【負けヒロインが多すぎる！ ６】 雨森 たきび／いみぎむる ガガガ文庫
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檸檬の退部危機に、温水は――?
先輩たちが卒業していく、春。
焼塩がこっそりと俺に耳打ちする。
「ぬっくん。あたしとデートしよっか」
……まさか、自分の高校生活にそんなイベントが起こるとは。
竹島水族館での初デート、やっかい娘たちとの攻防。
けど、そのときの俺は分かっていなかった。焼塩の抱えるもの、心の揺らぎ。
そしてまさか、彼女との“退部をかけた”100m一本勝負が待ち受けているなんて――。
大人気負け確ラブコメ、第6弾。――こんがり娘が運ぶ、春の嵐。
今回の表紙は月之木古都先輩なんで、まさかの勝ちヒロイン主役回！？ かと戦慄していたのだが違った、大丈夫違った。大学受験合格おめでとうございます。
いや、まさかの月之木先輩主演展開だと、受験失敗して浪人確定からのどん底ムーヴかな、と想像していたので、普通に……というには落ちまくっていたけれど、ギリギリでも合格して無事卒業していくことになったのは意外でした。意外というと大変に失礼だが、失敗確信して疑いもせず慰めるつもりだった文芸部部員の後輩たちの方がよほど失礼なので許してたもれ。
なにで今回は焼塩檸檬、失恋からの田舎への逃避行回から二度目の焼塩メイン回なのである。
この子が主役となると、途端にドタバタラブコメ色が薄れて凄く真っ当な青春モノになるの、不思議ですねえ。八奈見さんとか、相変わらずどか食い望月さんかよ、というくらい食ってるのに。
登場人物は殆ど変わっておらず、彼らの行動言動奇行のたぐいもあんまり変わっていないのに、焼塩の物語となるとなんとも淡くも切ないようなきめ細やかな、感情の機微に触れる物語になるんですよね。
焼塩との水族館デート、なんか普通にちゃんと真っ当なデートになっていて、微妙に感動すらしてしまった。果たして、温水くんとデートして普通にデートっぽい雰囲気になるヒロイン、他にいるだろうか。
何にも考えていない考えるよりも行動するタイプ、思いついたら突っ走ってしまう脳筋、天真爛漫で前向きでいつも笑っているようなスポーツ少女の焼塩だけれど、その実とても繊細で周りの人達との距離感を意識していて、とても気にしいな思春期の女の子なんだよなあ。実は、登場人物中もっともか弱く脆い少女なんじゃないだろうか。
ぶっちゃけ、焼塩が気にしていることって……気にしすぎて自分自身でどうしたらいいかわからなくなるくらい無造作に触れたり動かしたりすることを恐れていることって、実のところ周りの人はそこまで気にしていることじゃない、というのは作中でも散々周りの人たち当事者の口から語られている。内心では思う所もあるのかもしれないけれど、少なくとも誰もその想いに囚われてはいない。自分で飲み込んだり、割り切ったり、消化したり、そもそもそこまで気にしていなかったり、思う所はあってもそれは状況や環境であって焼塩個人に何か隔意を抱いていたり、なんてのは殆ど見受けられない。
だから、焼塩の気にしていること、心を重くしていることは杞憂なのだ。でも、気にしすぎ、と言ったからとてそれで割り切れるもんじゃない。突き詰めると、他人がどう思っているか、ということよりも焼塩自身が他人を押しのけ機会を奪っていることそのものに、苦痛を、辛さを感じているからであって、他の人はそんなこと別に対して気にしてないと、と告げてもそれが真実だとわかっていても、気にしいは気にしちゃうもんなんだよ。繊細な子は、事実だけで重すぎるのだ、しんどいのだ。
んで、驚くべきはそんな繊細で他人に自分のことで何かを失わせる事をとことん恐れていた焼塩檸檬が、温水くんを巻き添えにしようとした所なんですよね。自分のわがままに、彼を巻き込んで道連れにしようとした。これは特筆すべきところでしょう。
焼塩自身、ちょっとここは自覚的で、温水くんに対しては甘えてしまう、と明言している。
