徒然雑記 : 天才魔術師を弟に持つと人生はこうなる１　★★★☆

【天才魔術師を弟に持つと人生はこうなる１】　江崎乙鳥／ox エンターブレイン

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特殊な〈神の恩恵〉を授かった兄弟による本格ファンタジー、開幕!

「生きていると大切なものが増えるのだな」

この世界では十二歳までに〈神の恩恵〉と呼ばれる特殊能力が人々に与えられる。
ポルカ村のルカは、自身がめずらしい〈恩恵〉を授かっていることを隠し、狩人として村で平凡に生きていくつもりだった。
しかし、弟・リヒトが稀少な〈恩恵・魔術使い〉であることが判明し、思いがけず「従者枠」として一緒に魔術学校に行くことに!
新しい魔術具を次々と作り、入学前から天才ぶりを発揮するリヒト。
そしてルカの名もまた、王都の「白い狩人」として広まっていく――。
弓の名手であり、ある特殊能力を持った兄と、天才的頭脳に恵まれた魔術使いの弟が織りなす冒険譚!

書き下ろしエピソード「魔術学校にて」も収録!

相互移動っていわゆる入れ替えとか置換に相当するのか。色々と細やかな設定があるみたいだけれど、単純な瞬間移動とはまた違うアプローチ、使い方が色んなシチュエーションでできるのでこれは面白いなあ。
しかし、主人公サイドが移動系の特殊能力を殆ど制限無しで使えると、下手な攻撃系魔術やスキルよりも手に負えなくなる傾向がある気がします。長距離の移動から戦闘における機動までできることの自由度が半端なくなるんですよね。
ただ、この移動系特殊能力に適応できるだけの戦闘能力がないと、宝の持ち腐れになってしまうのですけれど、本作の兄殿は特殊能力「恩恵」に寄らない自分で鍛え上げた神業級の弓術の腕前があるので、遠距離攻撃持ち（精密狙撃・必中）で転移能力、さらに自分だけじゃなくて相互入れ替え、置換だから場合によっては標的を引き寄せる、みたいなこともできるわけで、もう実質やりたい放題ですよ。

とまあ、そんな能力を公にしてしまうと大変なことになってしまうので、恩恵の公式鑑定の際に詳細がバレなかった事を好事として、ルカは自分の恩恵については秘する事にする。ここの判断むずかしいところで、良い恩恵なら王家などに引き抜かれたりする事になるので、故郷から脱出できる手段にもなったのだろうけれど。
まだ狩人としての技術を師匠に学んでいる途中だったのと、アルビノであることで差別を受けていたものの村にはちゃんと接してくれるヒトもいて、故郷に対してはこれ複雑な思いを抱いていたんでしょうね。単純に、こんな閉塞的な村なんか捨てて自由に生きたい、なんてコトまでは思ってなかったわけだ。
そんな中で、特に自分に懐いて慕ってくれている可愛い、可愛がっている弟のリヒトが魔術使いという恩恵だと明らかになり、魔術学校に入学することになり、その弟に従者枠という費用向こう持ちで全部賄ってくれる枠を利用することで、外に出るべきだと師匠に促されて、ルカは弟を守護するのと外の世界を見るために弟についていくことにしたわけだ。
この兄弟がまたベタベタのブラコン同士で、兄は兄で弟第一主義だし、弟の方はそれに輪をかけて兄至上主義みたいな感じでちょっとヤンデレ入ってるレベル。これ、弟が妹だったりしたらちょっと危ない関係になってしまっていたんじゃないだろうか、と思えるほど。
いや、弟でも兄に対してかなり異常な執着を持っているので性別は関係ないのかもしれない。兄の方も相当におかしいけれど、弟のリヒトの方もタイトルになっているように確かに天才というほかない魔術師なんですよね。これ、弟の方を主人公にしても成り立つんじゃないか、というレベルでどうかしている。あと、あの我の強さはこれはこれで主人公にしても面白いタイプだと思う。兄のあの淡々としているキャラクターもいいんだけれど。
弟の方は兄に対して異常な執心を持っているけれど、それとは別に魔術師らしい魔術に対する探究心、これも偏執レベルで持っていて、放っておいても順調にやばい感じの魔術師に成長していくんだろうな、というのがわかるんだけれど、兄の方は弟を守ってあげたいという思いはあるものの、意外と弟の方が自立独立したらそこまで干渉しそうな執着はなさそうなんですよね。いや、ずっと干渉はしないけど側から見守るくらいの湿度はだいぶあるんだけれど。弟の、兄の結婚相手にまで口出しそうなヤバさは感じない。そんで兄の方には弟のような魔術への探究心みたいな別方向の執着みたいなのはあんまりないんですよ。自分の恩恵に対する検証意欲なんか見ていると、そういう所弟とよくにている部分は見受けられるんですが、あれは実用に対してどれだけのことができるか、という確認作業でもあってそれ自体が目的というわけでもないですしね。
なので、あまりあれがしたい、これがしたいという確固とした目的はない。村での体験から、理不尽に利用されたり搾取されたり、という事に関しては生理的に拒絶感を持っているようですけれど。確固とした目的がない、という事はそれだけ自由である、ということでもある。彼には弟、という一つの指針があり、そこが侵されない限りは自分の心の赴くままに動くばかりだ。基本的に真っ当な良心と倫理観の持ち主で、結構弟以外にも情を移し親身になるタイプでもあるので、弟と自分の自由や権利を侵害する以外ではかなり大らかな方だと思うんですよね。まあその分、禁忌に触れた場合は対応が激烈になりそうな感じもありそうなのですが。
だから、案外と交渉なんかもやりやすいタイプのはずで、少なくとも魔術学院はそのへんよく弁えている、理解しているようなんですよね。
どうも、魔術学園とパワーゲームを繰り広げているらしい王家や教会あたりは、この兄弟の地雷を積極的に踏んでいきそうな危なっかしさの気配を感じるのですけれど。

意外とリヒトくんも、兄以外には人間関係興味なし、というわけでもなく……いやその傾向はあるんだけれど、同級生に対してある程度交友を結ぶつもりはあるみたいだし、一部の教師にはリヒトの方から関心を寄せているようで、あれだけ偏執的に信仰のように兄に傾倒しているにも関わらず、兄しか見えていないタイプでもない、というのは結構面白いなあ、と思う。
それにしても、兄弟でこれだけ湿度の高い関係というのも珍しいので、そのあたりも興味深い作品である。