【折れた剣の幸福論 ~赤毛の錬金術士と弱気な元剣聖~】 扇 友太／四季童子 MF文庫J
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「自分は、『伝説』でも、『最強』でもなかったのだ」
『正しい歴史』が改変され、鬼が出現するようになった幕末の京都。
英国出身の天才錬金術士モルガナは一人の剣士を蘇らせた。その名は近藤三助、天然理心流剣術二代目宗主で、理心流を大流派へと押し上げた大剣聖だ(後の新撰組局長、近藤勇は理心流四代目宗主)。
だが蘇った剣聖・三助は剣をすでに棄てていた。
とはいえ歴史干渉のため、内から壊れようとする新撰組、その破滅回避を狙うモルガナは、新撰組の精鋭が現局長・芹沢鴨をまさに暗殺せんとする修羅場に、剣を棄てた三助を放り出し――。
心の一滴まで燃やし尽くされる、剣戟と錬金術が織りなす、心熱小説、開始!
大剣聖・近藤三助！！ って、誰？ いや、マジで誰！？
あらすじで既にそのあたり、ちゃんと解説してくれているのだけれど。
新選組局長となる近藤勇の二代前の天然理心流剣術二代目宗主だそうで、いやだから知らんてそんな人。さすがに、新選組フリークでもこの近藤三助方昌なる人物の詳しい情報を知っている人はよっぽどだろう。勇の先代くらいまでは履修範囲かもしれないけれど、その更に前となると幕末とは全然関係ないもんなあ。そんな人が、大剣豪だったなんてさらに知らん。
まだ動乱の時代となる前の江戸時代。ちゃんと記録には残っているけれど、歴史に埋もれてしまっている剣の達人達はそれこそ山のようにいるのでしょうね。
というわけで、新選組に介入するために、新選組に深く由縁のある天然理心流、その大剣聖と謳われた男を蘇らせて手駒にしようと企む少女が一人。薔薇十字団って、またでっかい魔術師団持ってきたなあ。そこに所属する錬金術師モルガナが、秘術を以て墓に眠る三助を蘇らせたわけだけれど……あれ？ この蘇りって制約とかデメリットとか何もないの！？ 蘇生を維持するために何かを特殊な薬とか素材を接種し続けないといけないとか、人の生き血とか魂とか啜らないといけないとか、主人の命令には絶対従わないといけないとか。そういうの本当になんにもないんですね。
……マジで死者をただ蘇らせたの？ 何の代償もなく！？ いやそれは本当に凄い術なんじゃないの？ 軽々に何度も使えないガチに大秘術みたいなんだけれど、生きる屍とかアンデットとか魔物とかでもないみたいなんですよね。もう４０年近く前に死んでる人間を生き返らせるとか、とんでもないなあ。
モルガナ、確かに組織の中でも将来を嘱望されてるエリートみたいではあるんだけれど、まだ若いしそそっかしくて思慮が浅くて思い込みが激しくて、研究者としては大丈夫かと思うほど頭が固くてポンコツで、いやあだいぶ危なっかしい子なんだが、そういう若手に属する子でもここまでの術を使えるというのは、錬金術師って相当にやばい連中なんじゃないだろうか。
まあ、そのやばい連中が関わっているからこそ、ヒヒロイカネなる伝説の金属にして魔物を生み出す生ける素材を掘り出して、幕末の日本や動乱の世界の歴史を正史から歪めていってしまっているのだろうけれど。
これ、ただでさえ幕府と長州の対立や攘夷思想の跋扈によって日本が動乱期迎えている中で、ヒヒロイカネを原因とした魔物の跳梁まではじまっているのですから、史実より混乱大きいんじゃないだろうか。
さらに、日本に凄まじい資源が眠っているというのが知れてしまっている以上、欧米からの介入は下手したら史実の比じゃなくなるだろうし。実際、英国から顧問として幕府にモルガナたちが派遣され、会津藩預かりになって、あれこれ介入してきているわけですしね。
長州あたりに潜伏しているらしい、ヒヒロイカネにちょっかい出している連中をどうにかするために、新選組を手駒として掌握したいモルガナと、隊内統制を進めたい土方歳三との殺伐とした暗闘がなんか本筋みたいに繰り広げられていくのですが、なんかどっちもそんなことをしている場合でもなかろうに、と思ってしまうわけですよ。
でも、非情ですらある隊規で縛ろうとする土方と、利を以て釣って人を操ろうとするモルガナ。どっちも人の心を軽んじているというか、よくわかっていないというか。いや、土方の方は人心を理解していないわけじゃないんだけれど、俺がやらないとという意気込みで前のめりになりすぎている感じですし。