焼塩が温水くんを好きかどうかは、彼女自身まだそういう意識を持っていない、というのは事実に近いんでしょう。焼塩にとって、未だ恋は幼馴染の綾野に向けられている。それをもう恋とするには、心に決着がついてしまっているのかもしれないけれど（未だグズグズやってる八奈見さんに比べて、実にちゃんと素晴らしくケリをつけてると思う、小鞠ちゃんもね）、恋するドキドキの経験は未だ綾野だけなのだろう。
でも、温水くんに対して何も思っていない、何も感じていないってわけはない。何も思っていない相手に、あんな反応を伺うような、試すような、試薬を垂らすような真似はしないだろう。ドキドキはしていなくても、なにかこう安心して甘えてしまえる何かを彼に抱いているのは間違いないのだ。
それはまだ恋じゃない、でもその前の、もう一つ前の、特別になりえる段階に差し掛かっているのかもしれないし、焼塩自身それを確かめたいと思ってるような反応なんですよねえ。積極的なわけじゃない、攻めてるわけでもない、でも黙って見ているわけじゃない、ただ待っているわけでもない。
パッシブな波を彼にぶつけて、返ってくる反応を伺っている、それを感じた時に自分が何を想うのかをほんのりと待ちわびているような……少女の青春、なんだなあ。
かくして温水くんの反応は、というとあまりにも予想外で予想以上に情熱的で、同時にその熱量にはさっぱり恋愛感情はこもっていなくて、大枠としては信じられないくらい自分のために頑張ってくれたのに、ミクロな視点では、二人きりの関係という観念に関しては、驚くほど自分に対して興味関心を持ってないんじゃないか、という完全スルー。なんじゃいなこれは、と言いたくなるけれど、むしろ付き合い長くなってくると、これが温水くんなんだよなあ、という理解も深まってくる。
そういうところだよ温水くん、という焼塩はじめみんなのセリフは、苦笑いとともに親愛がこもっているように見えるのが印象的だ。そういう温水くんを、だからこそ親しく思っているのが、今の文芸部の面々なんだろう。
そこにまだもどかしさや物足りなさを感じていない時点で、彼女たちは恋をしていない、という言に嘘は感じない。でも、そこに親しみや愛情めいたものを抱いている時点で、既に特別な枠の中に入りつつあるんじゃなかろうか、なんて思ってしまう。
まさに青春の日々、であるなあ。今が楽しく安心できる、そんな時期だ。しかし、それは失恋の痛みが癒やされている過程とも言える。癒やしの相手に、さていつまで安心だけを抱いていられるのか。
今は新たに育まれている友情にも耽溺していますしねえ。小鞠ちゃんと焼塩の友達関係が思ってた以上に進展深化していて、ドキドキしてしまった。小鞠ちゃん、人見知りなんだけれど親しくなった相手にはめちゃくちゃ侠気見せるよなあ。振られる前提で告白したことといい、思わぬ所で勇気を見せる。
退部をかけて温水くんに勝負を挑んだ焼塩にとって、文芸部の仲間たちには負い目を感じていたところに、焼塩が勝ったら焼塩だけじゃなくて温水くんも文芸部退部して帰宅部になる、って話だったのにそれでも、焼塩の味方をする！と、ほっとくと勝手に孤立してしまう焼塩の所に真っ先に駆け寄ったのですからねえ。何気に一番かっけえ女じゃなかろうか、小鞠ちゃん。
季節は春。卒業式を経て先輩たちは学校を去り、大学進学のために豊橋からも去っていった。残された温水くんたちは２年にあがり、新年度には先輩となる。出会いと別れの季節のはざまに、今一度自分達の距離感、自分達のスタンスを整理するのに、文芸部と陸上部の二足の草鞋をはく焼塩の進退問題はけっこう大事なポイントだったんじゃないかなあ、と思ったり。
さて、次の巻からは２年生だ。新歓資料も先輩たちが残してくれていたし、後輩出現イベントなんかもあるんだろうか。クラス替えも予告されてましたしねえ。
巻末SSでは、出会ってはいけない二人が出会ってしまうお話が。温水佳樹と朝雲千早、プロのストーカーである二人が出会ってしまい、化学反応を起こしてしまうお話……なんでこの工作員レベルのストーカーが作中のメインに二人もいるんだよ！！
Ａｍａｚｏｎ
Ａｍａｚｏｎ
