徒然雑記 : 転生程度で胸の穴は埋まらない　★★★☆

【転生程度で胸の穴は埋まらない】　ニテーロン／一色電撃文庫

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だから、“孤独”を埋めるのは君との『恋』の物語

人の渇望(ねがい)が固有の魔法になる異世界。固有魔法を扱い邪神から人類を守護する超越者〈アデプト〉たちには、あらゆる権利が与えられる。
転生したコノエは永い修行の末、遂にその資格を得たのだった。
――惚れ薬〈きんしやくぶつ〉を使うために。
「……惚れ薬があれば、僕でも、誰かの一番になれるんだろうか。」
前世のトラウマから、人を信じられず生きてきたコノエ。そのせいで固有魔法が発現せず、転生しても孤独に苦しんでいた。そんな彼に助けを求めてきたのは、死病に侵された金色の少女で――。
「私、コノエ様の為なら何でもさせて頂きますので!」
これは、渇望〈ねがい〉を持たない白い孤独が、黄金の愛と出会う物語。

奴隷ハーレムが欲しい。そんな野卑とすら言える欲望を、こんなにも切実に、寂しそうに、縋るように求める主人公は初めて見たかも知れない。

生前、彼…コノエは孤独だった。家族からも愛されることなく、他人からも好かれることなく、産まれたときから愛されることも情を交わすことも知らず、阻害され、のけ者にされ、いらない人間として生きて、いらないままたった一人で淋しく苦しく死んでいった。
彼の人生に、喜びというものはなかったのだろう。楽しさ、なんてものもなかったのだろう。ただただ寂しい生であった。
だからこそ望むのだ。愛されるってどんなだろう。好かれるってどんなだろう。
生前の境遇を知れば知るほど、人格が歪んでも不思議はない人生だった。悪意にさらされ、絶望にどっぷりと浸かるままの人生は、その人から善性を奪うに十分な時間だっただろう。求めるために奪うことへのためらいを覚える道徳や倫理観など、誰にも教えてもらわなかったはずだ。
人間というものに対して不信感を抱いて当然だ。人というものを恐れるのが当たり前だ。

だからこそ、コノエは提示された奴隷という自分に逆らわない絶対上位として君臨できる存在を従えられるのだという権利に心惹かれてしまった。
その上で、奴隷ですらも自分では持て余し、嫌われ憎まれ心遠ざけられるだろうと絶望して、さらに提示された惚れ薬という禁忌。人の心を操る薬の存在に心奪われてしまった。

「……惚れ薬があれば、僕でも、誰かの一番になれるんだろうか。」

この青年は、人を信じられなかったのかもしれない。人を恐れていたのかもしれない。でもそれ以上に、自分をこそ信じていなかったのだろう。だからこそ、契約上であろうと自分のそばに居てくれる奴隷を求めた。だからこそ、操った心でも自分を一番に思ってくれることを望んでしまった。

こんなにも縋り付くように、懇願するように、怯え縮こまるようにして、奴隷ハーレムを欲する主人公を初めて見たかも知れない。
それは欲望の発露というよりも、祈りに近い切望だった。クズの所業とわかっていても、おぞましく醜く無様で矮小だと理解していても、そうでなければ誰も自分の側に居てくれないという絶望だった。

それほどまでに、他者との繋がりを信じることの出来ない人だというのに、このコノエという青年はあまりにも誠実で善良で優しかった。
どうしてあんな寂しい人生を送りながら、これほど他者に痛みに共感できる人格を保持できたのだろうと不思議に思うくらいに、献身の人であった。
身を削って救いを、自分のための救いではなく、自分以外の人のための救いを求めてきた相手に対して、彼もまた身を捧げ自らを削り、与えて与えて、ひたすらに与える事を当たり前のように行える人物であったのだ。
気が狂いそうな修業を経て身につけた能力を、この男はただただ他者を救うために使うのである。
奪われるだけの人生を、喪うだけの人生を、何も与えられない人生を歩んできたくせに、彼は与える側で在り続けたのだ。

……無理だろ、これ。こんな与えるばかりで、受け取る方法も知らない、報われることの求め方も知らない青年が、相手の意志を無視して契約で従える奴隷なんて触れることも出来ないに決まっているじゃないか。
それよりも、人の意志を奪う、心を捻じ曲げる惚れ薬なんか、誰かに使えるわけがないじゃないか。
人を信じられないくせに、自分を信じていないくせに、与えることばかりしか出来ない人間なんて、壊れているとしか言えないだろう。
彼は誰にも与えられなかったからこそ、自分が与えているという事もわかっていなかったのかもしれない。自分の価値を、わかっていなかったのかもしれない。
彼がそれを知るのは、自分以上の献身を。何も与えられなかった自分に、いろんなものを与えてくれることになる少女との出会いを待たなければならない。

彼はそこで知ることになる。人との交わりを。善き人々の在り方を。真面目に生きる人達の眩さを。献身の尊さを。
翻って、自分もまたそれを為しているのだということを。人々の感謝から、想いから、切実なる情愛から、知ることになるのだ。

ただ転生しただけでは胸の中央にぽっかりと空いた穴は埋まらなかったかもしれない。
でも、転生した先で彼はずっと、愛を受け取っていたのだ。最初は神様から。そして、行いに対しての報いを、教官から。そして、自分の孤独を、寂しさを理解してくれた少女から。
これは彼が温もりを知るまでの物語。恋という以上に寄り添う愛の物語だと、私は思う。