
【オルクセン王国史〜野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか〜 7】 樽見京一郎/THORES柴本 サーガフォレスト
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ディアネン市包囲網を破ろうと奮闘していたエルフィンド軍騎兵集団は、兵站の不備と練度不足で自壊していく。迎え撃つオルクセン軍は近代的な野戦戦術と砲兵運用に加え、虎の子の大鷲空中団を投入し空爆まで駆使して勝利を目指す。いよいよ戦局は佳境へ。刮目必死のシリーズ第7弾!
先の第六巻のサブタイトルが「決戦」だった事からもわかるように、既にもうこの七巻の段階では大勢は決していました。
まあ、前巻の決戦ですらも戦争の行方がもうわかってしまった後の最後の足掻きみたいなものだったんですけれどね。
それでも、エルフィンド王国の抵抗はオルクセン王国軍が戦前より緻密に構築していた兵站計画をボロボロにしていた、という衝撃的な現実が繰り広げられているのを目の当たりにしながらの決戦だったわけです。
でも兵站計画が破綻寸前になり、ボロボロの状態になってなお、そこからの粘り腰というべき破綻しきらない組織、システムとしてのスタミナ、頑強さは……何の準備もして来ず旧態然とした機構のまま近代戦争の濁流に飲み込まれたエルフィンド王国とは比べ物にならず……。
最後の最後に決壊するように総てが崩壊してしまったのは、やはりエルフィンド王国の方だった、というのがよくわかる最後の希望を託した解囲作戦……オルクセン軍の包囲下に取り残された女王陛下以下政府首脳を脱出させるための攻撃は、猛撃虚しく跳ね返され、ここを最後にエルフィンド王国の大規模な攻撃は行なうことがもう不可能になってしまうのでありました。
満を持して、グスタフ陛下は降伏勧告をエルフィンド側に突きつけるのですが……。
粛々と何事もなく終わる戦争なんて、早々無いんだよなあ。
今回の七巻…第七部のタイトルは「戦争の終わらせ方」。
戦争は始めるよりも終わらせるほうがはるかに難しい、というのはそれこそ古代ローマからあるような格言なんだけれど、グスタフ陛下は特にこの「終わらせ方」について深く吟味し検討、研究していたようなんですよね。どうやって始めるか、戦争に備えるか。よりも、どうやって終わらせるか、終わらせた後をどうするのか、どのように敗戦国に相対していくのか、の方を重要視していたんだろうと思えるくらい。
ここに、単なる国家の利益追求や感情的な復仇、野心や欲望に引きずられて始めた戦争ではないが故の、戦争の勝利が必要な通過点に過ぎない、という観点が見受けられるんですよね。
それも、近視眼的な必要性じゃなく、魔種族全体の未来を守るために必要だと見極めた上での、国家百年の計。だからこそ、エルフィンドとの戦争をどう終わらせるか、というのは本当に真剣に、深刻なまでに必死の思いで考え抜かれている。
勝った勝った、と喜んでいられるような心境では、グスタフ陛下はこれ、居られないでしょうね。それこそ、ここからこそが本番だ、というのが彼の絞め殺されるような思いなんじゃなかろうか。
一方で、当事者であるエルフィンド王国側は大人しく負けました、と頭を垂れることが出来るか否か、というと、その立ち位置立場によってその姿勢は大きく変わってくるわけです。
「エルフの国のいちばん長い日」
これは著名な「日本のいちばん長い日」がモチーフなんでしょうね。終わらせ方、というのはある意味、負けている側の方がどうやったって難しい。勝っている側でも意思統一が出来ていなかったり民意が暴走したり、と迷走する事はあるのだろうけれど、その割合は負けている側の方がはるかに大きくなるだろう。
エルフィンド王国では、現実にオルクセン軍の凄まじいまでの近代軍の猛威にさらされている軍そのものよりも、後方でふんぞり返っている政府首班の方がこの現実についていけていなかった。特に今の政府首班は旧弊を良しとし、旧態然としたままである事を誉れのように鼻高くしていたような連中でしたからね。ダークエルフの民族浄化政策も、この政府が主体となって進めていたようですし、国家というよりも民族的宗教観に支配され、氏族間によるパワーバランスで運営されていたような、本当に古い体制の国、だったわけで。このあたり、まだ軍の方が他国の情報を取り入れている事で情報や感性の鎖国からはマシな状態だったんだろうなあ。国政を担う者たちが、みんな内側しか向いていなかったことが、今の国家機能不全の根本のあったかと思われる。
