徒然雑記 : 俺の愛娘は悪役令嬢１　★★★☆

【俺の愛娘は悪役令嬢１】　かわもりかぐら／縞 MFブックス

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俺の可愛い娘を、悪役になんて絶対させない!

乙女ゲーム「蒼乙女の幻想曲」の世界の悪役令嬢の父親に転生したことに気づいたヴォルフガング。魔法がろくに使えないことで両親から見放され、公爵家の長子でありながらも将来は伯爵になる予定だった。しかし、次期公爵の幼い弟を残して両親は他界。ヴォルフガングは弟が成人するまで公爵代理として過ごすことになる。やがて愛する女性カサンドラと結婚し、愛娘ルイーゼを授かるが、娘が四歳の年に妻は病死してしまう。ゲームのシナリオでは妻の死を契機にルイーゼはワガママな悪役令嬢に育っていくのだが、ヴォルフガングは悲しみを乗り越えて娘の幸せのために立ち上がる。
「俺の可愛い娘ルイーゼを、愛しい妻の忘れ形見を、悪役になんて絶対させない」
これは、ゲームシナリオという名の運命に逆らおうとする父親の奮闘記。

いやあ、面白かった。この主人公のパパさん、最近突然前世の記憶が蘇ってみたら、娘がゲームの悪役令嬢だった、というパターンじゃなくて、子供の頃から前世の記憶があったというパターンなのね。
これ原作ゲームが乙女ゲーなんだけれど、決して平和な世界というわけではなくて、魔物の脅威や代々の国王の失政もあってこれ何度か王国崩壊しかかってますよね。
単に人を襲う魔物が頻繁に周辺に出没するというレベルじゃなくて、国の崩壊がそのまま人類生存圏の後退に繋がる、かなり過酷な世界観なんじゃないだろうか。
主人公もまだ若い頃から魔力量が多かったために駆り出されてたみたいですし、以前の国王の失政によって貴族層も人材が枯渇するレベルで人が喪われているみたいですし。主人公の両親の当主夫妻がちゃんとした引き継ぎも出来ずに急逝してしまったのも……。
国情は安定しているとはお世辞にもイイ難く、王権は揺らぎまくっていて、四大公爵家の監視に近い見守りを受けながら地道に信頼回復に努めている、というような状況か。
まあ、その主人公のヴィルヘルムが公爵家当主代行で貴族勢力の一角なのですが。
いやあでも、これ主人公のパパさん、端から見ると相当に尖っていて取り扱いの難しい人物だぞ。本人は原作ゲームの悪役令嬢の父親と自分とでは性格が違う、と思っているみたいだけれど、殆ど変わらなかったんじゃないだろうか。原作でのパパの行動、今のヴォルフガングに当てはめてもそれほど違和感がない、というか自分でもこうしただろうな、と本人が納得する解釈が出来るみたいだったし。
自分の娘が悪役令嬢となって不遇になるという結末を知っていたのと、癇癪を起こし続ける娘の前で病気で早逝してしてしまった最愛の妻を思って泣いてしまった、それをきっかけに母が亡くなったショック、その葬儀に哀しんでいる様子一つ見せなかったと父親に強烈な拒否感を抱いてしまっていた娘のルルが、自分と同じかそれ以上にちゃんと母の死を嘆き悲しんでいたと理解して心を開いてくれた。
この２点がなければ、たとえ前世の記憶があっても原作と同じルートを進んだんじゃないだろうか、と思うくらいには主人公ってかなりの難物なんですよねえ。
決して狷介だったり性格が悪いわけではなく、むしろ善良で愛情深い人物だと思うのだけれど、自己完結しがちで自分の内面世界に没頭しがち。さらに相貌失認症を患っていて他人を識別できないというハンデまで背負っていた。非常に有能なんだけれど、社会との繋がりを欠いた部分のある人みたいなんですよね。
そんな彼を支え、制御して世界との鎹となり、貴族社会とのコミュニケーションの橋渡しを一手に担っていたのが、奥さんのカティだったわけだ。
