【悪役令嬢はしゃべりません １.覚醒した天才少女と失われたはずの駒】 由畝啓／ミユキルリア オーバーラップ文庫
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その少女、暗躍無双する――！！
《前世でプレイした乙女ゲームの悪役令嬢に転生している》と気づいた公爵令嬢兼王太子の婚約者候補であるリリアナは、父の政敵や他国の刺客から日常的に命を狙われている。
しかも彼女は病の影響でしゃべれない。
襲われても助けを呼べない、魔術の詠唱もできない彼女に待つのは身の破滅のみ、かと思われたが――。
（声が出ないなら無詠唱魔術を習得すれば良いのではなくて？ あら、できたわ）
そうして周囲を巻き込み魔物襲撃（スタンピード）を阻（はば）み人身売買組織を壊滅させ……物語に巻き込まれないことを目指しリリアナは無双する‼
最強主人公（ヒロイン）が天才的（チート）な魔術と知力で運命（シナリオ）を破壊する、異世界転生×暗躍バトルファンタジー、開幕！
これタイトルが「しゃべれません」じゃなくて「しゃべりません」なあたり、正確に内実を表現してるんだなあ、と読み終わってから納得。
確かに彼女、主人公の悪役令嬢、リリアナは高熱に倒れたあとに声を発することができなくなるのだけれど、わりと早急に意思疎通の手段は構築した上に後々言葉も取り戻すんですよね。
ただ、喋ることが出来ないという状態は公爵令嬢としては立場を失いかねないピンチではあるんだけれど、リリアナ個人としては王太子妃候補という立場を降りたいのもあって、好都合ですらあったわけです。そのうえ、実利としてもしゃべれない状態ってのはうまく意思疎通出来なくても相手側が言葉が出せないから、と納得してくれるので、曖昧に意図や意思を濁してしまうことに都合がいいんですよね。
リリアナは実際、社交の場面で喋れないのを良いことに、明言を避けたり質問を回避したりぼんやりと状況をスルーしたり、とかなり上手いこと意思疎通を制限してるんである。
一方で筆談やジェスチャーで必要な意思疎通はできますし、なんなら念話や魔導具による通信によってはっきりと意図を伝える手段は構築できていますし、最終的に言葉が喋れなくなった原因が呪術によるものと発覚してから、すぐに伝手から解呪に成功して普通に喋れる状態に戻っていますし。
その上で、公的には喋れないままとして、情報を制限して行動や意図を埋伏させている。よっぽど親しい人にしか明かさないと同時に、喋れるという状態を明かす事そのものを重大な政治カードとしても使っているので、この主人公リリアナは「言葉を失った」という不都合そのものを様々に活用してるんですよね。そこがなかなかに面白味を感じるところでした。
さらに面白いのが、リリアナの置かれた状況と彼女の所属する王国の国内政治状況だろう。
この国、控えめに言っても混迷を極めてるんですよね。それも、今人事不省に陥っている王様の不始末ではなく、賢王と謳われた先王の置き土産によって。
その負債と悪意と野望のカオスを一身に背負うことになるのが、まだ幼いリリアナたちの世代。最悪なのが、リリアナたちの親世代が有能でありつつ、そもそも国家安寧の意図がないんじゃないか、という具合に動いている節があるところ。この国家の混迷が意図的に作り出されてるんじゃないか、というあたりで、そこにリリアナや王太子であるライリー殿下たちへの愛情みたいなのが伺えないあたりなんですよね。
リリアナはなんか命狙われてるどころじゃなく、ひっきりなしに刺客に襲われ毒を盛られたりしてますし、そもそも喋れなくなったのも呪術で呪われたから。おまけに、それがどうやら敵対勢力だけじゃなくて肉親、両親から命を狙われてるんじゃないか、と思えるところがあって、身内に味方が存在するのか怪しい状態という、これもうリリアナの立場どうなってるんだ？という状態なんですよね。
ライリー殿下も、知らない間に密かに無茶苦茶な舵取りをされつつある国家を、国王である父親が倒れた中でまだ１０歳にも満たない立場で、理想も憧れも裏切られた状態から立て直そうと奮闘する、子供がやることじゃないだろうという健気な頑張りを見せていて……これ、こっちもある意味もうひとりの主人公だよな、という状態になっている。
ライリー殿下やその親友であるオースティン、彼らゲームの攻略対象者たちもかなりじっくりスポット当てられて掘り下げられていて、ちょっと群像劇っぽくも見えてきている。
リリアナが能力や自分の状態を伏せた上で、幾人か味方を増やしつつそのべらぼうな力で、正史の流れを確かに打破しているみたいなんだけれど、この国の裏で起こっていること、陰謀や暗躍の全体像がさっぱり見えないので、果たして先々のこの国が破滅に向かいそうな状況を打開できていっているのかわからないあたりが、暗中模索っぽくて手応えが掴みにくい雰囲気になってるんだよなあ。
そもそも、リリアナの父親である宰相が本当に黒幕なのか。どうしてリリアナはあれほど母親から生理的憎悪を向けられているのか。
言葉を喋れなくなったリリアナを、それでも王太子妃にと望む勢力が国王や派閥的に敵側にあたる公爵であり、父親の宰相はむしろ降ろそうとしている、本来とは逆転の構図はいったい両陣営にどういう意図があるのか、いろんなことが全然わかんないんですよね。
父親がリリアナに対して一切の愛情を持っていないようなのも、状況の混迷に拍車をかけている。なんか、父親が最大の敵であり、命を狙っている相手のようにも見えるんだけれど、それもまだ実際そうなのかわからん程度には情報があがってこないしなあ。
さて、そんな過酷な状況に置かれているリリアナだけれど、彼女って喋らないという以上にどうにも冷たい印象というか、熱量がないんですよねえ。決して非道とか冷酷ではないですし、身内認定した相手には情も厚く、利益度外視で手を差し伸べ助けて回っているのですけれど、不思議と優しいとかあったかいという印象とは程遠い。
彼女自身、自分には感情の一部が欠落している、という認識があるようで、他人の情深い様子を見て自分はそんな風には思えないな、などと想いつつ憧憬を抱いていたりするんだけれど。
まあそうやって人の想いが伝わる場面を見て憧憬を持つあたり、悪い人ではないことはわかるんですけどね。どこか冷めた目で世界を俯瞰しているところがあるのは間違いなく、果たしてこれから他人に対して熱量をあげていくことがあるんだろうか。いや、今でも十分、あれこれ助けて回ってるんだから、情の厚さについては必要量は十分満たしていて変わる必要もない気もするけれど。
とりあえず、魔術や呪術への興味好奇心や、生存に対する目的意識に対して、もっと大きな目標というか、こうしたいああしたい、という希望野望目的の類が彼女の中に明確な形で生じていない感じなんで、行動原理がわりとその場その場の感情任せ、成り行き任せなところがある気がする。なんで、ちょいと指針がぼんやりしていて、どこに向かっているのかわからない感じはあるかなあ。それを探している途中、或いはたどり着くまでの途中なのかもしれないですけれど、物語的に。
その点、ライリー殿下の方は王子として、次期国王としての責任感があって、非力無力目標の失墜によって苦しんでいるけれど、ブレることなく進んでいて、メインの登場人物として実に良い振る舞いだと思いますよ。
Ａｍａｚｏｎ
Ａｍａｚｏｎ
