【あなたのことならなんでも知ってる私が彼女になるべきだよね】 藍月 要/Aちき ファミ通文庫

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なんて――「好き」って言えるわけないじゃない!!!

「好きな男の子の心拍に合わせてスマホが震えるの最高」
全国模試1位、高校生ながらその腕で荒稼ぎしている凄腕プログラマー。けど人間嫌いで誰とも喋らない久城紅は、隣の席の宮代空也が大好きだった。初めての感情に戸惑う紅は、その高い技術で空也の情報を集めることが趣味になっていた。集めた情報をもとに十日に一回、空也に話しかけるせつない日々。しかし空也は“人の感情が色で見える”という特殊能力の持ち主で、紅のひそかな好意に気づいており――! 気持ちが言えないハイスぺ女子×恋に不信な特殊能力男子のすれ違いラブコメ!

これは、タイトルにうまいこと視点を誘導されたなあ。久城紅という明確な見せ札とタイトルによって完全に意識の死角を作られてしまった。途中からあからさまに怪しい動きをはじめていて、それが偶然ではなく意図的なものであるのは明白でわかってはいたのだけれど、それを直接タイトルとつなげて考えることが出来なかったんですよね。意識の死角に入り込んでいたから。タイトルが物語っているのは久城紅のことだと思いこんでいたから。
それは狂的な妄愛に囚われた女性たちの物語。
これ、ヒロインって紅や翠香じゃなくて空也の方なんですよね、どう見ても。
天才的な絵描きとして既に全国に知られる宮代空也は、その鮮烈な見る人の心を捕らえて離さない魔性とも神聖とも言える人外の領域の絵をこの世に描き出す代償のように、そうその生命を絵に塗り込めているかのように病弱で繊細で儚い。
精神的に弱いとかではないのだけれど、肉体的に明らかに薄弱でなにかあるとすぐに倒れてしまう。それはそこか生命そのものが細く薄いかのように。薄命、そう言う他ないふとした瞬間に消えてしまいそうな儚さを身に纏っているのだ。一方で、彼が描き出す絵は絵画に興味がない人にも、ただの高校生たちが見ても心奪われて仕方ない強烈な存在感をまとっている。
絵に対する具体的な描写はないのだけれど、代わりに絵を見た人たちの凄まじい衝撃と感動、揺れ動く情動を生々しいほど激しく描き出すことで、絵を見た彼らの口から飛び出す心からの感想、熱量、放心とも夢中とも取れる言葉を語らせることで、空也の絵が持つ凄味、ただの絵ではないという異次元さを引き立たせているんですね。
同時にこうも思わせるわけだ。こんな絵を描く人物は、果たしてどれほどの代償を絵に注ぎ込んでいるのだろう。一体、その身の、その魂の何を削り出して絵に塗り込めているのだろう、と。
特に、久城紅がはじめて空也の絵に遭遇してしまった時のあの衝撃は、世界が変わり果ててしまった様子は、壮烈ですらあった。
他人を必要としない、孤高であることに充足していた紅が自分もまた人間であるという事実に引きずり落とされてしまうほどに、自分そのものをグチャグチャにされてしまった、えぐり出されてしまったショック。あの彼女の狂乱は、憎悪は迫真であり、だからこそそれをこの世に生み出した空也に強烈な感情を抱かざるを得ず、それがどうしようもない恋へと昇華、いやそれとも朽ち果てていったというべきか。いずれにせよ、自分でも制御できないほどの感情を空也に抱かざるを得なくなる、その過程としては充分ほどに納得させられるものでした。
その挙げ句が、新世代電子ネットワーク型ストーカーの爆誕である。
これだけ強烈な愛情を自分の中で飼ってしまいながら、そのコミュ障さ故にそれを解き放つことが出来ず、明後日の方向で自分の才能を爆発させてそっち側で大いに解き放ちすぎてしまった、うんダメ人間ですね。
