【俺にだけ小悪魔な後輩は現実でも可愛いが、夢の中ではもっと可愛い】 片沼 ほとり／たん旦 電撃文庫
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「両想いだってわかってるんですから早く告白してください、センパイ!」
堅物で嫌われ者な生徒会長の慧吾。スター俳優を両親に持ち、品行方正で人気者な後輩役員の千春。両片思いな二人はお互い、まさか相手が自分を好きだとは夢にも思っておらず、距離を縮められないでいた。
そんな二人はある日、縁結びの神社で一対の御守りを買い、その夜に夢で出会う。二人は夢の中だからと本音を曝け出して盛大に告白しあう。
「俺のような鼻つまみ者に思わせぶりな態度を取るんじゃない!」
「だって好きなんですもん! 全部センパイと結ばれるためですから!」
しかし、夢での出来事を覚えていられるのは慧吾だけで――?
現実ではあざとい小悪魔系、だけど夢では好意も本心もフルオープンで立場逆転!? 新感覚の筒抜け系ラブコメ、ここに開幕!
これは面白い、面白かったなあ。
主人公の生徒会長・日下部慧吾は嫌われ者だ。空気を読まず四角四面の対応に終止し、相手の感情に寄り添わない。本人は徹底して無表情で感情を見せず、それが故に会話していても一方的に感じてしまうのでしょうね。
生徒の校則違反を咎めているシーンを見ても、なるほどこれは嫌われる敬遠されるだろうな、という態度である。性格が悪い、とかは全然感じないのだけれど、こういう慮ってくれなさそう、こっちの事情や気持ちを一切汲んでくれなくて、ガン無視してる感じ、というのはどうしたってお近づきになりたくない人種、と普通は思ってしまうだろう。
とはいえこの主人公、決して感情が死んでいるわけではなく、人の心がないわけではない。むしろ、他人の心の機微に聡いところすらもあるようなのだ。
でも、人の心がわからない系男子であるのは間違いない。空気が全然読めず、不器用で人に好かれそうな応答が出来ない、というのも間違いない。そんな自分を改善しようとも、もっと人から好かれたいとか理解されたい、なんて全然思ってないのも間違いない。
孤高の不器用男子なのである。
ヒロインの花咲千春は両親が芸能人で自分も役者を目指していて、さらに文武両道の万能という才能もあって、誰もが自分の看板ばかりを見て持て囃してくる中で、慧吾の不器用さ空気の読まなさ人の心のわからなさが相まってか、千春の肩書についてはまるで眼中になく、その肩書故に追い詰められていた千春を、自分にヘイトを向けることで救ってくれたことから、コロッとイカレてしまう。
自分に対する態度姿勢が余人にないもので得難く、そして演じずに自分をさらけ出せることがこの上なく心地よかった、というのもあるのでしょうけれど、慧吾という誰も理解していない彼の優しさ、素晴らしさの本質を他の誰も知らなくて自分だけが理解しているんだ、という独占欲が、彼女の乙女回路をギュンギュンにぶん回してしまったのではないでしょうか。
実際は、慧吾の妹ちゃんがちゃんと兄の良い所をちゃんとわかっているのですけれど、彼女はむしろ同志が増え、さらに兄にちゃんとした相手が出来ることを喜んでいるので、絶対的な味方と言えるので千春の邪魔にはならない。
だがしかし、慧吾の良さを自分だけがわかっているとはいえ、理解していることが攻略に繋がるのか、というとこれが案外とそうもいかない。何しろ、この男表情筋がガチで死んでいるので、感情はそこそこ動いているのにそれが表に出ないものだから、何を考えているのかわからない。
そういう事もあってか、千春は彼の前でだけ小悪魔的言動で慧吾の心を揺さぶろう的な作戦に打って出ているのだが、何しろ相手は感情の機微には聡いかも知れないが人の心はわからない男である。小悪魔的にからかい混じりでつついても、彼は幾つも裏がありそうなその仕草や台詞を額面通り、そのまま受け取ってしまうので、これこのまま言っても思いっきり気持ちすれ違ったままになりそうな流れだったんですよね。
ちなみに、千春のひねた物言いに自分は好かれていないのだろうな、などと受け止めてしまっていた慧吾だが、きっちりハートは射抜かれている。気持ちは通じていなくても、しっかり可愛さ女性としての魅力はもろに突き刺さっていたので、小悪魔ムーヴも決して失敗ではなかったのだろう。
