
【汝、暗君を愛せよ】 本条謙太郎/toi8 DREノベルス
Amazon Kindle BOOK☆WALKER DMM
ぼくは王として生きる。この豪華な地獄に。
赤字財政、列強の干渉、迫る革命。転生先は破綻寸前国家の玉座だった。
<あらすじ>
お飾り社長としての人生に嫌気がさして自ら命を絶った「ぼく」は、異世界の若き王の中へと転生する。
しかし彼の王国は巨額の赤字財政と列強の干渉に悩まされ、国内には革命の気配すら漂い始めていた。
政治的影響力を無視できない妃候補の令嬢たちと、自分よりも明らかに有能な重臣たちに取り巻かれ、
無力な異世界人たる彼にできることはあまりに少ない。
だが、何とか“上手くやらなければ”生き残れない。
「ぼくの名は、暗愚な君主の1人として残るだろう。永遠に」
それでもなお、彼は玉座に在り続ける。かつて“投げ捨てた”役割を今度こそ全うするために。
このヒトを暗君呼ばわりしたら、比べて歴史上の大半の君主が暗愚になっちゃうんじゃないの!?
自称暗君、自分自身の評価がどうしても低い主人公なんだけれど、彼の考える名君って言わば自分が先頭に立ち有能なる部下たちを率いて時代を切り開く、様々な困難を正面から打ち破っていくような、革新的、或いは独裁的君主が脳裏にあるのでしょう。
確かに、歴史に燦然と名を残している王たちというのは、戦乱を収め既得権益を打破し、国家を統一し国土を広げ世界に覇をなすような、偉大な存在というイメージですし、映画や漫画や小説などのフィクションで持ち上げられる名君というのも、そのカリスマや能力で時代の波そのものを牽引していくような存在ですよね。
そういうのと比べると、確かに「彼」は率先して何も成そうとしていない。むしろ、意思を以て何もしない、出来ない、ただの御輿に過ぎない存在になろうとしている。
……まあ、この人の恐るべきというか空恐ろしいところは、そういう御輿になるために、何もしない出来ない存在になるためにあらゆるお膳立てをあらゆる手段を弄して実現させようと、手配りしている所なのですが。
価値観として、この時代の国王というのは絶対不可侵の神聖な存在として認知されているようです。王権神授説とはまた様相が違うのですけれど、世俗の権力とはまた別の、普遍の概念としての権威がこの国王という身分には備わってしまっている。
これを、この人は明らかに解体しようとしてしまっているんですよね。いや、違うのか。権力を徹底的に手放すことで、権威だけの存在になろうとしているのか。その代わり、自身の持つ貴族連合の筆頭一族としての俗世の権力武力を手放し、何の力も持たないけれど幾つもの独立自治されている貴族領の集合体ではなく、国民全員の統一された認識のもとでの統一国家の象徴という権威になろうとしている。
江戸時代が、藩という小さな国の寄り集まりだったとしたら、明治になって藩が廃されて天皇を頂点とした統一国家・大日本帝國へと移行した、ようなものに近いというべきか。
これを武力による革命ではなく、自身の権力の放棄を担保とした話し合いで緩やかに進めようとしているわけだ。
国王という存在が持つ権力や武力を放棄し、絶対的な存在から降りようとする、なんてのは国王として惰弱もいいところの行動なんだけれど、彼の場合それを強引に進めようとするのではなく、ものすごく権力バランスと人心に配慮しながら絶妙に進めていっているので、弱さでありながら同時にとてつもない勇気とも見なされ、また王という絶対的な存在故の上からの立ち居振る舞いではなく、その人個人個人に寄り添いながら、同時にその人の身分や立場を絶対に無視しないあらゆる意味で配慮の行き届いた接し方をしていることで、不可侵という階梯から人間宣言みたいに同じ目線同じ立ち位置、同じただの人間という所まで降りてきてしまっているにもかかわらず、舐められたり侮蔑軽蔑されたりするどころか、凄まじいまでに人心を掴んじゃってるんですよねえ。
革新的で英雄的な王としての振る舞いは何一つしていないのだけれど、この一点だけでも十分先進的ですよね、この人。
なんというか、カリスマ調整型君主というべきか。
本人は自分を小心者で臆病だと思っているみたいだし、前世で責任を投げ出して自殺しちゃった事もあって、自己評価異様に低いし比較対象がカリスマ独裁者なもんだから、自分は暗愚だと規定してしまっているのだけれど、客観的に見てやってることはとてつもなく安定していて冒険や波乱がない分、途方もない規模の土台を築いているような治世なんだよなあ。自分では、安全マージン取りすぎてて何もしていない、みたいに思っているみたいだけど。
