徒然雑記 : 小泉八雲先生の「怪談」蒐集記　★★★☆

【小泉八雲先生の「怪談」蒐集記】　峰守ひろかず／こより角川文庫

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小泉八雲の名著「怪談」に隠された秘密とは?明治×文豪×怪異ミステリー!

明治29年(1896年)東京。市谷に妻子と暮らす帝大教授、ラフカディオ・ハーンこと小泉八雲のもとに、松江から上京してきた少女・好乃が現れ、女中として雇ってほしいと申し出る。不愛想ながら利発で怪異にも詳しい好乃のことを、八雲やその家族、下宿人である書生の己之吉らは気に入るが、実は好乃には誰にも明かせない秘密があった。八雲はそれを知った上で好乃を雇い入れるが……。
日本の原風景と怪異をこよなく愛する八雲は、急速に変わりゆく東京の風景や、怪異を迷信扱いする風潮に心を痛めていたが、近代化の進むこの町でも怪しい噂はまだ辛うじて生きていた。森の中の食人鬼、怨霊に夜毎誘われる音楽家、妖怪を使役する易者、幻影の美少年、そして雪女やのっぺらぼう……。街でささやかれる数々の怪談を追う中で、八雲や好乃は、華やかな文明開化の陰を目撃し、失われていくものたちの声を聞くこととなる。
怪談はなぜ生まれ、なぜ語られ続けるのか。好乃の真の目的とは何か。そして、小泉八雲はどうして「怪談」を書かなければならなかったのか――。激しい変動の時代を背景に、名著「怪談」成立の裏側を描く文豪×怪異×ミステリー。

言わずと知れた明治期に日本の文化に惚れ込み、帰化してこの国に骨を埋めるまでに愛してくれた文学者。ラフカディオ・ハーンこと小泉八雲先生のお話であります。
この人の残した作品である【怪談】は有名は有名なんですけれど、実際にそれそのものは読んだことはなかったんですよね。のっぺらぼうに化けた妖怪に脅かされる「むじな」はあまりにも有名なんですが、実は「耳なし芳一」が一般的にも知れ渡るようになったのはこの【怪談】で八雲先生が物語として練磨された作品として発表されて以降、というのは知らなかったし、あのあまりにも有名な「ゆきおんな」の話が実質、日本各地のゆきおんな系の逸話をベースに八雲先生が独自に創作した話だった、というのは全く知らなかった。創作だったんか！！
いやもう、本邦における雪女のイメージって完全にこのお話が大元であり原典ですよ？　今も様々な小説や漫画に登場する雪女も、遡ればすべてここに回帰することになる。
勿論、原型となるお話は日本各地にあったのですけれど、ゆきおんなという存在を現象ではなく、個性としてキャラクターとして、心あり想い持つ一個の意志ある存在として確立させたのは間違いなく、この八雲先生なのでしょう。
凄くないですか？　雪女って、日本の妖怪のほぼ代表格。ベストイレブン、いやベストナインとか、五指、三指に数えられるような横綱級ですよ？
そういうキャラクターの確立のみならず、雪女にしてもむじなにしても、耳なし芳一にしても、どれもが日本の昔話として古来から伝わる日本の原風景そのもののようなお話じゃないですか。なんだかんだと、桃太郎や浦島太郎みたいなお話と並び立っても不思議ではない、当たり前みたいに話の筋が幼少から頭の中に刻まれている、日本昔ばなしなわけですよ。
どこにも違和感なく、日本人の心に残り続ける、印象づけられている、当たり前みたいに日本人の記憶の傍らにある、語り継がれつづけてきたお話だと思っていたものだったわけだ。
そんな話を作り出し、或いはアレンジして物語としての情感、情緒、心情を浮き彫りにして、記憶にも心にもしっかりと刻まれる作品を描き出した小泉八雲先生というお人。
まさに作品から、どれだけこの先生が日本という国を愛し、この国に暮らす人々を愛し、この国で形作られていった文化を愛したのか、というのが伝わるようじゃありませんか。日本人よりも日本人らしく、我らの心に寄り添って文学を成したお人。そんな先生が、本物の怪異とも自然体で接していく、そんな物語でありました。
この八雲先生のスタンスというか、この国に寄り添い馴染み同化するかのような心の在りようを紐解いていったからこそ、最後の好乃の許しにもすんなりと得心が行くんですよね。妖怪や怪異といった存在を、標本のように無慈悲に並べ立て、博物館のように展示するかのような記録を嫌い、八雲先生の記述、執筆を止めるべく東京まで追いかけてきた好乃。彼女が何を嫌がり、何を受け入れたのか最初はちょっとピンと来なかったんですけれど。
ただそのままこの国に伝わっていた説話や昔話を記録するのではなく、しっかりと物語として昇華し練磨しアレンジして自分の作品として仕立て上げたこと。これも最初、それがだからなんなんだ？　とぼんやり分からなかったのですけれど、このアレンジや物語性を高めたからこそ、現代にまで日本の原風景としてこれらの作品が伝わって、愛されていることを理解してようやく、わかった気がしたんですよねえ。
そして好乃が他の怪異たちと共にこの人間たちの世界から立ち去って消えていくのではなく、人とともに生きて、長い年月が流れたあとも八雲先生の残したものがどう伝わっていくのかを見守ろうと思い定めた、その理由も。
それぞれ、怪談の中に描かれた物語の原典とは違うモチーフになるようなちょっとした出来事や事件に、八雲先生と好乃、そして書生の己乃吉の三人が首をツッコんだり巻き込まれたり、というちょいと不思議で面白いオムニバス作品でありました。
しかし、飄々とした八雲先生も良かったですけれど、己乃吉が気弱で迂闊でお調子者という少々頼りない青年なんだけれど、この時代の男性としては考え方も柔軟で多様性にも寛容で、臆病なのにここぞというときには勇気もあって、頼もしさは全然ないんだけれどちと放っておけないタイプで、意外と良い男なんですよ。優しいし、女性に対しても対等に接してくれるし、なかなか見る目もあるんですよね。好乃の正体にも気づいていたみたいだし、あそこまで堂々と告白してきた以上はヘタレではない好青年でしたよ。
まさか、好乃がこの青年にここまで絆されるとは思いませんでしたけれど。いやでも、この時代にここまで情熱的に、かつ褒め言葉連発された上に本性見せてもなんら動じずありのまま受け入れてくれたら、そりゃグラッと来ても不思議はないかな。
あまり濃密にはならず、サクッと済むお話でしたが、味わい深い作品で、良き読後感でありました。