モルガナの方はポンコツすぎて、あとこの当時の武士の価値観というものをさっぱり理解できていなくて、的外れなことばかりをしているという。そういう迷走している所を、三助が助言したりサポートしてあげたりすればいいんだろうけれど、この男死んだ時のことが原因で自信喪失自己不信に陥っているのででっかい体を縮こませてウジウジしてばかりで、主人の言うことは聞きます、と従順に下男やってるんだけれど、ぶっちゃけあんまりモルガナという少女のことは視界に入れてないようにも見えるんですよね。自分の事自分の事、そればっかりで。モルガナの言うことには唯々諾々と従うばかりで、諫言助言の類はほとんどしないし、自己主張もしない。自己を主張できるほど自信を持てなくなっている、とも言うんでしょうけれど。
だから、この男が俯いていた顔をあげるのは、やはり自分を見失って俯いたままひた走っている、自分と似ていて自分と違ってそれでも前に進んでいる男と、相対した時でようやくだったわけですよ。
男には男として向き合い、剣士としては堂々と剣士として向き合うことが礼儀。心を打ち明け、後悔をさらけ出し合い、清々しいまでに胸筋を開いて、そうして打ち解けてこそ、友となり、命をかけて戦える。
殺し愛の派生ならぬ、こっちが根っこか。友情を交わしたからこそ本気で殺し合う剣士の生き様、漢の花道、武士は死ぬことと見つけたり。
芹沢と平山の同志ゆえの言葉をかわさずとも通じ合った命の掛け方といい、終盤の男たちの魂の発露は、ほんと熱かった。
そんな漢たちの想いを汲み取れる土方さんや会津の御殿様の器にも、思わずぐっとくるものがありましたよ。
男とは、さみしい生き物だ。哀れな生き物だ。それがまた、どうしようもなく愛おしいわけだが……。
そういうの、意味わからぁぁぁん！ と彼女にとっては謎理論、謎の価値観、理解できない心の動線、意味不明な在り方、男同士のイチャイチャに完全に置いてけぼりくらって癇癪起こしてちゃぶ台ひっくり返すモルガナちゃんの様子には、苦笑と可愛げを感じることを禁じえませんでした。
芹沢さんが、モルガナにあれを理解し受け止めて懐に入れて操るのだ、という助言は正しいと思うんですよ。器の大きい女なら、そういう男たちの哀れさ、理屈に合わない子供じみた矜持、無様さをかわいいと包容して掌の上に乗せてしまえるんでしょうけれど。
そういうイイ女、というのも。男どもを尻に敷いてしまえる女というのも大いにあるべきなのでしょうけれど。
モルガナみたいな小娘にはムリだよなあ。
でも、ムリならムリで、彼女みたいに、わかるかーー知るかーー、こっちを置いてけぼりで勝手に完結するなーー！ と、全部否定して蹴っ飛ばしてプンスカ起こって引きずり回すのも、またひとつの形なんですよ。
男たちだけの自分たちだけの世界に引きこもってしまいそうなのを、自分の方に無理やりひっぱり込もうとするのも、またアリなんですよね。これは、我の強い少女でなければ出来ないこと。
この幕末の男たちは、自分たちの世界に引きこもってしまえばそのまま周りも巻き込んで自滅の道にひた走ってしまうのは、まさに史実が証明しているところなので、モルガナのこういう形での介入は悪くないと思うんですよねえ。
せめて三助は、そろそろモルガナの方を振り向いてあげてほしいところ。あれだけギャンギャン騒いでるんだから。斎藤一との決闘で、後悔は幾分晴れたでしょうし。自分を見つめ直す時間もそろそろいいんじゃない？
しかしこれ、斎藤一がもう一人の主人公になるのか。このひとも前半生が謎なだけに、どんな過去もでっち上げられるよなあｗ
剣戟の方は、わりと剣理理合いをしっかりと解釈して描いているので、単に刀振り回すだけじゃない論理に基づいた技が描かれていて、これはこれで面白かったです。天然理心流の剣術の詳しい術理とか残ってるんだろうか。示現流もそうだったんだけど、なんか古式の剣術って思っているよりも遥かに技とかロジカルで合理的だったりするからなあ。
斎藤さんの必殺技が、ある意味牙突で、でも一撃必殺の牙突と真逆とも言える技だったのにはニヤニヤしてしまったｗ
斎藤一を描く以上、もう今となってはるろうに剣心の斎藤を意識せずに書くのは不可能に近いだろうし。
扇友太・作品感想
しました
Ａｍａｚｏｎ
Ａｍａｚｏｎ
いや、現役でいろいろ活躍されてる方なんですが何か懐かしく感じてしまって・・・
八岐
が
しました