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ことき

翼の帰る処 4.時の階梯(下)3   

翼の帰る処 4 ―時の階梯― 下

【翼の帰る処 4.時の階梯(下)】 妹尾ゆふ子/ことき 幻冬舎

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“黒狼公”をキーナンに譲り、待望の隠居生活に突入した過去視の力を持つヤエト。しかし、残念ながら隠居とはほど遠い仕事量に忙殺される日々を送っていた。そんな中、ターンの預言者・ウィナエに導かれ、ヤエトはジェイサルドらと共に世界の罅を塞ぐ手がかりを得るため、砂漠の深部・シンリールへと赴く。数ヵ月後、ようやく都へと戻ったヤエトだったが、都では第七皇子が反旗を翻し、まさに戦いの火蓋が切られようとしていて―。
確か、ジェイサルドの方が御老体のはずだったんだけれど、ヤエトよりもどんどん若返ってる気がするなあ、この人。実際、順調に人の枠からハズレていってしまっているようで。以前、まじない的な意味で彼にヤエトが新しい名前をあげていたんだけれど、やっぱりこの剣士はどうやったってジェイサルド以外の何者でもなくって、違和感ばかりだなあと思っていたのですが、どうやら世界の認識の方もどう意見だったようで、あっさり無効判定をくだされたのには納得すると同時に焦りました。いやじゃあどうすんねん!! ある意味解決法は力押し、と言ってもいいものだったのですけれど、確かにさすがに最初からこの方法を取るのは憚られますよね。もう何も考えてないのと変わりませんし。だから、対処法として新しい名前を与えるというのは間違ってはいなかったんでしょうけれど、ここまで効果がないとはなあ。本当に力押しで何とかしてしまうあたり、ヤエトとジェイサルドの主従は良いコンビですw
未来を知っているという事はすなわち未来に抱くべき希望を最初から失っているのと同じ、というのはよくある話で、未来視の能力者は運命の操り人形と化してしまうもの。ヤエトも当初はそんな風に預言者ウィエナのことを見て嫌悪、とまでは言わないまでも忌避感を抱いていたものですが、この旅先で垣間見せるウィエナの人間らしい顔に段々とほだされていくことに。ヤエトって何だかんだと愚痴や皮肉の対象にしてしまう相手ほど、執心してしまう傾向がある気がするなあ。
すべてが明かされてみると、ウィエナは未来を知っていたからこそその未来が自分の前に訪れることを楽しみに待っていたわけで、その先に自分の身に何が訪れるのかも理解していながら、あんなに少女のように心浮き立たせて、未来の光景を待ちわびていた姿は、何とも切なく、でも心が温かくなるものでした。彼女は、自分が見た未来の光景に縛られ、人生のすべてを捧げ、しかしその光景をこそ生涯の心の支えとして過ごし、運命の操り人形ではなく自分の意志で目にした未来を掴みとるために「生きて」きた、と考えれば、満足した人生だったのでしょうか。ヤエトからすれば、言葉にもならないやるせなさでしょうけれど。

それにしても、よく倒れる御仁である。前回馬車馬のように働け、と感想で口走ったことに反省。まさか本当に死にかけるとは。ご隠居、働いてるか死んでるかのどっちかで、全然余生を過ごすって感じじゃありませんよ? まあ、これだけ遠出して砂漠の真ん中にまで足を運んだ以上、まずぶっ倒れるだろうなあとは自他ともに認める展開でしたけれど、それにしても今回は本気で死にかけてたんじゃありません? 期間が半端なかったんですが。姫様も、どれだけ心配したか想像するだに胃が痛くなりそうです。もうそろそろ姫様の方も悟りの境地に入りそうな気がする。一方で回を重ねるごとにはっちゃけて行くのが皇妹殿下。今回最初から最後まで大はしゃぎじゃないですか、これ? なんかどえらいもん、手の内に入れてらっしゃいますし。
ヤエトが倒れている間に状況はガンガン進展していき、あまりの目まぐるしさに目を白黒。姫様はヤエトは何もやってないことなんてないぞ、と言ってくれてますけれど、でもやっぱり考えてみると倒れてばっかりであんまり何にもしてませんよ、ご隠居さま。
なんかラスト、開き直ったのかヤエトってばなんとでも解釈できそうな事を内心で口走っているのですけれど、この人って偶にそれまで居た立ち位置から唐突に三段飛ばしぐらいで飛躍した所に着地するところがあるので、特に姫様関係の場合。なにかしら、これ遠回しに物凄いこと考えてないか? 心配である、うははは。

