
【並行世界の自分が好みの美少女で癖も同じだったので恋してしまった】 八薙 玉造 /冬野 ユウキ ダッシュエックス文庫
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バッドエンド好きというずれた感性を持つ朝陽が映画館で出会ったのは、同じくバッドエンド好きで見た目も好みの美少女、月乃だった。すぐ仲良くなった二人は、別れを惜しみつつそれぞれの帰路に就く……が、共に帰り着いたのは朝陽の家で、月乃は同居している女の子ということになっていた。そんな事実は今朝までなく、月乃も知らない様子で!?
検証の結果、月乃はこの世界に迷い込んだ朝陽の同一存在であると結論するしかなくなってしまう。
月乃がもとの世界に戻ることに協力する朝陽だが、あまりに好みな彼女を意識しないわけがなく、それは月乃も同じで……。
近すぎる存在の二人が織りなすラブコメディ!
……好き。
いやあ、なんかドストライクでしたわ。この二人の距離感なんかな、ビビッと来たのは。これがクリティカルでありました。
自分と同一の存在に恋をするって、それってナルシスト?と瞬発的に思ってしまう所もありますけれど、そういうのとは全然違いましたね。自分と一緒の存在だから恋をした、というのとは少し違う。でも、自分と似て非なる存在だから恋をした、というのもまた少し違う気がする。
自分と同じ存在との恋って、やっぱり距離感が独特なんですよ。
生まれてこの方一緒に過ごしてきた、という幼馴染同士の以心伝心とも違う。
さりとて、同じ遺伝子のもとに生まれ育った兄妹ともまた違う。
一番近似なのは、双子の兄妹、というところか。それでも、通常男女の双子は二卵性である事がよほど特殊な事例を除けば無いみたいだし、一卵性だとてそれぞれ別の人間である事は間違いない。
並行世界の同一人物って、その歩んできた人生や経験なんかもほぼ同一、と考えるべきだろう。人間関係や人格が形成されていく環境なんかも。そういう意味では、クローンですら及びのつかない同一性が保持されている、と言って良い。
その上で、男女という性別差が同じ環境で育つ中でも差異を生み出していく。完全に同一でありながら、しかし男女という性自認とそれに基づいた人生経験の差異が、彼ら…朝陽と月乃にこいつは自分だ、という感覚と、それでも自分とは違う別の人間だ、という二つの感覚を並存させるに至っているようなのだ。
いずれにしても、それが初対面でありながら以心伝心。お互いに人生全額ベットしてハマっている趣味志向が一致してしまったが故の、同好の士同士の没入感が、完全に初っ端からお互いを沼入りさせてるんですよね。
この朝陽と月乃の嗜好であるバッドエンド厨というマイノリティな方向性。ただ、バッドエンドの物語を愛して、その結末へと至る小説映画漫画などの作品から存分に入力しているのみならず。
彼らって、小説も書くんですよね。彼らはその迸るバッドエンド愛を創作という形で出力するにまで至っている。もはや自分の中に押し留めていられないほどの好きってやつだ。それはもう業ですぜ。
それは同時に、彼らが自分の好きを思う存分語り合える、肯定しあいリスペクトしあい、理解の向こう側の共感に至るまで、自分の好きの根源であるバッドエンドについて、誰とも語り合えなかった、という孤独……というと強すぎる言葉になるけれど、寂寥めいたものを抱いていた事が自分で小説を書くという出力をせずにはいられなかった要因でもあったんじゃなかろうか。
そんな二人である。そんな二人が出会ったのである。これほどまでに凹凸なくピッタリとハマりあえる相手がいるだろうか。少なくとも同じ世界にはいなかったのだ、彼らは。
もし朝陽と月乃にこの同類、同好の士がなかなか存在しない趣味を持っていなかったら。彼らの物語は、この同一人物という異性に対してどう接するべきか、という距離感の問題を物語の大半で費やすものになっていたんじゃなかろうか。
初っ端から、まず同じ沼の住人だこいつはぁ! という認識で塗り潰されてから、並行世界の同一人物という事実へと到達していったものだから、まず同志という認識があって、そこに自分そのものだから絶対的にその趣味嗜好を信頼できる、というベクトルに流れたんだろうなあ。
そこに自分自身とどう接したらいいのか、という戸惑いや恐れが発生する余地が皆無になるまで埋め尽くされてしまっているw