国民みなが尊崇しているはずの女王陛下ですら、民族的思想が女王より上で、民族を指図する自分たちの意図で掛けかえることのできる看板くらいにしか思っていなかったみたいですし。
この期に及んでなお、降伏勧告を無視してなんとかなると信じているのか、なんとかなれーと投げやりになっているのか。いずれにしても現実的な対応を取ることをしない政府に対して、陸軍大臣やクーランデア元帥らが危機感に急き立てられた結果、行われたのが政府によって隔離されていた女王陛下と直接接触しての勅許をいただき、クーデターを起こすこと。
戦争を続けるためのクーデターではなく、終わらせるための挙でありました。
これ、ちゃんと女王陛下の命令という形を取っているので、謀反ではないんですよね。政権交代劇、にあたるんだろうか。
ただ、エルフィンド側がこうして終戦に向けてゴタゴタを続けている間にも、返答しないエルフィンドに対してオルクセン側は粛々とエルフを平伏させるための手を打っていく。それは、既に戦争に掌理しつつある側の酷薄なのだろう。グスタフ陛下としては、苦渋に苦渋を重ねた罪とすら自らに刻む行いなのかもしれないが、必要と割り切った行いでもあったんでしょう。
まさにタイトルにある、エルフの国を焼き払う所業である。それも、未だ戦地になっていない、北部地域の都市に対する、未だ平和を甘受している地域に対して、お前たちは戦争下にあるのだと知らしめ、その心に刻むための、都市攻撃。
勲章を与えることになった戦死者の名簿を見つめる陛下の、その姿が心を軋ませる。そこで、陛下、戦死者の名前の列にタウベルト君の名前を心に刻んでいるんですよね。あの戦前の大演習で、事故により行方不明になり、軍が演習を中止してまで総出で捜索し、救出に成功した大切な命。それが、この戦争では一人の戦死者としてカウントされてしまっている、その事実に対して国王陛下が内心で噛み殺している言葉がまた、辛い。
終戦に向けての施策において、そこまでやるのか、というものほど、グスタフ陛下は自らの責任において命じる、というのを強調してるんですよね。他の誰でもない、これは自分の責任だ、と。
一つの国を滅ぼす、という行いに対する背負い難いものを、歯を食いしばって背負いきろうとしているような覚悟と悲壮感が、むしろ終わりが確実となった時から余計にグスタフ陛下から醸し出されてるんですよね。
そして、クーデター政権による無条件降伏勧告の受諾によって、この戦争は終結しました。普通の戦記ものだと、終わった終わったと戦争が終わったあとの様子を見せた後に数年後とかに時間が飛んだり、そのまま物語として終わったり、という流れになることも多いのですけれど。
本作って、むしろここからが本番なんですよね。一つの国家がどのように占領され、どのように統治され、どのように解体されていくのか。併合という形がどのように進んでいくのか、というのを様々な手続きや施政によって行われていく様子がつぶさに、克明に描かれていく。
既に、この巻でも勧告受諾から占領軍への統治の移行に関する話が、その最終盤に溢れんばかりに注ぎ込まれだしている。
オルクセン軍ご自慢の兵站機構が形を変えて、占領統治機構へと再編されていく様子は、マクロス並の巨大戦艦がロボットに変形していくような圧巻のスケール感すら感じるんですよね。
次からは、戦後を語る物語。でも、それは後日談なんかじゃありません。
いやあ、まじでWeb版読んでた時凄まじい衝撃だったんですけど、この作品、ここからが本番だったんですよ。
実際、本編はあと少し、一巻分くらい?なんだけれど、その後がめっちゃ長いんですよねえ。こっちも書籍化してくれるんだろうか。やってほしいなあ。
まあ、前巻の決戦ですらも戦争の行方がもうわかってしまった後の最後の足掻きみたいなものだったんですけれどね。