シリーズ感想

翼の帰る処 4.時の階梯(上) 4   

翼の帰る処 4 ―時の階梯― 上

【翼の帰る処 4.時の階梯(上)】 妹尾ゆふ子/ことき 幻冬舎

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青鉄の鉱床発見の成果により、論功行賞を授与されることになったヤエトは皇都に赴き、皇帝から『隠居』を告げられる。かねてより、強い隠居願望を持っていたヤエトは静かに暮らせるかと思いきや、政務の引き継ぎや皇女との関係で慌ただしい日々を送っていた。そんな中、エイギルとミアーシャの息子のキーナンと養子縁素をし“黒狼公”家を継がせることに。政務を離れ「魔界の壺」がある場所の探索に本腰を入れるため砂漠へ旅立つが、「復縁」を迫られた皇妹殿下とヤエトは過ごすことを余儀なくされ…。
なっ、なっ、なっ、なんばしよっとかーーー!! こ、こ、この男、一体何を考えてんだ、いったいいったい!
あかん、これまでは皇帝陛下や皇妹殿下に無理難題を言われて困り果てるヤエトを同情の目で見ていたんだが……いや、考えてみると別にこの男を同情の目で見たことはそういえばなかったな。吹けば死にそうな病弱さにハラハラすることはあっても、その性格ときたら全くもってイイ性格としか言いようの無い慇懃無礼さで、むしろヤエトの為に七転八倒するはめになってる皇女様の方に同情していたんだっけ。だがそれでも、虚弱体質の中無理をおして皇女の為にあれこれ苦労を背負っているヤエトに対して、よくやってるとは思ってたんですよ。いくら当人にやる気がなくても、ちゃんと辣腕の公爵として振る舞い実績をあげてるんだなあ、と。そんな彼に、愛娘を愛するがあまりちょっかいをかけてくる皇帝陛下に、あんたもいい加減にしなさいよー、とか思ってたんですよね……。
だがしかし、この期に及んではむしろ皇帝陛下に同調するぞ!! 今となっては、皇帝陛下にこそ共感するぞ!! この男は、もうちょっと苛めてやらないと気が済まん!! お父さん許しませんよ!!
わはは、もっと苦労してひーひー言いなさいな、こいつめっ、こいつめっ(笑

とまあ、思わずというか我慢ならずというか、皇帝陛下の応援団へと転身してしまったのですが、決して二人の仲を引き裂こうとか、反対だとか思っているわけじゃありません。むしろ、よりお似合いだ、という想いを新たにさせられたくらい。これまで不安定だった二人がくっつくという形に対しても具体的にイメージも湧いてきて、しっくり来るようになったわけですが……ただ、こう、認めるにしてもこのままじゃ済まさん、ただじゃこの娘はやらんからな、絶対! という気分にさせられてしまっただけなのです。こう、意地悪してやるたくなっただけなのです。苛めて、いびって、あの娘はそんなに安くはないんだからな、と思い知らせてやりたくなっただけなのです。
まあ、あの男の性格からして、愚痴まみれになりつつも、実際は何にも堪えてなどいないのでしょうけれど。ええ、そりゃあもう、うんざりしながらも全然堪えてないに決まっているのです。そんなんもう、さらにイビってやるしかないやないかぃ!!
皇妹殿下はあの通り、面白がってるばかりなので役に立ちません。誰か、このヤエトさんに訥々とお説教出来る年配のお姉さんを所望します! ジェイサルドはあきません、あれは単なる過保護な爺さんです。こう、ヤエトが反省してくれるような痛烈なお説教は、この人には無理です。無理というか、そういうタイプじゃないしなあ。

