【貧乏家族の長男はやがて『魔王』に成り上がる】  城野 白/福きつね 電撃文庫

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家族を養う兄による、異常な才能の無双譚!

身長140センチほどの亜人種モブマン。一対一なら余裕で倒せる。心臓は1つ400円、1日に20匹倒せばバイトよりは稼げる。
親はいない。親戚もいない。中学を卒業したばかりの一色樹は弟妹を養うため、命を懸けてお金を稼ぐ冒険者になることに――。
「あの子まだ15歳でしょう!? 今すぐ救援を出しましょう!」
「落ち着け、あいつは大丈夫だ」
マナを手足のように扱い魔法を創造する、異常な才能。普段の生活では活かされないそれで、一色は世界の常識を蹂躙していき――!?
無双するほど、お金を稼いで家族の生活もグレードアップ! 長男による最強の魔法無双譚開幕!
書き下ろしシーンも多数収録!



最初、これタイトルを見て将来的に主人公が魔王になる、という事を悪堕ちしちゃうんだ、と勘違いしてたんですよね。
昨今、主人公がダークサイドに堕ちてしまう作品は珍しくはないし、何なら初っ端から倫理よりも自身の欲望や野望を優先するような人格に堕ちてしまうような展開からスタートするものもありますからね。
本作もそっち寄りの主人公が悪の側になっていく作品なのかな、と思いながら読み始めたら……主人公の一色樹くんは両親を失って大家族というべき自分以外の5人の兄弟を養うために、高校にも通わず命がけで現代社会に根ざしているダンジョン、という鉱山の潜る、という凄まじいまでの家族への献身に勤しむ子だったのですよ。
しかも、これだけ苦労しているにも関わらず、性格もねじ曲がらず密かに兄弟たちに対してネガティブな感情が芽生え始めている、なんてこともなく、めっちゃ素直でひたむきで頑張り屋で努力家で……。
良い子だったんですよ。
報われないまま、尽くして尽くして、そんな境遇で誰も恨まず憎まず、他人を思いやれる子だったわけですよ。
慄然としましたね。
……この子、悪堕ちして魔王になっちゃうの!?
いや、こんな良い子が。性格素直で健気で人に対して優しい子が、悪堕ちしちゃうってどんな目に遭うんだよ、と。
これはもう、社会そのものが、関わってくる大人連中がみんな悪意をもってつけ込んできて、この少年の心を傷つけて傷つけて踏み躙っていってしまうのか、とビクビクしながら見ていたら。
受付のお姉さんは、まだ幼いといっていいくらいの中卒の男の子がダンジョンに潜るというところで、ほんと親身になって心配してくれるし。ギルドの職員たちもひたむきに頑張る樹くんに心配ってくれて、親切だったし。他の冒険者たちも、大人げない嫌がらせをしてくるような輩もいたんだけれど、ちゃんとそれを掣肘して少年が社会や大人なんてろくでもない、と思うような状況にならないようにフォローしてくれるし、何ならちゃんと実力を認めて背中を押してくれる。その上で相手が子供であるという事も忘れていなくて、彼の境遇も鑑みて色々と助けてもくれるわけだ。
最初、ルーキーながら躍進していく樹くんの事を偏見の目で見たり、ギルドのアイドルと仲良くしている彼を嫉妬して変な絡み方しようとしてきたり、その一番星のような才能に歪んだ感情を抱いていたり、と決して順風満帆の環境ではなかったはずなんだけれど、そういう人達も樹くんの人徳もあるんだろうけれど心に負の感情を滾らせてもそれに盲従しない、ちゃんと自分の目で見て話を聞いて樹くんという子の人となりを判断できる、立派な大人達だったんですよね。
樹くん、冒険者としての才能を持っていたことも奇跡なんだろうけれど、その冒険者人生の最初の最初でほんといい大人たちと出会えたことこそ運命だったんじゃないだろうか。
両親をなくしたことをはじめとして、悲惨といって過言ではない今までの人生だったかもしれないけれど、それを取り戻して余りある幸運だったように思う。

