徒然雑記 : 太っちょ貴族は迷宮でワルツを踊る３　★★★★

【太っちょ貴族は迷宮でワルツを踊る３】　風見鶏／緋原ヨウオーバーラップノベルス

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禁忌の一族と共に、“古の災い”を討て。

追放された太っちょな貴族の三男であるミトロフは、“食費”のために冒険者となった。
銀騎士との戦いを経てカヌレを正式にパーティーへと迎えたミトロフは、怪我の療養で時間を持て余し、街を散策していた。
その最中、帰郷していたはずのグラシエと不意の再会を果たす。
しかし喜びも束の間、なぜかグラシエに避けられてしまい……？
ミトロフはグラシエとの関係に悩みつつ、過保護気味なカヌレに内緒で、怪我のリハビリも兼ねて一人で迷宮の浅層へと潜る。
そこで遭遇したのは、聖書で語られる幻想の存在――古の災いと称される“魔族”だった。
共闘するは、迷宮の住人の“長”を務める禁忌の一族の生き残り――ブラン・マンジェ。
秘策を携えたミトロフは、“貴族”の矜持を持って雷撃を操る魔族と相対する――！
追放された“太っちょ”な貴族による“優雅”な迷宮攻略譚、第３幕！

この作者さんの描く主人公の思索は、なにか読んでいるコチラも想いに耽ってしまう誘引力があって好きだなあ。

やる気を失い屋敷に引きこもって生きながら死んでいた貴族の子息であったミトロフは、家を追い出され何者でもなくなり、生きるために冒険者になった。生きるために、食べるために戦うことで彼は初めてそこで「ミトロフ」という自分を得た。
それでも、どこか貴族としての生き方や価値観に囚われていたミトロフは、同じく騎士という家の在り方に囚われ、呪いを受けて騎士の一族として生きる事が叶わなくなった仲間のカヌレの事情に関わり、彼女と共にナニモノにも縛られない、自由に生きるという生き方を知る。

自分を得た。自由を得た。でもまだ、ミトロフはミトロフになっただけで、世界に示せる何者かになれたわけではなかったのだ。
この巻で、彼は大きな失敗を犯してしまう。
彼自身はそれを油断や増長の類、自分なら出来ると思った、という自分はもう強くなった、という思いから来た不用意な行動が生んでしまったもの、と悔悟していたけれど。
正確にはちょっと違うような気がする。ミトロフの性格からして、あんまり自分を過大評価して油断するようなタイプではないんですよね。
彼が不用意な一歩を踏んでしまった理由には、焦りがあったんじゃないだろうか。直前、偶々耳に飛び込んできた、再会したばかりのグラシエの姉が妹に告げていた、ミトロフへの不安と不信。
正しくはダンジョンという危険な場所に赴く冒険者を続ける理由がグラシエにあるのか。ミトロフは頼りになる相手なのか。死や後遺症を負うような大怪我から、グラシエを守ってくれるような人なのか。
それはミトロフの能力への不安であり、土壇場になった時に彼がどう行動するかというミトロフの人格への不信でもあった。つまり、彼の強さへの不安なわけだ。
果たして、ミトロフ自身も自分自身の強さというものに。皆を守れるような強さ、死に瀕するような危機を前にして逃げ出さない心の強さ、それが自分に備わっているのかを、ミトロフ自身も確信を持って、「ある」と。グラシエの姉に「妹さんの事は任せてください」と胸を張って言える自信があるのか、と問われれば、その場で何も言えずに黙って立ち去った事からもわかるものがあるんじゃなかろうか。
彼自身にもわからない。わからないからこそ確かめたい。怪我の回復待ちの状態で、ふらふらとたった一人で慣らしのためと言い訳して、ダンジョンの浅層を散策するだけだと自分自身に呟いて、そうしてふらふらとダンジョンに潜ってしまったのは……これを油断と言えばそうだろう。でも、増長の類いではないと思うんだ。それはやはり、自分で自分を確かめたい、証を得たいという焦りだったんじゃないだろうか。
でも、そこで彼は不用意に進んだ先で最悪の存在と遭遇してしまう。助かったのは偶然であり、運が良かった。先に結んだ縁、ダンジョンに住まう人たち。その長であるブラン・マンジェに助けられて、唯一の武器を置き去りに逃げることで、命からがら助かったのだ。
強さを証明するどころではない、これは明確な失敗であり敗北であり、弱さの証明だった。

カヌレやグラシエに自分の失敗を、敗北を告白できずにふさぎ込むミトロフなのだけれど、彼にとって幸いだったのは迷ったとき、やるべきを見失ったとき、自問自答する場としてお風呂、銭湯という場を先達に教えられて、そこでお湯に浸かって気持ちをリセットする趣味を得ていたことだろう。
いつだって、ミトロフは湯に浸かり、頭を一旦空っぽにすることで行き止まりになり立ち止まってしまった自分を再起動するんですよね。さらに、自分ひとりではどうしても気持ちをリフレッシュできないときでも、毎回現れる獣頭の冒険者の先輩が、毎度毎度とてもためになるアドバイスを、人生の教訓を、ダイレクトに刺さる指摘を、含蓄ある言葉をくれるので、その先輩の言葉を梯子にしていつだってミトロフは自らの進むべき道を見つけるのだ。
ありがたい話である。いや、まじで先輩まいどまいどイイこと言い過ぎだろ。そして、人の話は素直に聞くのがまたミトロフの良い所なのである。聞いた言葉をそのまま受け入れるのとはまた違って、素直に口に含んでよく噛みしめるんですよね。噛んで噛んで自分なりの考えに落とし込んでいく。自問して自答していく。普通の人ならプライドや偏見が邪魔をしてうまく噛めないような部分も、ミトロフはもぐもぐと躊躇なく素直に噛み締める。そうして、味わいを得るのである。
よく食べる子は、よく育つ。
自分自身を理解しようとする努力を絶やさない子もよく育つ。ミトロフって、他人への理解力が非常に高くて、元貴族らしく人との会話も上手い。それでいて、オモテウラがない素直で誠実な性格なので、相手も良く心を開いて色々と難しい話なんかも話してくれる。聞き上手なんですね。打ち明け話がしやすい。よくコチラがわの事情や心情も理解してくれるから、自分の気持ちをまとめながら色々と話してしまう。ミトロフが返してくれる率直な言葉が、自身に納得と自分の内側の解像度を高めてくれる。
グラシエが惹かれたのも、そういう所なのかねえ。ただ、恋だのなんだのといった領分に関してはミトロフ、まったく知見がないのでさっぱり理解度がないのだけれど。
ともかく、相手のことも自分のことも、とても素直に理解しようと考えに耽る男の子なんですよね、ミトロフって。率直で目をそらさない。そうして解体されていく心の内側、わかりやすくバラされていき、改めて整え組み立てられていく答え、その描き方がなんとも味わい深く、ミトロフ含めて登場人物の人となり、人物像への理解をも深めていき、物語全体がどんどん面白くなっていく、実に良き作品でありました。
惜しむらくは、どうやらここでお話自体一旦締めっぽいんですよねえ。ミトロフとグラシエ、そしてカヌレと正式なパーティーを組んで、パーティー名もつけてさあここから彼らの冒険がはじまるのだ、という所だったのですが。まさに、俺達の戦いはこれからだ！　なんですけど！？
もっと読みたかったなあ、これからのミトロフたちの冒険。