というわけで、ヤエトさん、今回物凄いことをしでかしやがってくれやがりました。それ以前に、姫様からしてもう物凄い行動に打って出てきなさるのですが。この人がここまで具体的に想い入れているとは思わなかったなあ。もうちょっと自覚のないあやふやな気持ちだと思っていたので、はっきり答えとして自分の気持を持っている、しかもそれをぶつけてくるとはかなりの奇襲攻撃でした。かわいいなあ、もう。
それに対するヤエトの反撃が、そりゃあもう……何を考えてるんですかっ、とお説教したくなるような行動でして。ああもう、たちが悪いなあ(笑
この人、口ではあんなこと言いながら、絶対に姫様のこと誰にもやる気ないじゃないですか。悪魔か、こいつ。皇帝陛下がある意味目の敵にしているのも、納得ですよ。目の敵にしますよ。いやあ、実際はかなりのお気に入りなんでしょうけれど、それとこれとは話が別。せめて玩具にしないと気がすまないですよ。わかります、凄くわかりますよ、お父さん! 私も、むしろヤエト先生については見直した、と言っていいくらい尊敬の念を深くしたのですが、それとこれとはまた別だw

一方で微笑ましいのが、黒狼公から隠居する事になったヤエトが、後継者として養子にした先代黒狼公の血族の少年であるキーナンくん。意外とお父さん役が様になってるヤエトですけれど、この素直で利発そうな少年と、かつてヤエトに救われた少女スーリヤとが、またいい雰囲気なんですよね。身分とか立場とか、スーリヤがまた色々と難しい事情を抱えているのもあって簡単にはいかないでしょうけれど、この幼い二人には良い仲になってほしいなあ。そして、少年は恋愛についてはこんなお父さんは見習わなくていいですよ。

ようやく夢だった隠居を許してもらい、楽して怠けられると思ったら更に忙しくなって愚痴るヤエト……ザマア。と、多分皇帝陛下と同じ顔でせせら笑う私が居る。さあさあ、可愛い姫様のためにもっと馬車馬のように働きなさいな。死なない程度にね。

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翼の帰る処 3 ―歌われぬ約束― (下)4   

翼の帰る処 3 ―歌われぬ約束― (下) (幻狼ファンタジアノベルス)

【翼の帰る処 3 ―歌われぬ約束― (下)】 妹尾ゆふ子/ことき 幻狼ファンタジアノベルス

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皇帝の策略によって罠に陥ったヤエトは、ルス公当主ライモンドと対面し、逃亡した商人を引き渡すよう要請する。要求は受け入れられたものの、無理がたたって倒れてしまうヤエト。からくも北嶺に戻るが、皇帝の策略を阻止するため、ヤエトは無理を押して再び北方へ向かうことを決意する。それを決断させた裏には、“過去視”の力で出会った謎の少女・ルシルの願いを聞き入れたいという思いがあり―。皇帝の策略により、八方ふさがりな状況に追い込まれ窮地に陥ったヤエトがとった行動とは…。
敵地ともいうべき北方の地で窮地に立たされたり、姫様の行動から皇帝相手に真っ向勝負を挑むことになったりと、何時にもまして危ない橋をわたり続けたヤエトさんだが、一番死にそうでハラハラさせられたのが、ただ階段を登っていくシーンだったというのは冷静に考えると随分とけったいな話である(笑
いやでも、読んだ人ならわかると思いますが、このシーンが一番読んでて心臓に悪かったんですよね。
「もうやめてあげてーーっ、ヤエトはとっくに限界よっ!!」状態である。
ああもう死ぬ、それ以上は死ぬ、絶対死ぬ。ぽっくり倒れて逝ってしまう、休まないとその人死んじゃうから、マジで! と声にならない悲鳴を上げながら読んでましたよ。
ただ階段をのぼってるだけなのに、どれだけ命がけなんだこれw