この並行世界、或いは別の時間軸だったりクローンだったり、でもいいんだけれど、別の世界の自分自身と向き合うことになる作品というのは、わりとたくさんあると思うんですよ。
ただ、その場合大体のパターンとして敵対関係になることが目立つんですよね。それは同族嫌悪か、或いは片側が裏事情を詳しく知っているかして意味深な黒幕ムーブかましてたり、反発や取得情報の偏りが生じてしまっている。
一緒に行動するケースでも、同一人物でも大きく異なる人生を歩んできたために、似てるんだけれど行動原理や価値観が異なっていることが浮き彫りになって、そこからまた同じ人間だというところを見つけていく、みたいな話が、多いと思うんですよね。
最初からこんなに意気投合して、お互いウキウキしながら以心伝心している関係って、なかなか無いですよねえ。
同一存在である自分と恋をする話って、なんかあっただろうか。漫画で見たような気もするのだけれど。小説ではちょっと記憶には残っていない。
だからか、読んでみてこの同一人物ながら異なる性別同士が出会って、意気投合し、好きになってしまうというラブストーリー、この距離感はかなり新鮮で、想像していたより遥かにドハマリしてしまった。
お互いを理解している深度がやばいくらい深い関係って、なんか好きなんですよー。
でも同時に、同じ存在だからといって二つに別れて生きている以上、そしてどれだけ似通っていても異なる並列の世界で生きてきた以上、そして男と女である以上、それは別の人間で、別の意識を持つ個体同士である以上、クラウドを共通化しているように思考も記憶も何もかも共有しているわけじゃない。
すべてを理解しきっているわけじゃない。
違うからこそ、恋は生まれる。すべて一緒だから好きになる、というのは単なるナルシズムだ。本作の朝陽と月乃の関係にはナルシズム、自己愛的なものは欠片も見当たらないんですよね。
……いや待て、相手の見た目が好みだった、というのは若干ナルシズム入ってる気がしないでもなくなってきたぞw
まあ、うん、それは置いておいてだ。
この二人は、相手のことを自分と一緒だから好きになったんじゃない。朝陽だから、月乃だから、好きになってしまった、という段階へと至るお話をちゃんとやってくれているのが、実にラブい。
その上で、読んでいる間全然意識の俎上に乗せてこなかった朝陽と月乃の本当の差異。これを、物語の大事な所でガツンとぶん殴るように持ってくるの。二人のバッドエンド厨な所も相まって、いやあタイミングといいこれもドストライクなんだよなあ。
意外とさらっと明かされた上で、じわじわとこれまでの月乃の言動の表裏が見えてくる。あの時、彼女がどう感じていたのか。どんなふうなことを思いながら、笑っていたのか。みたいな、想像がめくるめくわけですよ。そして、それは朝陽の方がずっと強烈な衝撃とともに浸透してきているわけです。
そして、二人がこよなくバッドエンドを愛しているからこそ。そして、月乃が置かれている環境とそこで月乃が沈みかけていた状況を思うと、この作品、この二人の恋愛、この物語そのものもまた、二人の愛するバッドエンドの結末へと向かっているのだろうか、という不安のような運命のようなものが、読んでる側の根底のところでじわじわと圧をずっと掛けてきてるんですよね。
このプレッシャーが二人の恋の行方に対して、さらなる没頭感を増しましてくるんですよ。二人の結末がどうなるのか?という知りたい気持ち、たどり着きたい気持ちがどんどんと深まっていく。と、同時に恐れおののきつつもあるわけです。色んな意味でドキドキ感が加速していく。
めちゃくちゃキュンキュンしながら、同時にハラハラしっぱなしで、もう心が揺れる揺れる。甘酸っぱさにも不安感にも、上下左右に揺さぶられっぱなしで、いやあたまんないっすね。
面白かった。
脇を固める同じ文芸部の部長花残月七葉と、朝陽&月乃の親友ポディションだった氷川純。この二人がまたサブキャラとしては強烈極まるキャラクターをしていて、印象に残るどころか焼印押されるかのような焼付き方でした。特に氷川がもうなんかすげえな、どういう生態してるんだ? チャラいマイルドヤンキーみたいな見た目は兎も角、わりと言葉遣いとかパーソナルスペースの詰め方とかオラついてるレベルなのに、なんでそんな行き届いた丁寧な性格してるの!? めっちゃいい奴すぎるくらい気持ちの良いフレンドリーで配慮にも長けた男。オラついた言動で細やかな配慮や相手の気持ちをおもんばかったセリフを吐かれると、なんかバグるんだけど!?