それでも、エルフィンド王国の抵抗はオルクセン王国軍が戦前より緻密に構築していた兵站計画をボロボロにしていた、という衝撃的な現実が繰り広げられているのを目の当たりにしながらの決戦だったわけです。
でも兵站計画が破綻寸前になり、ボロボロの状態になってなお、そこからの粘り腰というべき破綻しきらない組織、システムとしてのスタミナ、頑強さは……何の準備もして来ず旧態然とした機構のまま近代戦争の濁流に飲み込まれたエルフィンド王国とは比べ物にならず……。
最後の最後に決壊するように総てが崩壊してしまったのは、やはりエルフィンド王国の方だった、というのがよくわかる最後の希望を託した解囲作戦……オルクセン軍の包囲下に取り残された女王陛下以下政府首脳を脱出させるための攻撃は、猛撃虚しく跳ね返され、ここを最後にエルフィンド王国の大規模な攻撃は行なうことがもう不可能になってしまうのでありました。
満を持して、グスタフ陛下は降伏勧告をエルフィンド側に突きつけるのですが……。
粛々と何事もなく終わる戦争なんて、早々無いんだよなあ。
今回の七巻…第七部のタイトルは「戦争の終わらせ方」。
戦争は始めるよりも終わらせるほうがはるかに難しい、というのはそれこそ古代ローマからあるような格言なんだけれど、グスタフ陛下は特にこの「終わらせ方」について深く吟味し検討、研究していたようなんですよね。どうやって始めるか、戦争に備えるか。よりも、どうやって終わらせるか、終わらせた後をどうするのか、どのように敗戦国に相対していくのか、の方を重要視していたんだろうと思えるくらい。
ここに、単なる国家の利益追求や感情的な復仇、野心や欲望に引きずられて始めた戦争ではないが故の、戦争の勝利が必要な通過点に過ぎない、という観点が見受けられるんですよね。
それも、近視眼的な必要性じゃなく、魔種族全体の未来を守るために必要だと見極めた上での、国家百年の計。だからこそ、エルフィンドとの戦争をどう終わらせるか、というのは本当に真剣に、深刻なまでに必死の思いで考え抜かれている。
勝った勝った、と喜んでいられるような心境では、グスタフ陛下はこれ、居られないでしょうね。それこそ、ここからこそが本番だ、というのが彼の絞め殺されるような思いなんじゃなかろうか。
一方で、当事者であるエルフィンド王国側は大人しく負けました、と頭を垂れることが出来るか否か、というと、その立ち位置立場によってその姿勢は大きく変わってくるわけです。
「エルフの国のいちばん長い日」
これは著名な「日本のいちばん長い日」がモチーフなんでしょうね。終わらせ方、というのはある意味、負けている側の方がどうやったって難しい。勝っている側でも意思統一が出来ていなかったり民意が暴走したり、と迷走する事はあるのだろうけれど、その割合は負けている側の方がはるかに大きくなるだろう。
エルフィンド王国では、現実にオルクセン軍の凄まじいまでの近代軍の猛威にさらされている軍そのものよりも、後方でふんぞり返っている政府首班の方がこの現実についていけていなかった。特に今の政府首班は旧弊を良しとし、旧態然としたままである事を誉れのように鼻高くしていたような連中でしたからね。ダークエルフの民族浄化政策も、この政府が主体となって進めていたようですし、国家というよりも民族的宗教観に支配され、氏族間によるパワーバランスで運営されていたような、本当に古い体制の国、だったわけで。このあたり、まだ軍の方が他国の情報を取り入れている事で情報や感性の鎖国からはマシな状態だったんだろうなあ。国政を担う者たちが、みんな内側しか向いていなかったことが、今の国家機能不全の根本のあったかと思われる。
国民みなが尊崇しているはずの女王陛下ですら、民族的思想が女王より上で、民族を指図する自分たちの意図で掛けかえることのできる看板くらいにしか思っていなかったみたいですし。
この期に及んでなお、降伏勧告を無視してなんとかなると信じているのか、なんとかなれーと投げやりになっているのか。いずれにしても現実的な対応を取ることをしない政府に対して、陸軍大臣やクーランデア元帥らが危機感に急き立てられた結果、行われたのが政府によって隔離されていた女王陛下と直接接触しての勅許をいただき、クーデターを起こすこと。
戦争を続けるためのクーデターではなく、終わらせるための挙でありました。