山積していく問題の数々を前にして、ヤエトは虚弱な体も厭わずについには倒れてしまうまで自らの限界も考えずに黙々と立ち向かい、これらを表情も変えずにばったばったとなぎ倒すように解決していってしまう。そのくせ功を誇るでも野心をひけらかすでもなく、常に何時でも身を引く心積もりを忘れない、
ああ、かの黒狼公はなんと献身的な忠臣なのだろう……などと傍からだとそういう風に見えるんだろうなあ。姫やルーギンみたいな身近な人間以外には。
ヤエトが内心どれだけ罵倒と愚痴と恨み言と後悔と八つ当たりを延々と途切れること無く吐き出している、なんてみんな知らないわけですし。いやあもう、よくぞまあそれだけ愚痴のネタが尽きないものだと拍手を送りたくなるくらい、ずっと愚痴ってますもんねえ、この人。普通は愚痴るなんてのはもっと余裕ができてからする事で、自分が絶体絶命の窮地に立たされている状況とか、知人や大事な人が危ない目にあっているのを助けなきゃいけない、なんていう状態の時にはそれどころじゃないはずなのに。だいたいそういう時は、必死に頭を回転させて打開策をひねり出そう、名案を導きだそうという方向にエネルギーを費やすのに目一杯のはずなのになあ。
ヤエトが恐ろしいのは、内心では愚痴り恨み節にかまけ、知るかボケ! の精神で問題の原因となったありとあらゆる人や状況に罵倒を繰り返し、回りまわって問題を防げなかった自分のバカさ加減への後悔や呆れの言葉をグチグチと吐き出しているくせに、表の方では息でも吐くみたいにスラスラと問題を解決してしあうような切れ味たっぷりの策や案を口にして、てきぱきと指示を出しているところなんですよね。
いやいや、あんた愚痴ってばかりだったくせにいつそんな事考えてたんですかw
いやまあ、読むと確かにどうするべきか考えてるんですよ。ちゃんと打開策に頭を悩ませてる。ただもうひっきりなしに嫌気がさしなさって投げやりになるわ愚痴を混じえなさるわするから、とても名軍師や凄腕の政略家が智謀を巡らせている様子には見えないんですよね(苦笑
実績を見るならば、辣腕の宰相以外の何者でもないのですけれど。まあそれだけ苦労が多いという事なのでしょう。大してやる気もないくせに、手を抜くということが根本的に出来ない人ですし。そりゃあルーギンの言うように、「体調管理に夢中になる下僕、続出」となるわ放っておいても勝手に倒れるし、放っておかなくて自重しなさいと幾ら言っても言うこと結局聞いてくれなくて倒れるし。じゃあ倒れないように体調管理に気をつけてあげないと、という風になりますわ。

そんな苦労ばっかり抱えて呻いているヤエトですけれど、不思議と……いや不思議じゃないのか。ルーギンと姫様と仕事抜きのプライヴェートで喋っている時は内心でも愚痴る事があんまりないんですよね。久々にルーギンと話しているシーンを見たんですけれど、ルーギン相手のヤエトって心なしか楽しそうなんですよ。ルーギンの話術が上手いのかもしれないですけれど、彼と喋っている時はヤエトも気安く会話が弾んでますしねえ。

そして姫様ですよ。……ヤエトって姫様については過保護すぎるくらい過保護ですよね、これw
北方の王子と親しそうにしているのを見てとって、目付きを険悪にしているところあたりは、悪い虫がつくのを危惧する保護者の心境なのか、それとも彼なりの妬心だったのか。
皇妹との結婚について導き出した否定材料が、ひっくり返してみると全部姫様との比較になっているあたりなど、幾らでも穿てるんですよねえ。異性への感情、なんて無粋なことは言わなくてもいいでしょう。隠棲したいなんていう野望を秘めたヤエトにとって、自分の野望を炉端に投げ捨てても躊躇わないくらい、姫様が大切な宝物なのだ。この巻、最後のやり取りを見ればわかる。それも、大事に箱にしまい込むような宝物ではない。自ら輝こうとするのを、磨いて手助けしてやりたいと願うような宝物。
そして宝物である以上、やっぱり誰にも渡したくはないんですよね。ラストはちらりと、欲するものの少ないヤエトの欲みたいなものが見えて、ちと嬉しかった。

