【異世界刀匠の魔剣製作ぐらし ６】 荻原 数馬／カリマリカ カドカワBOOKS
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国王陛下直々に刀三十本の注文が!? 伯爵領の職人総出で無茶ぶりに挑む!
国王から騎士に褒章として贈るための刀三十本の依頼が!
伯爵領の職人達はこの無茶ぶりにてんやわんや、ルッツも騎士団長達への刀を担当するがスランプに陥ってしまう。
そこでルッツは刀の持ち主となる団長達にインタビューを決行!
だが団長達は曲者揃いで、中でも“死神”の異名をとる若き騎士団長レナードの注文は――己の死を飾る刀!?
彼の過去を調べたルッツは、彼への願いを込め魔剣『氷雨』を打つ。しかしその刀は更なる波乱を呼ぶことに……?
気力も充溢していて、今なら凄い刀が打てる、という確信すらも得ながら、心身ともに万全の状態で打った刀が見事な駄作となってしまった。
これまで培ってきた経験、何振りもの稀代の名刀を鍛えてきた実践、それを踏まえての確信でしたから、そりゃあ今までの経験値も何もかもが崩壊してしまったような気になっても仕方ないですよね、これ。
自分が積み上げてきたものが、何一つ意味を成さなかったのですから。どうやって今までの刀を打ってきたのかもわからなくなる。
これが本格的なスランプに突入していたら、ルッツはもう刀を打てなくなっていたかもしれません。
ここで恥ずかしがらず、面子を気にせず、奥さんであるクラウディアに全部詳らかにあけっぴろげに話して、相談に乗ってもらうというのがルッツ凄いよなあ、というところ。
時代背景としても、ここまで妻にぜんぶぶっちゃけて助けを乞う、それも自分の専門分野についてですよ、プライドもあるでしょうに、そういうのかなぐり捨てて、ただただクラウディアを信頼して彼女ならなにかに気づいてくれるかも知れない、と打ち明けるその心意気。クラウディアへの愛情もあるんでしょうけれど、これが出来うる限りはルッツは絶対に破滅しませんよ。
そして、案の定クラウディアとの話し合いから自分が知らず知らず慢心していたことに気づき、ちゃんと気づくのがまた偉いし、それを素直に認めて踏みとどまり、自分の未熟さから目を背けず、後戻りしてちゃんと自分のやり方の原点に立ち戻ろう、というその姿勢。
年下で門の外の人間だったルッツにわざわざ弟子入りしてきた、街の鍛冶屋のベテランや長老らのあの職人としての心意気に通じるものがありますよ。
こういう、ただひらすら一人の職人として研鑽に邁進する姿は美しくすらあります。
しかし、結局毎回毎回、使い手の話を聞きその人となりを見て、その人にふさわしい刀がどんなものかを感覚的に捉える、という作業工程が必要になるんだな、ルッツは。だからこそ、他に類を見ない名刀を鍛えられるんだろうけれど。
ただ、そういう意味では今回の三人の騎士団長のために打った刀は、騎士団長たちの人生そのものをトレースしてこれから彼らが歩むべき未来を想起して打ったものではなかったから、素晴らしい出来にはなったんだろうけれど、他に類を見ない名刀とまでは行かなかったんじゃないかな。毎回、そんな伝説の刀を生み出されても困るんだけれど。
特にレナードのために打った刀は、彼の人生を追ったけれども彼のためにどんな刀を打つべきか、という点については明確な答えが出なかったんじゃないだろうか。そのかわりに、レナードに対してのルッツの願いを乗せてしまった感がある。レナードとしてはその気持ち自体は嬉しくは思っても、有り難くはなかっただろうな。
そして結果として、生きてほしいと願って打った刀を振るって、彼は英雄となる死に様を迎えてしまった。決して、ルッツの打った刀が力不足だった、というわけではないんだろうけれど、彼が精魂込めて打った刀が折れたの、初めてだったんじゃないだろうか。自分用の斧はカウント外として。
レナードという騎士の生き様と死に様については、なんとも答えは出にくいです。こうだ、という正解があるわけじゃなく、死に場所を探していただろうレナードですけど、あの場面決して死ぬために戦ったわけじゃない。
彼の生前の行いが、誰にも答えを出せていないように、なかなか咀嚼しづらいテーマでした。
そんな英雄となって死んだ男の残した影響の大きさも含めて。彼の死に様が、見捨てられたような村に未来と気力を与え、逆に彼の部下たちはその喪失の大きさに虚無にさらされ、気力を喪ってしまった。
そんな両者が縋るように求めたのが、英雄の象徴となった折れた刀。
その折れた刀を、新たな魔剣の制作の素材にしようと安置してある村に訪れたのが、ルッツとゲオバルトたち。
誰もが、英雄亡きあと、という余韻に翻弄されている。その大波はまだ寄せては返してを繰り返していて、それだけレナードという人の存在感が際立っていくんですよね。もういない人なのに。
ここで面白いのが、身内にはだいぶ甘いし親身になってあれこれ尽力してくれる人なのに、対して知らない相手にはとことん冷たいゲオハルト師匠と、ちょっと関わりを持ってしまうととことん付き合ってしまうお人好しなルッツとの差ですよね。騎士のジョセルは身分差にうるさいんだけれど情に厚くて、わりとルッツ寄りの人かもしらん。意外とこの人情の差が、色んな問題に直面したときに良い手綱となってるんですよね。ときに暴走するゲオハルトをルッツたちが宥め、情に駆られるルッツたちをゲオハルトが冷静な意見で落ち着かせる。ゲオバルトさんは身内にはほんと情が厚いんで、まずよっぽどバカやらない限りは、最終的にはルッツたちの味方をしてくれますしね。うまいこと引き締められて回るんですよ、彼らの関係って。
と、そんなこんなで折れた刀を巡る問題、かと思いきや英雄の喪失によって迷走する人達の再起になんだかんだと手を貸しているうちに、より大きな問題。レナードが一度撃退したはずの巨大オーク襲来、というトラブルに巻き込まれるルッツたち。
と、これが単なる魔物の襲来ってだけなら、問題も何もない単純な話だったんでしょうけれど……まだ裏が見えてこない段階で次に続いちゃったな。
ただ、喫緊の問題だった英雄の喪失に絡む人々の心に空いてしまっていた虚を埋めるというところは、なんとか解決したので裏で蠢いていた企みなのか災害なのかわからないけれど、危険な予兆を迎え撃つ体勢、というか心映えは出来たわけだけれど。それだけが不幸中の幸いか。
本来、ただの鍛冶屋のルッツが首突っ込む問題でもないはずなんだけれど、一度関わったからにはとことんやってしまうのが、彼の良いところなだけにどうしようもないよな、これ。
ともあれ、スランプまで誘発してしまった今回の国王陛下からの大量発注でしたが、結果的にですけれど自分の慢心に気づいて大きな怪我を負う前に原点に立ち戻ることが出来たこと。さらに、騎士団長の一人であるヴィクトルに気に入られて随分と懇意になったこと。これはだいぶ苦労はしましたけれど、成果としては十分大きなものだったんじゃないでしょうか。
まあひどいトラブルに巻き込まれちゃった、というか尻尾巻いて逃げずに首突っ込んじゃったわけですが。事件解決せず、巻またぐことになったのも初めてかしら。こっからさらに大事になっていくんだろうか。
Ａｍａｚｏｎ
Ａｍａｚｏｎ