ただ、確かに彼が言っているみたいに、配下の人たちがみんな超優秀で有能なのは確かなんですよ。馬鹿がいない。身の程知らずがいない。野心家がいない。
いや、もし王が暴政や無能の治世で国政を混乱させたりしていたら、王を排除して自分が権力を握ろうというくらいの野心を持っている人はいたっぽいけれど、自分が権力を握るために相手を陥れたり、混乱を助長させたり、危機を自ら招き入れたり、みたいな真似をするような輩は、少なくとも上位の実力者たる人たちの中にはいなかったんですよ。
国に対しての真っ当な忠誠心と、自己を費やす責任感の持ち主ばかりだったのは、調整型君主としては乱暴な排除や暗闘を繰り広げる必要がなかった分、めちゃくちゃやりやすかったとは思う。
ちゃんと、みんな話し合える相手だったわけですからね。会話はできても話が通じない輩は国家権力に携わる人の中には幸いにも誰もいなかった。
まあ、話は通じていても、気持ちが通じ合っているかは定かではなかったのは、彼の妻となる女性たちだったようにも思いますけれど。
国内の貴族たちの息女たちが、政略結婚として彼の側に侍ることになるわけですが、まあどう足掻いても家の駒として生きる他無い彼女たちは、それでもプライドと意気を持って自分らしく生きようとしていたんですよね。それって、時代としてはやがて良き妻となるべく押し殺されていくものだったはずなんですけれど、女性に対しても配慮を欠かさない王たる彼は、彼女たちを政略結婚の駒でも、男としての欲望の捌け口としてでもなく、一個人として尊重し、また彼女らの望む生き方も肯定して見せたわけです。
そりゃ、恋だってしちゃいますよね。女として、男にそんな風に尊重されて扱われるなんて無い時代でもありましたから。
ところが、王様の方からは彼女たちに対して、恋みたいな熱量はあまり感じられないんですよ。むしろ、彼こそが政略結婚を一番つよく意識している。彼は、彼女たちを愛さねばならない、と思っているわけだ。まあ、妻として扱う、有力貴族の子女として大事にする、を超えて「愛さないといけない」という義務感ではあっても、愛情を注ごうとしているだけでもよっぽどなんですが。
でも、愛ではあっても恋ではないんですよね。徹頭徹尾、この人は王様なのだ。相手の立ち位置まで降りてきているのに、相手からはただの人間に見えるようにしているのに、彼自身は自分を一番人間扱いしようとしてない、公の化身となろうとしている。凡庸とは程遠いですよ、こんなの。
もちろん、時計を趣味にしていたり、趣味のこととなると早口になって夢中で喋ってしまったり、というどうしようもなく人間らしい所もあるのですけれど、そういう部分すら政治や人との距離感を図るツールとして利用もしているあたり、ほんと徹頭徹尾なんですよねえ。
まー、面白かったです。王という存在を主人公にしながら、なんら革新的な政策を主導していくなんてこともないのに、他国と戦争したり国内で内乱や政治的暗闘が繰り広げられたり、なんてこともないのに、なんか抜群に面白いというのはあまり体験したことのないタイプの没頭感でした。
どうしても自分を暗君と言い張るのなら、強いて言うなら性格が暗い君主、という意味の暗君ならまだわかる、わかるうん。
でも、傍から見ると内心のあの後ろ向きさ、愚痴っぽさ、根暗そうな鬱々とした独白とは裏腹の、思慮深く穏やかながら意志力のハッキリした君主に見えるのかなあ、やっぱり。























































































































































































































































































































































































































































Amazon
Amazon