それにしてもこの枯れた三十代は、何故か少女にもてもてだなぁ。なんか、北方のお姫様にも速攻でなつかれたし。これが相応の年齢以上の女性となると反応がなくなるどころか妙に刺々しくなるあたりが不思議で面白い。間違っても「女性」にモテるタイプじゃないんだよな、ヤエトは。
ちなみに、ルシルをセルジュに丸投げしたのは、八つ当たりの感もあるけれど、何気にこの二人は組み合わせとして波長が合いそうじゃないですか。セルジュが純心な子供相手に相性良さそう、という理由が大きいのだけれど、これもしかしたら面白いことになるのかも。

さて、次巻はどうやらちゃんと上下巻に目処が立ってから出す予定だそうで、相当に先になりそうだ。この三巻の上下の間隔が丸一年ちょい掛かったのを考えると、1年以内にという希望は叶いそうにないなあ。腰を据えてじっくり待ちますか。

シリーズ感想

翼の帰る処 3.歌われぬ約束(上)4   

翼の帰る処(ところ)〈3(上)〉歌われぬ約束 (幻狼FANTASIA NOVELS S 1-5)

【翼の帰る処 3.歌われぬ約束(上)】 妹尾ゆふ子/ことき 幻狼ファンタジアノベルス

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一歩一歩だけれど、ヤエトと皇女の関係は変転を続けている。先の巻では、皇女が皇族として、君主として、一人の人間としてヤエトを越えて、ヤエトを必要としなくなり、大きく羽ばたいていく予感を純粋に喜び、それを望むかのような素振りを見せていたけれど、あれから少し経って、またヤエトの心情も少し変化をみているんですよね。それが果たして後退なのか前進なのかわからないけれど、ヤエトが再び皇女の元からしばらく離れて過ごすことになったとき、ヤエトはどこか切ないような気持ちに苛まれる。彼がここで抱いている漠然とした不安感は、皇女を置いていくことへの不安感とは少し違ってるんですよね。いろいろ自分で理由をひねり出して、何故なのかを考察しているけれど、ほんとこれ単純な話で、ヤエト自身が皇女と離れたくない、と思ってるんですよね。皇位継承争いやら領土問題などの対処にヤエト不在という政治的な理屈抜きに。
これまでだって、長期間皇女から離れることはあったはずなのに。
このシーンにおけるヤエトの皇女への接し方というのは、敬愛する君主に対するものでも、前巻の妹に対するような気安い親密なそれとも違っている気がしたんですよね。温かいというよりも、柔らかいというよりも、優しいというよりも、自分の宝物を扱うような感じで。
大切に大切に、でも自分のものだからちょっと乱暴に自由に扱うような、そんな感じで。
そう、もうヤエトにとって皇女は遠い意味でも近しい意味でも、他人ではないのです。
かけがえのない私の皇女。
下から崇めるのでも、離れたところから見守るのでもなく、自分の腕の中に抱きしめるように。
皇女への無礼な言葉を吐いた踏野太守の親族への峻烈な対応からも、ヤエトの皇女との距離感の変化が伺える。ここでの彼の対応というのは政治的な対処というよりも、むしろ感情的な怒りによるものだった。思考も冷静で対応の仕方も理路整然としたものだったけれど、その実感情の方ははらわた煮えくり返ってたもんなあ。元々機嫌の良い方が珍しいヤエトだけれど、あれだけ怒っていたヤエトを見るのは珍しい。彼が怒るケースは、確かに皇女が絡むシーンが多いけれど、皇女を思って感情を揺らすことはあっても、あんな風に自分自身が我慢できなくなって、というのは初めてだったんじゃないだろうか。
相変わらず隠居したい隠居したいと公言してはばからないけど、本音ではもう、いや隠居したがっているのは本心だろうけれど、もう皇女を置き去りにして隠居しようとは思っていないだろう。それこそ、皇女がヤエトを必要としないだけの安全と強い立場を手に入れたとしても。
なにしろ、アレだけ忌避していた約束を、最後に皇女と交わしたのだから。

