【崩壊世界の魔法杖職人 1】  黒留ハガネ/かやはら MF文庫J単行本

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大利賢師は器用さだけで生きてきた男だ。それは文明が崩壊しても変わらない。

ある日地球に降り注いだ魔法の隕石群は、地球から全ての電気を奪った。
電気に支えられていた高度な社会はたちまち崩壊。未曾有の大混乱が起きる世界を尻目に、大利は独りのんびりと隕石の一つを削り出し魔法の杖を作り上げた。

――そう、人類は電気を失ったが、代わりに魔法を手に入れたのだ。

そして大利は知らなかった。
電子機器が使えなくなった崩壊世界で、精密機械並の工作ができる自分の器用さが世界を救う力になる事を。

西に人間不信の魔女がいれば、器用さで閉ざされた心を開き。
東に命懸けで世界を救う研究をする可愛いオコジョがいれば、器用さで助けてやり。
ガラクタだって魔法の杖に加工できる。
なぜなら器用だから。

これは、崩壊世界で繰り広げられる魔女や魔法使いの英雄譚――ではない。
コミュ障で奥多摩に引きこもったド器用な青年が魔法杖職人となり、東京の片隅から全世界を揺るがしていく、生涯の記録。


おおおーー、ガチで文明崩壊している。
いや、文明崩壊自体は珍しくはないんですよ。世界大戦とか核戦争とか宇宙人襲来などによって文明レベルが産業革命前まで戻っちゃうとか、そういうのは結構沢山あるんじゃないかな。
ただ、その文明崩壊の要因が戦争じゃなくて、宇宙からの飛来物とはいえ自然現象によるもの。それも隕石とか火山の噴火などの破壊を伴うものじゃなくて……電気が一切使えなくなったがために文明が維持できなくなった、という世界観はこうして見ていると非常に面白い下地でありました。
主人公の大利はこれ対人恐怖症になるのかな。他人とコミュニケーションを取ることが苦手を通り越して恐怖、生理的にムリ!的なものを抱えていて、人と接触しない山奥に籠もって自給自足の生活を続けていたために、外で文明が崩壊してしまったことなどつゆ知らずのまま、インフラが全部止まってしまって困り果てながらも頑なに人里には降りずにずっとサバイバルを続けたために、ようやく街に降りたときにはもう現代社会は消え失せていて、文明は崩壊していたわけです。
その崩壊過程がさっぱり抜けてるんですよね。まあ、ここ描き出すとここだけでシリーズ一つ出来そうな大スペクタクルになってしまうので、うまい手法だなあ、と思いつつこの主人公あまりにも人と付き合い出来ない人間性で、はたして主人公として機能するんだろうか? と極大の不安を抱えることになったのですが。
……あれ? なんか意外と話せるじゃない?
いや、別に思ったよりもコミュ力があるとかじゃなくて、なんか条件クリアするとわりと普通に話せるんだなあ、と。
それに、人間との対話を拒否ってるときもPTSDみたいに完全に心がダメになるって感じじゃなくて、なんだろうゴキブリと対話を要求されているけどムリ!みたいな拒否の仕方で、竜の魔女にさらわれたときに強制的にあれこれさせられてたときも話は出来ていたので、パフォーマンスは下がるかも知れないけれど生理的に拒絶反応が出てるってわけではないのかしら。
青の魔女とも、普通に話せるようになってますしね。それに、本当に他者とコミュニケーションを取りたくないのなら、フェレットの姿だったときの大日向慧とは普通に仲良くしてたのに、人の姿に戻れた途端に拒否ってたのは、単純に人間の姿をした相手と直接話したくない、ってだけに限定されるんじゃなかろうか。
インターネット上では普通にやりとりしていたみたいだし。
それに、やたらと承認欲求はあるんですよね、この男。人間恐怖症ならネット上でも対話自体嫌だろうし、自分の作った杖を認められたい、褒められたい、ちやほやされたい、という俗っぽい感情をふつふつと煮えさせているのを見ると、この大利のコミュOKの基準はどこらへんにあるんだろう、と頭を悩ませてしまいます。
悪いやつじゃないんだけどね、それは間違いない。善い人ってほどでもない、のも間違いない。
ただまあ職人として見るならば、そのこだわりといい変態性といい、いっそ利己的なほど自分の杖と技術に執着しているあたりは、手先の器用さ云々も天才だけれどその精神性こそが、職人として化物なんじゃないだろうか。
だいたい、電気が使えなくなったこの世界で、電気・雷の発生によって生じる生成物質を弄り倒して、魔法の杖を作ってしまうという自体、あまりにすごすぎるでしょう。魔法なんてなんも存在しなかった世界ですよ。何十年何世代も研究や検証を重ねていった結果、実用化にこぎつけていった、とかじゃないです。まだ何年も経たずに文明が崩壊してまともな秩序が戻っていない状態で、ですよ。