いやでもほんと面白いやつだし、気の良い奴だし、すげえ友だち甲斐のある男だし、文芸部の一員としても非常に真面目な活動に勤しんでいる男で……こういうキャラがいると物語が映えますわ。
部長の方も、文芸少女風の見た目をしていながら、めちゃくちゃイイ性格してますよね、この人。ちょっと我道を行きすぎじゃないですか? 人生楽しそうだなあ、というのは伝わってくる。
趣味は趣味、リアルはリアル。いくらその嗜好を愛していたって、それはあくまでフィクションとして楽しむものだという現実と創作の区別がついているか、というのは生きるうえで重要だろう。
健全たれ、若者たちよ。
実際問題、月乃はそのあたりバランスを崩しかけていたのかもしれない。バッドエンドに呑まれはじめていたのかもしれない。でも、彼女は映画館で自分と同じように、いやバッドに魅入られてしまった自分よりも純粋に、ただあるべきバッドエンドを堪能している同好の士と出会って、それが同一存在であるもう一人の自分とわかったとき。
それは彼女にとって、どういう心地だったんでしょうね。
いずれにしても、彼女は自らの不幸を思い出すことなく、純粋にバッドエンドを楽しむことがもう一度出来るようになった。自分の中だけで楽しさを消化していくのではなく、誰かとそのバッドの真髄を語り合える経験を得た。
取り戻したとも言えるし、それ以上のものを得たとも言える。それはハッピー以外のなにものでもなく。
それはそのままなら、強いていうならメリーバッドエンド足り得ただろう。
でもそうはならなかった。そうじゃなかった。
現実にバッドエンドは必要ない。メリーバッドもできればお断り。やっぱりハッピーエンドで在って欲しい。
良き良き恋のお話でした。
いやあ、なんかドストライクでしたわ。この二人の距離感なんかな、ビビッと来たのは。これがクリティカルでありました。
自分と同一の存在に恋をするって、それってナルシスト?と瞬発的に思ってしまう所もありますけれど、そういうのとは全然違いましたね。自分と一緒の存在だから恋をした、というのとは少し違う。でも、自分と似て非なる存在だから恋をした、というのもまた少し違う気がする。
自分と同じ存在との恋って、やっぱり距離感が独特なんですよ。
生まれてこの方一緒に過ごしてきた、という幼馴染同士の以心伝心とも違う。
さりとて、同じ遺伝子のもとに生まれ育った兄妹ともまた違う。
一番近似なのは、双子の兄妹、というところか。それでも、通常男女の双子は二卵性である事がよほど特殊な事例を除けば無いみたいだし、一卵性だとてそれぞれ別の人間である事は間違いない。
並行世界の同一人物って、その歩んできた人生や経験なんかもほぼ同一、と考えるべきだろう。人間関係や人格が形成されていく環境なんかも。そういう意味では、クローンですら及びのつかない同一性が保持されている、と言って良い。
その上で、男女という性別差が同じ環境で育つ中でも差異を生み出していく。完全に同一でありながら、しかし男女という性自認とそれに基づいた人生経験の差異が、彼ら…朝陽と月乃にこいつは自分だ、という感覚と、それでも自分とは違う別の人間だ、という二つの感覚を並存させるに至っているようなのだ。
いずれにしても、それが初対面でありながら以心伝心。お互いに人生全額ベットしてハマっている趣味志向が一致してしまったが故の、同好の士同士の没入感が、完全に初っ端からお互いを沼入りさせてるんですよね。
この朝陽と月乃の嗜好であるバッドエンド厨というマイノリティな方向性。ただ、バッドエンドの物語を愛して、その結末へと至る小説映画漫画などの作品から存分に入力しているのみならず。
彼らって、小説も書くんですよね。彼らはその迸るバッドエンド愛を創作という形で出力するにまで至っている。もはや自分の中に押し留めていられないほどの好きってやつだ。それはもう業ですぜ。
それは同時に、彼らが自分の好きを思う存分語り合える、肯定しあいリスペクトしあい、理解の向こう側の共感に至るまで、自分の好きの根源であるバッドエンドについて、誰とも語り合えなかった、という孤独……というと強すぎる言葉になるけれど、寂寥めいたものを抱いていた事が自分で小説を書くという出力をせずにはいられなかった要因でもあったんじゃなかろうか。
