徒然雑記 : 義妹なら本気になってもいいよね？１　★★★☆

【義妹なら本気になってもいいよね？１】　手島史詞／Kuro太 HJ文庫

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本気になった義妹が、グイグイ迫って止まらない!?

虚木真人は実の妹・悠凛に嫌われている。しかし両親から突然、二人は義兄妹だと明かされたことがきっかけで、悠凛は真人の記憶だけを失ってしまう。退院した悠凛を気遣う真人だったが、なんだか前よりも距離感が近くなってる!?　記憶を失う前から一変して、自然に距離を詰めてくる悠凛に、戸惑いとドキドキが止まらない!!
「お兄さんにも、ちゃんとドキドキしてほしいだけですから」
隠れていたはずの悠凛のブラコンっぷりが次々と溢れ出してきて、恋人よりも甘い義妹との同居生活が幕を開ける！

義妹云々以前に、その妹ちゃん記憶喪失になっちゃってそれどころじゃないんですけど！？　それ以前に本気になってもいいよね、というセリフは妹ちゃんの方じゃない？　いやでも兄に対する記憶がなくなっちゃったんで本気も何もあったもんじゃない……と、思いきやむしろ記憶がなくなったからこそ本気になれてしまった妹とのラブコメで、と、いきなりタイトルにツッコんでしまったが、本作は記憶喪失モノである。
でも、普通よく見る記憶喪失からのラブストーリーって、一旦記憶がなくなることで関係がリセットされて、改めて再構築していくというのが主流だと思うのだけれど、本作ってそのへんちょっとアプローチが違っていて面白いなあ、と思わせてくれたんですよね。

記憶は無くしても、想いは心に残っている。
じゃあ逆に考えると、記憶とかしがらみとかで自縄自縛になってる要因を記憶喪失という形で取っ払い、その心に残っているという想いとやらを剥き出して放りだしてみたらばどうなるか。
何にも囚われず、何にも縛られず、ただこの内から込み上げてくる感情に、気持ちに、逆らう所以も理由もなくて、だから素直になれる。怯えることも日和ることも立ちすくむこともなくなり、その想いに素直に従える。
彼女にとって、記憶喪失……と言っても、超限定的でただ一人、兄に関する記憶だけが吹き飛んでしまっているという状態なんだが。その状態こそが、長年好意を拗らせて足かせどころか逆にマトモに喋ることも会話することも出来ないありさまになっていた義妹を解放する、福音だったのだ。
これ、本格的な記憶喪失だと、両親の記憶や友達、学校なんかの記憶消えちゃってて日常生活もままならず、日々誰も知らないわからない人間の間で怯え警戒して過ごさなきゃならないので、大変だっただろうけれど、彼女、義妹、悠凛に関してはほんと兄のことだけしか忘れてないので、普通に暮らす分には何の悪影響もなかったわけです。いや、ちょうど高校入学直前に事故ってしばらく入院していたので、高校新生活には支障がありまくりだったわけですが。
それでも、兄への禁断の恋心すら打ち明けていたような親友が居てくれたのだから、一週間くらい出遅れたとてそれほど深刻なことにはならなかったわけですけれど。