まあ大利が山籠りしている間も、崩壊した世界に生き残った人たちはしぶとく生き残って、新たな秩序を形成しつつあったのですけれど。
なんだかんだと、大利みたいな馬鹿げた力を持った魔法杖はなかったとしても、自分たちの中に備わった新たな器官を駆使して、自分たちなりに「魔法」を実用化させていた魔女や魔法使いたちの存在も大概凄いとしか言いようがないんですけどね。
もっとも、個人の力を高めたからといってそれで社会そのものが崩壊してしまった世界で、なんでも出来るってわけじゃないのですけれど。武力暴力だけでは何もなせないし、何も守れない。
曲がりなりにも、新たに得た力を背景にしてこの滅びた世界に秩序をもたらそうと、自分たちの出来る範囲で頑張ってる連中がいる、という事は手放しで素晴らしいですよ。
その力を自分の欲望のためだけに悪用して、取り返しのつかない被害と信用の失墜を引き起こしてしまった輩もいたみたいですけれど。
……いや、大利が山に籠もってる間にも、東京ではどえらいドラマが繰り広げれてたんだなあ、というのが残された人々の姿からもあれこれ伺えてしまうんですよねえ。
そこに新たに現れた大利という存在と、彼のもたらした超戦略兵器だろそれ、ってな魔法杖は劇薬なんてもんじゃないわな、これ。
まあ人間同士でごちゃごちゃ内輪揉めしている余裕がないくらい、文明の崩壊によるダメージは逼迫していて、さらに電気をこの世界から奪い魔法使いや魔女を生み出した因子は、とんでもないモンスター、魔物たちをも生み出していて、その魔物たち相手に戦うことで色々とリソース食われているこの状態ですから、本当に大利のもたらした力は救いの手そのものであり、それが……なんていうんだろう、大利と同じく悪い人じゃないんだけれど視点が高すぎるわけでもない、青の魔女の手に渡ったというのは大利の登場としてはかなりのソフトランディングパターンだったんじゃないだろうか。
噂の吸血さんが生きていたら、さてこれ大揉めになっただろうか。それとも、一気に秩序が戻るきっかけになっただろうか。吸血さん、青の魔女からは嫌われてたみたいだけれど、話聞くだけでも傑物だったみたいだしなあ。
傑物過ぎてどっかで多かれ少なかれ衝突が起こったようにも想像できるけれど。でも、この人が生き残っていたら人間の生きる世界は劇的に文明を取り戻したかも知れない、という可能性も感じるわけで。惜しい人を喪った。
とはいえ、残された人は残された人で頑張らねばならないわけで。そこでもう凡人なのに未来視なんて力を持たされて、それでも自分の出来る限界を超えて頑張ってる未来視の魔法使いのおっさんが、もうなんか頑張り具合が感動すら覚えるんですけど。
この人、ほんとに能力凡庸なんですよ。自分でも痛感しているんだけれど、指導者としても実務者としても能力が全然足りてない。でも、多分この中では一番うまくやれるのが彼なんですよね。足りなさを痛感しながらも、必死で足掻いて足掻いて、生き残った人たちがこのさきも生き残れるように、日本人が、人間がこの先も生きていけるように、社会基盤を作ろうと必死に足掻いているわけですけれど、それでもうまく出来ないことの方が多くて、それを無神経に周りからやいやい言われて、傷つくんですよ。普通に、出来る人と比べられて、頑張ってるのにその頑張りをけなされて、傷つくんですよ。なんでそんな事言われなきゃいけないんだ、ってそりゃ思いますよね。頑張ってるのに。無理して頑張ってるのに。ちゃんとこのひと、限界超えて結果も出してますよ。それなのに、無神経な声は決して途切れない。そんなの言うやつは一部だけだ、というのは事実かもしれないけれど、一部だろうと言われたら痛いんですよねえ、心が。
まあそんな傷んだ心を慰めてくれるのも、また周りの人たちの真摯な声であり、熱量なんですが。
いやー、未来視のおっさん、一発でファンになってしまいましたよ。人間的には一番出来てる人なんじゃないだろうか。絶対、ストレスで早死しそうだけど。絶対、隠居とかさせてもらえそうにないし。
吸血さんが死んだ今、この人が東京近郊に生き残ってる人たちの生命線だろうし。

まあほんとにこの世界観と、この滅びた世界でバタバタ足掻いている人たちの姿が本当に面白い作品でした。まだ文明が崩壊して間もない、便利で平和だった世界の記憶が色濃く、それが失われていく過程で味わった絶望もまた色濃く残り、しかしそんな世界でもなんとか生きていく覚悟をガンギマリに決めて、ようやっとめどが立ちそう、という未来と希望も併せ持った。
この文明崩壊後何百年とか過ぎたわけじゃない、生々しいくらい何もかもがカオス状態で今もなお転がり続けているバックグラウンド。
これは読んでてもそそります。面白い!

しかし青の魔女さん、大利に変な情が芽生えつつあるみたいだけれど、そいつ絶対に暖簾に腕押しになりそうに見えるんだが、大丈夫か? 趣味が悪いにも程があるぞ?