ただ、慧吾がどれだけ千春に惚れてしまっても、千春がまさか自分のことを好きなどと夢にも思わず、気持ちは一切通じていなかったので、本来ならこのまま噛み合わず千春さんとしては大変困難な道程を歩まなくてはならなかったはずなのだが……。
たまたま……ではないな。千春の両親を縁結びしたという神社で入手したお守りをきっかけに、慧吾と千春は同じ夢の中で時間を共有できることになったのでした。
そして、夢の中での記憶を現実には持ち越せなかった千春と違って、夢の記憶をしっかりと持ったまま目が覚めるようになった慧吾。そんな非対称の夢の時間の中で、二人は見事告白しあい両思いとなれたのでした……。現実には持ち越せなかったんですけどね。
課題、現実でも両思いになるにはどうしたら良いか。
ここで凄まじい威力を発揮したのが、現実の千春の裏表ありまくる小悪魔的言動の真実を、このときの自分の気持、本音を夢の中で千春御本人が自分で全部暴露、もとい解説してくれるパートである。
テストの直後に作った本人の解説つき参考書を片手に答え合わせするようなもので、現実の千春がちょっとでも伝われば、という切なる思いで小悪魔していた言動が、本人がそこまで伝えるつもりはなかったんだけど、という所まで全部まるっと慧吾くんに理解されきってしまっている、という恐ろしい状態が発生してしまうのである。
そしていい意味でも悪い意味でも空気を読めない、おためごかしのできない、直球しかなげられないこの生徒会長は、受け取った好意に見合った好意を剛速球でバンバン千春に投じはじめるのである。
当然、ちょっとでも反応が帰ってきてくれたらそれだけで嬉しい、くらいの気持ちだった千春はそんな豪速球に対応できるような捕球態勢は整えていないわけで、ばっかんぼっこん返ってきたボールがみぞおちや脇腹にめり込むことに。
お嬢さん、瀕死である。
この男、好意や称賛、絶賛、かわいいかわいい、などの方向性の台詞を口にするのにも表情筋が動かない、表情筋じゃなくて照れとか恥ずかしいとかの情動もわかない。当たり前みたいに堂々と真顔で致死量のボールを放り投げてくるのだ。
千春は死ぬ。
わりとこの作品、小悪魔な後輩である千春が主人公を振り回すのではなくて、千春さんの方が振り回されまくった挙げ句に息も絶え絶えになってた気がするぞぃ。
これでなんで現実でもすんなりと両思いの交際がはじまらないのか、と思ってしまうところなのですけれど、千春本人の完全解説ありきの理解度を踏まえてなお、どこかで自分に対しての好意を実感できない主人公、慧吾のトラウマと不器用さが唸りを上げてものを言ってるんですよね。
これ、毒親関係の精神的外傷で、自分への評価や自信、自分を守ろうとする本能みたいなものが欠損してるきらいがあるので、彼自身ではなかなかどうにもならない部分ではあるんですよね。あれだけ夢の中で好きと伝えられて、甘えられて、それでもなおちょっとした事でも自分は嫌われるだろう、それが当然なのだ、と「水は高きから低きに流れる」という自然の摂理のように心に染み付いてしまっている。
妹ちゃんはそういう兄のトラウマを払拭しようと随分頑張ってたみたいだけれど、自分が原因でもあったのでなかなか難しかったみたいなんですよね。だからこそ、兄の理解者が現れたことをほんとに喜んでたみたいですし。
最後の一歩を踏み込ませるのは、やはり現実の千春の役割であったのでしょうけれど、しかし彼女は彼女で後ろから追いかけてきたしがらみに、その肩書に囚われて将来との天秤にかけられてしまうのです。
そういう意味では、やはり慧吾は千春に攻略されるヒロインではなく、ちゃんとヒロインを呪縛から救うために自身を閉じ込める檻をも壊して、その先へと線を越えて一歩踏み込む立派な主人公でありました。
これ、まさかの芸能人のご両親からのお墨付き、というのは大きいですよね。このご両親もかつて若かりし頃、同じようにお守りを通じて同じ夢を見て愛を育んだ、という話ですから、娘とその想い人のことを応援しこそすれ、邪魔なんか絶対しないですもん。というか、お父さんの方がむしろ認めてくれてるじゃないですか。すでに最大のハードルを乗り越えてるんじゃないですかね、これ？
Ａｍａｚｏｎ
Ａｍａｚｏｎ