まあともあれ、両親のことは覚えているけれど幼い頃からずっといっしょにいたはずの兄のことだけは覚えてない、という状況に色々と違和感を感じつつも、しかし見知らぬ男性と同居しないといけないという状況にも関わらず、悠凛は不安らしい不安を抱かない。それどころか、妹時代は距離を開けていたパーソナルスペースを自ら埋めまくり、ナチュラル自然にベタベタとくっついてしまうくらいには甘えまくる。見知らぬ男性相手に。
心許しまくりである。記憶があったときの方が全然心許してないくらい、ってか比べるべくもない。一年近く会話がない同居している兄妹って、けっこうなもんだと思うよ？
ともあれ、好意を妨げるものが自分の中にはなにもない以上、意識せずともひっついてしまい、無意識に抱くつくも一般兄妹の範疇であり、まあやりたい放題である。
好きと自覚して意識してやってるわけじゃないのがミソですね。どんだけ無意識下で好き好き大好きを発酵させていたのやら。
記憶喪失になったあとで、逆にこれだけ初っ端から距離感近づくどころかひっつくのはあんま見たことないなあ。
ここまでくると、記憶が悠凛にとってどれほどの拘束具となっていたのがわかろうというもの。そして拘束具を解き放つと、真理として暴走が始まるのである。何しろ、理性とかストッパーと呼ばれるべきものまで一緒に吹っ飛んでますからねえ。吹っ飛んでますねえ、これ。
無意識に兄を押し倒してあごクイっとしたり、街中で当たり前みたいに恋人繋ぎで手を繋いだり、人でいっぱいのカフェであーんをしてみせたり。
これ、意図してやってるならあざといんですけれど、悠凛自身我に返るとやっちまっていた、というあたりかなり業が深いです。そこで恥じらって慌てて止めてしまうのならともかく、この子恥ずかしがりながらも一歩も引き下がらずに、そのままやり続けるあたり相当の猛者ですよこれ。

「お前の運転席アクセルしか付いてねえのか？」

という主人公の血をはくような独白には思わず吹き出してしまいましたよｗ

そもそも交通事故はきっかけに過ぎず、平静を失って車の接近にも気づかず道に飛び出してしまうほどの極度のストレスが、記憶喪失の原因だと医者は言いました。悠凛の高校入学を機に、両親から自分達は本当は再婚であり子ども二人は血が繋がっていない、と告白された事が悠凛にパニックを引き起こさせた原因だったわけですが、記憶を失う前の悠凛にとって血の繋がりとは恋を妨げる呪いであると同時に兄との間を繋ぐ唯一のキズナの証明でもあったわけで、それが最初から存在しないものだった、と告げられるのは、心にとってシャットダウンを起こすほどの負荷だったんでしょうね。
それまで、好きなのに好きだからこそ普通に接せられず、距離がどんどん開いてしまっているという状況自体、悠凛を苦しめ悩ませ苛んでいた真っ最中だったわけで、その時点でストレスフルだった事を思えば、両親の告白はタイミングが悪すぎたとも……いや、このときの悠凛の状態からしてタイミング良い瞬間とかどこまで行ってもなかっただろうしなあ。
いずれにしても、記憶喪失は心が壊れそうなほどの負荷を逃がすための肉体の緊急避難であったのでしょうし、同時に悠凛自身がどこかで望んだ事だったのではないでしょうか。
記憶喪失って、アイデンティティの喪失……記憶を無くす前と後とで自分自身同じ人間、同じ人格と思えず別人だと認識してしまう、というあたりの弊害も、悠凛の場合記憶なくしたの兄に関することだけなので記憶の連続性が維持されていて別人という認識も生まれないでしょうし、そういう意味でもかなり自己保全された状態なんですよね。

ともあれ、序盤まで全体的にふわっと掴みどころがなかったのが、中盤くらいからキャラが固まってきたのは急速に熟れた感じが現れてきて、特に悠凛が絶好調にやらかし始めるのは楽しかったなあ。
自重という言葉は知ってはいるけれど、瞬間瞬間で理性が飛ぶ、或いは自らの勢いに飲まれる、記憶が時々飛ぶ、という感じでやらかして、我に返って赤面動転したあともここまでやっちまったからには最後まで！　と、ブレーキじゃなくてさらにアクセルを踏み込んでるよね、この子ｗ

これは巻を重ねるごとにノリが良くなり勢いが更に増して弾けていくタイプの作品ですよ、きっと。そして、作者の手島さんは周りを固めるキャラが増えていくことでラブコメの相乗効果を発揮してくる作家さん。次回以降がこれは大変楽しみ。