ジェイサルドの鬼神との契約や預言者との会談を経て、古の神話にある魔物の復活が確かなものだと確信したヤエト。皇女たちとその驚異にどう対処するべきか頭を悩ませながら、現実の政治状況も混沌を深めていく。皇位争いは熾烈さを増し、北領では先に紛争の起こった北方との和平交渉の使者が訪れるという事態が。
先日は西の暑い砂漠の地域に出張って、今度は北領よりもさらに北の北方に赴くときた。相変わらず病弱で、いつものように死にかけているヤエトが、結果的に見るとこうも北に西にと帝国領内を広範囲に移動しまくっている、というのは凄いというか本人もしんどいし不本意だろうなあ、と純粋に同情が湧いてくる(苦笑
挙句に、先代黒狼公の妻で皇族の中でも屈指のクセモノである皇妹から求婚されるときたw 虚弱体質だけでも死にそうなのに、心労でも死ぬんじゃないかと心配になってくるけど、愚痴ばっかりのわりに精神的にはタフなんだよなあ、ヤエトはww
そして、皇妹の求婚や皇帝陛下のちょっかいは、どうもでも皇女との関係を発展させるための地ならし的フラグにしか見えないw

シリーズ感想

翼の帰る処 2.鏡の中の空(下)5   

翼の帰る処 2下 (幻狼FANTASIA NOVELS S 1-4)

【翼の帰る処 2.鏡の中の空(下)】 妹尾ゆふ子/ことき 幻狼ファンタジアノベルス

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さわりだけ、とページ開いたのが運の尽き。気が付いたら、全部読んでたよ! 運じゃなくて、どう考えても自業自得だな。面白いと分かっているものを開いて、さわりで我慢できるはずがないと理解しているのに。それでも、さわりだけと言い訳をして開いてしまうのは、目前にモノがありながらそれを無視することが叶わないというだけのこと。
なんだ、単純に読まずに置いておく事が我慢できなかったというだけのことか。