という風に、才能に恵まれ、人に恵まれ、自分の性格にも恵まれ、とこんな良い子がいい人たちに助けられて、しっかりと冒険者としての道を歩み始めていた樹くんが……こんな状況から悪堕ちするって、ほんとどんな悲惨で残酷でむごたらしくえげつない展開が待ってるんだ!? と、もう半ば泣きそうになりながら戦々恐々ドキドキしながら読んで行ってたのですが……。
ま、魔王って単なる称号だったのか。魔法使いの頂点みたいな意味合いだったのか。別に、悪堕ち確定してるわけじゃなかったのね。
……ホッとしたぁぁ。いやあ、拍子抜けとかじゃなくて、本当に安心した。マジで良かった、勘違いで良かった。
そう思えるほどに、この樹くんの素直で心地よい人柄に惚れ込んでたんですよね。いやあ、マジで良い子なんで、ちゃんと幸せになってほしかったのよ。
結構、この冒険者生活で稼ぐ金額というのが生々しい金額で、6人もの家族で…しかも育ち盛りの子供たち、学校に通って未来将来への投資をしていかないといけない年代の弟妹たちですから、ほんと普通のサラリーマンの給料でも苦しいくらい出費があるわけですよ。
それを、両親が遺した僅かな財産でまかないつつ、家賃も払えなくなり、食費もままならなくなってきていて、という境遇でこの子がどれだけ追い詰められていたのか。それが、ダンジョンに潜ってモンスターを倒して、それを解体して得る素材、それを売って手にする何万円という金銭。
それを使って家に持って帰る、ささやかな豪勢な食材……この切実さと、得られる成果によって家族に広がっていく安堵。同時に年長の兄弟たちが長兄が危ない橋をわたっている事に気づきながら何も出来ない不安や悔しさ、こういう描写がほんと身につまされて……主人公の樹の戦う理由、頑張る理由としてもう身にしみるくらい伝わってくるわけですよ。

そんな彼が頑張って頑張って、報われていく。こんな素晴らしいことはないじゃないですか。
それでいて、自分のことばかりじゃなく、深く関わることに鳴ったダンジョンに縛られ過去と後悔に囚われている人達のために奔走したように、彼の献身って家族だけじゃなく、それを向けるべきと思った相手に注ぐことをためらわない。
最初、樹のことを聞いてかなり不穏な考えに囚われていた霧島さんが、一緒に行動するようになってもうすぐに絆されてしまって、なにくれとなく世話を焼き保護者みたいになってしまったのも、無理からぬことだと思うんですよ。この子はもう、なんかしてあげたくなるんですよねえ。
それでいて、子供だろうとルーキーだろうと、一廉の冒険者として、自立した家族を養う家長として、尊重するだけの確固としたものがある。マンスリーの人達がこの子に重要な仕事を任せたのも、それだけの信頼を預けるに足る相手だと認めてくれたからでしょうし、霧島さんが彼に命がけの仕事を依頼したのも、白石さんが戦線に復帰する決断をしたのも、樹くんの才能を信頼したんじゃなく、それを使う彼の人柄、責任感、人間性にこそ信頼を寄せたからこそ、だと思うんですよねえ。

印象的だったのが、霧島さんと白石さん、お姉さん二人組がそのまま樹のパーティーメンバーになるのではなく、このクライマックスの戦いを最後にそれぞれ一線を退いて、樹くんの飛躍を見送る側に回った、という所であります。
それぞれ、過去にダンジョンに遺してきてしまった後悔、呪いから解放されたから、という大元の理由もあるのでしょうけれど、この樹くんを更なる高みのステージに押し上げ羽ばたかせる役割を結構自覚的に担っている部分が感じられたんですよね。
最初に組んだパーティーメンバーとは、その時限りでお別れ、という展開の場合、なんというかどこか主人公が飛躍していく一方でその離れたメンバーは置き去りにしていく、というイメージが残るものなんですけれど、本作だと霧島さんと白石さんが送り出してくれた事によって樹くんがどこまでも先へ先へと羽ばたいていける、その祝福の担い手になってくれたと同時に、帰る場所になってくれた感もあって、樹くんが今後どこまで行こうとも孤独にならない、独りにならない、だからこそどこまでも行けそうな果てしなさを感じられる、そんなラストシーンが強く心に焼き付いたのでした。
なんかもう、良かったなあ。