正者の役割を与えられた生徒が、主人公のミコトだけではないということ。人数はお互いにわかっていて、粛正者を集めて会議みたいなものもやるんだけれど、認識阻害されていて相手が誰かはわからない。
そして興味深いのは、この粛正者という役割は実は他の生徒に秘密……とは決められていなくて、粛清者当人の意志で暴露しても構わない、ということになっている。さらに、粛正者は違反者を殺してポイントを貯めることが出来るんだけれど、ノルマがあるわけじゃなく違反者を見つけてでも殺さなくてもペナルティはかされないんですよ。そのへん、自由。何も強いられてないんですよ。これ、この粛正者というポディション周りの設定、とてもおもしろい。
よくあるケースだと、選択肢を非常に狭められたり、そもそも選択する自由を与えられず役割を強いられていき、それに苦しんだり抗ったり、という話になるんだけれど、本作ではそのあたり選択肢に幅が見当たらないんですよね。粛正者同士、協力出来る余地も十分にある。逆に、自由に何でも選べるからこそ、それぞれの意思信念によって対立することもある。強いられた敵対ではなく、意思あっての対立だ。この自由度がほんと面白味があるんですよね。

主人公自体、前世では暗殺者として後ろ暗いことをしてきたわけですけれど、殺しに対してこれは許されざることだという強い自覚が、師匠の教導の結果もあるんだろうけれど、魂の根底にこびりついている。
だから、彼は殺しに使命感や達成感などポジティブな感情は一切持っていないし、自身を罪人だと戒めている。殺す役割を得ながら、なるべくなら助ける側に回りたいと思ってるし、実際ここで得た友人たちに協力は惜しまない。一方で、目的を叶えるために違反者を見逃すことはない……はずだったんですけどね。
彼の苦悩、迷い、縋るような生き方、同時に後悔を抱きながらもいざというときには判断を迷わず、決断を厭わない心のブレなさ。心の強弱を併せ持つ、ミコトという主人公の在り方はついつい目を惹きつけられるんですよ。
そんな彼が、魂を引き寄せられてしまった、同じ教室の生徒、聖女ルシア。この子の秘めたる真実は、ちょっと尋常じゃないものがあって、あまりの地獄っぷりにドン引きレベルなんですが、その在り方は掛け値なしの聖女なんですよね。正直、ヒロインとしてここまで汚れのない真性の聖女って崇敬の対象にしかならないんじゃ、と思いますし、実際彼女の慈愛のカリスマはこの最終的に一人しか生き残れない試験においてすら、ミコトたちの教室を一致団結させ、一まとまりの集団へと変えてしまったのです。
……むしろ、この一人の聖女に信仰を集めたような集団って、普通のお話だと主人公サイドの対抗勢力っぽい属性だよなあ、というのも非常に興味深いところ。でも、本作ではこの聖女陣営が主人公サイドなんだぜ。
じゃあ、本作の対抗馬である王女サイドが主人公っぽいのか、というと……まだ内実は詳しくは明らかになってないんだけれど、こっちはこっちで狂信的と言えるほどのカリスマでクラスメイトたちをまとめているだけに、ちょっと主人公サイドとしては思想の統一が強力すぎる印象がある。
でも、王女自体はめっちゃヒロインっぽいんだよなあ。最後らへんまでそういう印象は全然皆無に近かったのだけれど、最後に明かされた秘密によって一気に化けた。
まだ、彼女の王女としての信念みたいなものは、教えて貰ってないんだけれど、彼女の正体を知ってしまうと彼女のクラスメイトの何割かはその正体にアテられて彼女を勝たせようとしているんじゃないかと思ってしまう。気高い英雄としての精神性を持っていればいるほど、王女がただ◯◯というだけで、敵対を選べなくなるんじゃなかろうか。試験からの脱落がイコール死であるならなおさらに。

ここまでの舞台設定だけでも面白いのに。さらに引っ掻き回してくるのが、主人公のミコトの周辺なんですよね。粛正者という彼に与えられた役割と結末、ここにも疑義が生じ始めているし、なんなら彼の前世自体、運営の天使たちの想定を超える秘密があるみたいな示唆まであって、とにかく先が見通せない。
話が進むほど覗き見れる物語の構造の奥が広がっていって、なんともワクワクしてしまいました。こういうタイプの「面白い」は結構新鮮かもしれない。