何の因果か、単なる下級官吏だったヤエトが四代大公の一角であり、空席となっていた黒狼公の座に就く羽目になったのが上巻のお話。
国に引き上げとなった北領の相として、主の皇女を支える傍ら、自らも黒狼公の領地を治める事になったわけだけど、前回の最後で皇女が転がり込んできたんですよね。そのお陰で、このシリーズが始まって初めてじゃないかというくらいに、ヤエトと皇女が一緒に行動することに。事実、一巻まるまる、ほぼ行動を共にしてたのは今回が初めてだったはず。それまではなんだかんだとけっこう別行動が多かったしね。それに、まだ北領に居た最初の頃は、皇女とは本当に打ち解けた仲じゃなかったしね。これだけ親密な関係になったあとでは、はじめてだったはず。
おかげで、これまででも十分魅力的だった皇女様の魅力をさらに弥増すはめに。
ヤエトと皇女、それにルーギンを加えた三人組。この三人、ほんとに仲良いんですよね。これまで気づかなかったのは、この三人がプライベートな空間で一堂に会して顔を付きつけ合ってガヤガヤ言い合うシチュエーションが殆どなかったからだと思うんだけど、とにかく仲がいい。ルーギンが皇女をどう思ってるのか、微妙に分からないところがあったんで、いきなりチビ呼ばわりしだしたときは吹いたなあ。まさか、ここまで本気で「可愛がってる」とは思わなかった。
ヤエトもヤエトで、二人や三人で砕けた調子で話していると、皇女に対して主君や師として接するよりも、一人の女の子として扱うような素振りを見せる場合が出てきてるんですよね。
こうなってくると、この三人。なんだか兄妹のようにも見えてくる。それこそ、皇女の本当の兄弟たちよりもよほど。
随分、末妹に甘いお兄ちゃんたちですけど。
ただこの皇女さまは、女の子として、妹分として以上に、やはり皇女として、主君としての大きな器こそが魅力的なんですよね。
ルーギンにしてもヤエトにしても、彼女の口から放たれる言葉に我知らず己が内に押し込めていた真意を掬いあげられ、曇りかけた目を開かされること度々。また、倦んでいた心を晴れやかにし、頑なに凝り固まろうとしていた気持ちを解きほぐしてくれる事もあり、皇女がヤエトたちによって支え導かれる存在でありながら、同時にヤエトたちを包み込み力を湧き立たせてくれる大きな存在として立脚してるんですよね。それをして、ヤエトはいずれ彼女が独り立ちし自分など必要としなくなる、なんて思ってるみたいですけど……まったく、わかってないよなあ、この人は。彼女が彼女である限り、ヤエトを必要としなくなるなんて事、あるはずがないというのに。
まあ隠居したいそろそろ余生をゆっくり過ごしたい、死んでもいい頃だ、などと嘯いているヤエト師ですけど、実際のところまだ三十代の働き盛り。若く、まだまだ人生の機微について学ばねばならない歳の頃。ようやっと、皇女は遠くに離しておくのではなく、目の届く範囲に置いておくのが正解だ、と気づいたように、自分の在り様、他人との関わり方の妙についても、これから学んでいくのでしょう。

翼の帰る処 2.鏡の中の空(上)5   

翼の帰る処〈2〉鏡の中の空〈上〉 (幻狼ファンタジアノベルス)

【翼の帰る処 2.鏡の中の空(上)】 妹尾ゆふ子/ことき 幻狼ファンタジアノベルス

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やっぱり面白いなあ、これ。まったく、べらぼうに面白い。
隠居して余生を過ごしてとっとと死んでしまうのが当面の夢です、希望です、と公然と口走り、その並外れた虚弱体質で事あるごとに熱を出してぶっ倒れる主人公のヤエト様。
その自らの生き死ににも頓着しない生き様から派閥争いに巻き込まれて、北領という帝国でも辺境の僻地に左遷されたのが運の尽き。左遷だ左遷だと喜んでいられたのも最初のうちだけ。ただの下級官吏だったのが、尚書官という文官の責任者に祭り上げられ早々に北領の未開人たちに振り回され、北領の太守として派遣されてきた皇女に見初められて、副官に任命されて、一心不乱に働かされる羽目に。
まー、それだけでも隠居から遠ざかり、ご愁傷さまというところだったのに、今回北領が国に格上げされたのをきっかけに、皇女からは相――首相・宰相的役職と考えていいだろう――に任命された挙句に、本国では貴族として召し上げられることに。その任命された貴族の位が、またえらいことになってしまい……と、とっとと隠居したいはずの男の転落人生の物語w
傍から見ると、ものすごい成り上がり、立身出世、栄達なんですよね、これ。にも関わらず、本人的にはまさに転落人生(笑
この一冊の中で、今回ヤエトは一体何回、面倒くさい、もういやだ、逃げ出したい、隠居したい、というかいっそ死にたい。死んでしまいたい。と内心で連呼してたか。数えるのも馬鹿らしいくらい、そればっかり考えてるんだから。
でも、自業自得なんですよね。この人、客観的にみるととてつもなく有能なんですもん。面倒くさいといいつつ、しっかり仕事こなしているし。本人自覚ないですけど、ルーギンがその自覚のなさに発狂しながら指摘しているように、まさにこの人一人の存在が北領を支え、後継者争いに紛糾しつつある宮廷闘争の中で皇女を守っていると言っても過言ではないくらい。彼がいなくなれば、それだけですべてが崩壊し、破綻してしまうくらいには、彼は重要人物になってしまっている。
実際、ヤエトって面倒くさいといいつつ、仕事に関してはどれほど立場があがり、変わっても、そりゃ難題には頭を悩ませますけど、戸惑う風もなくテキパキとこなしていくんですもん。はっきり言って、さすがに皇帝陛下から爵位を賜ったあとなんか、そんな位を頂いてはたしてやっていけるのかいな、と思ってたら、案外困った風もなくこなしちゃってるんですよね。これには正直驚いた。物怖じしない人だとは思っていたけれど、まさかこれほど適性を見せるとは。私も、皇帝が彼にあの位を与えたのはけっこう嫌がらせの向きもあったように思うけれど、ただそれだけではなかったのかもしれない、と彼の働きぶりを見るに思いましたね。
この人、ほんと面倒くさいとは言っても、無理ですとかできません、とは思う事すらしないんだからなあ。
だから、そんな手を抜かずに真面目に働いて有能さを知らしめるから、夢である隠居から遠ざかってしまうんだって(苦笑