凡百のストーカーやヤンデレと違うのは、彼女・紅が自分のストーカー行為について凄まじい罪悪感を抱いているということか。いささかも、自分の行為に正当性を感じていないんですよね、彼女。自分のそれがどう言い繕っても犯罪以外のなにものでもないと認識しているし、それを自虐し恥じ入っている。それをやめることの出来ない自分の異常性を自覚していて、それを嫌悪している。
分かっちゃいるけど止められない、という言葉はどの時代のどんな人間にも相通じる一つの真理である。
だから、彼女は紛れもなく正気だ。正気のまま逸脱してしまっている。そうさせるほどに、彼女の飼っている愛は深い。
そして、それはそのまま裏返しでもう一人の彼女、吾道翠香にも当てはまる。いや、彼女の愛の深さはより一層常軌を逸している。
人を、人間の領域を、踏み外していると言っていいほどの逸脱だ。
そして、その逸脱した全てを彼女は宮代空也という人として半壊した少年を庇護するために費やしていた。愛は与えるものだとするのなら、彼女は自分の全てを捧げていたと言っていい。
翠香も、そして紅もストーカーという自分本位で我欲を抑えきれずに逆らえずに暴走させた行為に自分自身引きずり回されながら、しかし究極自分の幸せよりも空也の幸せをこそ優先する娘たちだったのだ。
宮代空也という人間は、人間として半壊している。物語の最初の方では身体こそ弱いものの精神は健全でちゃんとした真っ当な人間に見える。しかし、後半に差し掛かり、空也の才能と彼が体験してきた破滅が彼という人間を徹底的に壊してしまっていた事が明らかになってくる。
彼は半ば、彼岸に足を突っ込んでいる人間だ。まともに生きているのが不思議になるほど、彼の心はボロボロでナニカに取り憑かれたように絵に自分自身を刻み込んでいる。いつ、現実世界から消えてしまっても不思議でないほど、朧で空虚でふわりと浮かんで大気の中に溶け込んでしまいそうな希薄な存在だった。
そんな彼を現世にとどめていたのは、間違いなく翠香の存在だろう。いや、存在そのものではなく、彼女の献身が、形振り構わず自分自身を決定的に不可逆に、ただ空也の為にだけ生きる存在に自己改造し、自己鍛造して支えたからこそ、彼は生きてこられた。辛うじて。
このままなら、いずれ遠からずこの翠香でも支えきれなく消えゆく彼を掴めなくなっていただろう。破綻は、崩壊は、時間の問題だった。
母親に愛情を踏みじられてそれを因果として父親を文字通り喪った空也は、愛を喪った。愛情に恐怖するようになった、愛を感じ取れなくなった、愛情を虚しいものとしか認識できなくなった彼にとって、世界はもう温度のない冷たい棺でしかなかった。それでも世界を、周りの人たちを愛していた彼は、絵を通して自分自身を焚べることで、自分の生命を切り取って与えること愛の価値を証明する他なかったのだ。
こうしてみるとよく分かる。宮代空也という人間にとって、並の愛ではまるで足りなかったのだ。
人の身で抱えきれないほどの、人ならざるものにならないと抱えきれないほどの、深い深い奈落のような愛。底のない深淵のような愛でなければ、到底彼を繋ぎ止める事も守ることも出来なかったのだろう。そして、彼には奪い取れるようなものは何も残っていなかった、空っぽだった。だから、注ぎ込まなければならなかった、奪うよりも与えなければならなかった。自分たちの異常性をも燃料として焚べて、熱を与えなければ凍ってしまうほどに、彼はもう限界だったのだ。
そして、彼女達ほどの昏く消せない質量のある炎のような愛情でなければ、劇薬めいたショックを与える事は出来なかっただろう。
そうした愛情の発露が、むき出しの人間性の描写が、こみ上げて身体からも心からも溢れ出してしまった感情の表現が、ビリビリと痺れるほどに生々しく鮮烈な物語でした。妄執の愛というべき、女達の情動。泣きじゃくる紅の姿は、心は、みっともない程無様でありながら、これ以上無く綺麗に見えた光景でした。
ああ、良いものを観た。
素晴らしく心奪われ、引き込まれるラブストーリーで、愛の讃歌でありました。面白かった!