これ、ちゃんと女王陛下の命令という形を取っているので、謀反ではないんですよね。政権交代劇、にあたるんだろうか。
ただ、エルフィンド側がこうして終戦に向けてゴタゴタを続けている間にも、返答しないエルフィンドに対してオルクセン側は粛々とエルフを平伏させるための手を打っていく。それは、既に戦争に掌理しつつある側の酷薄なのだろう。グスタフ陛下としては、苦渋に苦渋を重ねた罪とすら自らに刻む行いなのかもしれないが、必要と割り切った行いでもあったんでしょう。
まさにタイトルにある、エルフの国を焼き払う所業である。それも、未だ戦地になっていない、北部地域の都市に対する、未だ平和を甘受している地域に対して、お前たちは戦争下にあるのだと知らしめ、その心に刻むための、都市攻撃。
勲章を与えることになった戦死者の名簿を見つめる陛下の、その姿が心を軋ませる。そこで、陛下、戦死者の名前の列にタウベルト君の名前を心に刻んでいるんですよね。あの戦前の大演習で、事故により行方不明になり、軍が演習を中止してまで総出で捜索し、救出に成功した大切な命。それが、この戦争では一人の戦死者としてカウントされてしまっている、その事実に対して国王陛下が内心で噛み殺している言葉がまた、辛い。
私と、オルクセンの「糧」となってしまった者たち。
終戦に向けての施策において、そこまでやるのか、というものほど、グスタフ陛下は自らの責任において命じる、というのを強調してるんですよね。他の誰でもない、これは自分の責任だ、と。
一つの国を滅ぼす、という行いに対する背負い難いものを、歯を食いしばって背負いきろうとしているような覚悟と悲壮感が、むしろ終わりが確実となった時から余計にグスタフ陛下から醸し出されてるんですよね。
そして、クーデター政権による無条件降伏勧告の受諾によって、この戦争は終結しました。普通の戦記ものだと、終わった終わったと戦争が終わったあとの様子を見せた後に数年後とかに時間が飛んだり、そのまま物語として終わったり、という流れになることも多いのですけれど。
本作って、むしろここからが本番なんですよね。一つの国家がどのように占領され、どのように統治され、どのように解体されていくのか。併合という形がどのように進んでいくのか、というのを様々な手続きや施政によって行われていく様子がつぶさに、克明に描かれていく。
既に、この巻でも勧告受諾から占領軍への統治の移行に関する話が、その最終盤に溢れんばかりに注ぎ込まれだしている。
オルクセン軍ご自慢の兵站機構が形を変えて、占領統治機構へと再編されていく様子は、マクロス並の巨大戦艦がロボットに変形していくような圧巻のスケール感すら感じるんですよね。
次からは、戦後を語る物語。でも、それは後日談なんかじゃありません。
いやあ、まじでWeb版読んでた時凄まじい衝撃だったんですけど、この作品、ここからが本番だったんですよ。
実際、本編はあと少し、一巻分くらい?なんだけれど、その後がめっちゃ長いんですよねえ。こっちも書籍化してくれるんだろうか。やってほしいなあ。



































































































































































































































































































































































































































































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