そんな二人である。そんな二人が出会ったのである。これほどまでに凹凸なくピッタリとハマりあえる相手がいるだろうか。少なくとも同じ世界にはいなかったのだ、彼らは。
もし朝陽と月乃にこの同類、同好の士がなかなか存在しない趣味を持っていなかったら。彼らの物語は、この同一人物という異性に対してどう接するべきか、という距離感の問題を物語の大半で費やすものになっていたんじゃなかろうか。
初っ端から、まず同じ沼の住人だこいつはぁ! という認識で塗り潰されてから、並行世界の同一人物という事実へと到達していったものだから、まず同志という認識があって、そこに自分そのものだから絶対的にその趣味嗜好を信頼できる、というベクトルに流れたんだろうなあ。
そこに自分自身とどう接したらいいのか、という戸惑いや恐れが発生する余地が皆無になるまで埋め尽くされてしまっているw
この並行世界、或いは別の時間軸だったりクローンだったり、でもいいんだけれど、別の世界の自分自身と向き合うことになる作品というのは、わりとたくさんあると思うんですよ。
ただ、その場合大体のパターンとして敵対関係になることが目立つんですよね。それは同族嫌悪か、或いは片側が裏事情を詳しく知っているかして意味深な黒幕ムーブかましてたり、反発や取得情報の偏りが生じてしまっている。
一緒に行動するケースでも、同一人物でも大きく異なる人生を歩んできたために、似てるんだけれど行動原理や価値観が異なっていることが浮き彫りになって、そこからまた同じ人間だというところを見つけていく、みたいな話が、多いと思うんですよね。
最初からこんなに意気投合して、お互いウキウキしながら以心伝心している関係って、なかなか無いですよねえ。
同一存在である自分と恋をする話って、なんかあっただろうか。漫画で見たような気もするのだけれど。小説ではちょっと記憶には残っていない。
だからか、読んでみてこの同一人物ながら異なる性別同士が出会って、意気投合し、好きになってしまうというラブストーリー、この距離感はかなり新鮮で、想像していたより遥かにドハマリしてしまった。
お互いを理解している深度がやばいくらい深い関係って、なんか好きなんですよー。
でも同時に、同じ存在だからといって二つに別れて生きている以上、そしてどれだけ似通っていても異なる並列の世界で生きてきた以上、そして男と女である以上、それは別の人間で、別の意識を持つ個体同士である以上、クラウドを共通化しているように思考も記憶も何もかも共有しているわけじゃない。
すべてを理解しきっているわけじゃない。
違うからこそ、恋は生まれる。すべて一緒だから好きになる、というのは単なるナルシズムだ。本作の朝陽と月乃の関係にはナルシズム、自己愛的なものは欠片も見当たらないんですよね。
……いや待て、相手の見た目が好みだった、というのは若干ナルシズム入ってる気がしないでもなくなってきたぞw
まあ、うん、それは置いておいてだ。
この二人は、相手のことを自分と一緒だから好きになったんじゃない。朝陽だから、月乃だから、好きになってしまった、という段階へと至るお話をちゃんとやってくれているのが、実にラブい。
その上で、読んでいる間全然意識の俎上に乗せてこなかった朝陽と月乃の本当の差異。これを、物語の大事な所でガツンとぶん殴るように持ってくるの。二人のバッドエンド厨な所も相まって、いやあタイミングといいこれもドストライクなんだよなあ。
意外とさらっと明かされた上で、じわじわとこれまでの月乃の言動の表裏が見えてくる。あの時、彼女がどう感じていたのか。どんなふうなことを思いながら、笑っていたのか。みたいな、想像がめくるめくわけですよ。そして、それは朝陽の方がずっと強烈な衝撃とともに浸透してきているわけです。
そして、二人がこよなくバッドエンドを愛しているからこそ。そして、月乃が置かれている環境とそこで月乃が沈みかけていた状況を思うと、この作品、この二人の恋愛、この物語そのものもまた、二人の愛するバッドエンドの結末へと向かっているのだろうか、という不安のような運命のようなものが、読んでる側の根底のところでじわじわと圧をずっと掛けてきてるんですよね。