奥さんには、自分には前世の記憶があるということまで打ち明けていたというから、本当に主人公にとって自分の人生そのものだったのでしょう、奥さんのことは。
しかし、そんな自分の人生の支えを失い、二人の愛子である娘からも心閉ざされてしまっては、それでも娘を愛し続けながらも自分ひとりの孤独の世界に立てこもることになっていったんだろうなあ、という想像は出来てしまいます。
しかし、こちらではちゃんと娘のルルとお互いの哀しみを共有し、打ち解けあったことできっとある程度心の余裕も出来ていたんでしょうね。お互いにブラコン同士だろこれ、という弟のマルクスとも密接に支え合うことが出来るようになっていたし、ルルとの距離感が縮まったことでフィッシャー侯爵家のお茶会にもヴォルフが参加したことで、お茶会の惨劇を防ぐことが出来た。
ルルと打ち解けたことをきっかけにして、一つ一つ段階的にヴォルフガングにとって心開いて頼れる相手が増えていってるんですよね。
パパさん自身の世界が広がっていくことによって、ルルを護るための世界も広がっていってるという感じで。
弟のマルクスとも、お互い兄弟として大事に思い合っていたのに、マルクスは兄の相貌失認を知らなかったみたいで、兄が公爵家を継ぐのが難しいという状況を把握しないままだったためにすれ違いが起きてたみたいですし。また、学生時代からなんやかんやとヴォルフの事を気遣ってくれていたペベルのことを、この主人公よりにもよって厄介野郎としか認識していなかったみたいに、ちょっと他人からの愛情に鈍感なところがあったんだよなあ。相貌失認による他人の識別が出来ない、というのは本人の自覚以上に他人との深い交流を諦める気持ちを根付かせていたのかもしれない。
娘を護らなければならない、娘を孤独にしてはいけない、というパパとしての決意は、だからこそパパ本人を孤独の束縛から解き放ち、奥さんという導き手を喪って途方に暮れていた彼自身の世界を広げていった。自分達親子を愛し見守ってくれる存在は思いの外多いのだという事を教えてくれた、と思えば尊いものじゃないですか。
特にペベルさんの献身といっていい友情は、これも愛情だよね、というくらい深いもので。いや、こんな想ってくれてた人をこれまで気づかず邪険にしてたパパさん、猛省ものですよこれ。
あれ？もう新しい奥さんこのヒトでもいいんじゃね？男だけど、男だけど、と一瞬思ってしまうほどの友愛でしたからねえ。
まあ新しい奥さん候補は、別に生まれてくるのですが。この難しい尖った人物をちゃんとコントロールして、この世界に繋ぎ止めて、さらに娘のルルを家族として深く愛してくれる人が、ちゃんと、ね。

しかし、この王国……後継者であるはずの第一王子の悪評が凄まじすぎて、いや乙女ゲーの主人公の攻略対象筆頭でしょ、第一王子って。こんな前評判悪いって凄くない？　現段階でこの王子の婚約者に選ばれるの、最悪の貧乏くじという認識が貴族社会の共通認識になってるのって相当ですよ？！
先代先々代の失政で王権揺らぎまくってて、ようやく現王が名君とまでは言わずともまともで今までの暴政による被害に配慮した治世で地道に信頼を回復してきた所だったのに、これマジで貴族側によるクーデターが起こっても不思議じゃないと思えるくらいなんですが？
その第一王子の暴走によって、無理やり婚約者候補の地位に王子以外誰も望んでいないのにさせられてしまった愛娘。一瞬で全公爵家の支持取りまとめて、国王夫妻を激詰めしたパパさんこそが、いざとなったら王権転覆の先鋒になりかねない勢いなんですけど！？
いやこれ、国王側は王子をなんとかしないとこれマジで王権持たないですよ？　大丈夫？