このプレッシャーが二人の恋の行方に対して、さらなる没頭感を増しましてくるんですよ。二人の結末がどうなるのか?という知りたい気持ち、たどり着きたい気持ちがどんどんと深まっていく。と、同時に恐れおののきつつもあるわけです。色んな意味でドキドキ感が加速していく。
めちゃくちゃキュンキュンしながら、同時にハラハラしっぱなしで、もう心が揺れる揺れる。甘酸っぱさにも不安感にも、上下左右に揺さぶられっぱなしで、いやあたまんないっすね。
面白かった。
脇を固める同じ文芸部の部長花残月七葉と、朝陽&月乃の親友ポディションだった氷川純。この二人がまたサブキャラとしては強烈極まるキャラクターをしていて、印象に残るどころか焼印押されるかのような焼付き方でした。特に氷川がもうなんかすげえな、どういう生態してるんだ? チャラいマイルドヤンキーみたいな見た目は兎も角、わりと言葉遣いとかパーソナルスペースの詰め方とかオラついてるレベルなのに、なんでそんな行き届いた丁寧な性格してるの!? めっちゃいい奴すぎるくらい気持ちの良いフレンドリーで配慮にも長けた男。オラついた言動で細やかな配慮や相手の気持ちをおもんばかったセリフを吐かれると、なんかバグるんだけど!?
いやでもほんと面白いやつだし、気の良い奴だし、すげえ友だち甲斐のある男だし、文芸部の一員としても非常に真面目な活動に勤しんでいる男で……こういうキャラがいると物語が映えますわ。
部長の方も、文芸少女風の見た目をしていながら、めちゃくちゃイイ性格してますよね、この人。ちょっと我道を行きすぎじゃないですか? 人生楽しそうだなあ、というのは伝わってくる。
趣味は趣味、リアルはリアル。いくらその嗜好を愛していたって、それはあくまでフィクションとして楽しむものだという現実と創作の区別がついているか、というのは生きるうえで重要だろう。
健全たれ、若者たちよ。
実際問題、月乃はそのあたりバランスを崩しかけていたのかもしれない。バッドエンドに呑まれはじめていたのかもしれない。でも、彼女は映画館で自分と同じように、いやバッドに魅入られてしまった自分よりも純粋に、ただあるべきバッドエンドを堪能している同好の士と出会って、それが同一存在であるもう一人の自分とわかったとき。
それは彼女にとって、どういう心地だったんでしょうね。
いずれにしても、彼女は自らの不幸を思い出すことなく、純粋にバッドエンドを楽しむことがもう一度出来るようになった。自分の中だけで楽しさを消化していくのではなく、誰かとそのバッドの真髄を語り合える経験を得た。
取り戻したとも言えるし、それ以上のものを得たとも言える。それはハッピー以外のなにものでもなく。
それはそのままなら、強いていうならメリーバッドエンド足り得ただろう。
でもそうはならなかった。そうじゃなかった。
現実にバッドエンドは必要ない。メリーバッドもできればお断り。やっぱりハッピーエンドで在って欲しい。
良き良き恋のお話でした。




























































































































































































































































































































































































































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