さて、問題だった帝位の後継者争いは、各皇子たちの背景や人となり、現状の政治的立場などが詳しく情報を出してきてくれたお陰で、かなり現在の状況がクリアになってきた。なるほど、皇女殿下はかなり面倒くさい立場にあるんだな。それでいて、本人にはその危機意識がかなり薄いと。彼女の善良で真っすぐな人となりは、こうした状況では決してプラスには働かないということなんですね。それを補うのはヤエトやルーギンの役目でもあるのですけど、ヤエトは切れる割に自分の身の安全に対しては皇女殿下並みに無頓着ですし、ヤエトってわりと皇女のこと甘やかしてるんですよね。その意味では、ルーギンはかなり苦労しているのかも。
そう、今回読んでて改めて思ったけど、ヤエトって皇女に対してかなり甘いところがあるんですよね。普段は厳しく現実的な物言いで皇女を指導しているヤエトなんですけど、第三皇子の裏切りについて皇女の心が傷つくのを慮って言を控えたり、弱った皇女に対してスッっと甘い言葉をささやいて労わったりと、この男、時々、そう、本当に肝心な時に、無自覚にけっこう皇女の内面にズケズケ踏み込んで他人が触るべきでない部分まで、撫でていくような所があるんですよね。あの場面で名前呼ぶとか、反則でしょうに。ほんと、ヤエトはまるで自分が皇女をどのように扱ってるかわかってないんですけど。ただの臣下がするような事じゃない事をしてる自覚がまるでない。
そういうことをするから、段々と皇女が、自分を臣下や師という存在以上に見始めていることに、まったく気づいていないわけです。
まわりは、みんなわかってるのに、ねえ(苦笑
皇女本人にどれだけ自覚があるか、それはわからないけれど、今回の最後のシーンで、ああいう状態になった時にヤエトにだけは見られたくない、なんて口走っていたのを見ると、どうにもこうにも…ねえ?
それに、ルーギンはじめ、周りはみんな、そうなることを望んでいるみたいだし。幸か不幸か偶然か作為の結果か、そうした展開が決して不可能ではない立場に、ヤエトは立っちゃってるわけですしねえ。
はてさて、どうなることやら。

いやさ、この最後の展開はかなりニヤニヤさせられますけど、ルーギン兄さんはもうグッドジョブとしか言いようがない。


一方で存在感を増していたのが、ジェイサルド御大。何を考えているのかわからない不気味な所のあった人ですが、ようやくここで今の彼の目的が明らかに。こうなってくると、どうやら心底ヤエトに味方してくれるみたいだし、この上なく頼もしい存在だわなあ。
あと、シロバが鳥のくせになんかヤエトのお袋さんみたいなのが笑った笑った。

翼の帰る処(下)4   

翼の帰る処 下 (3) (幻狼FANTASIA NOVELS S 1-2)

【翼の帰る処(下)】 妹尾ゆふ子/ことき 幻狼ファンタジアノベルス

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これまで結構な数の本を読んできたと思うんですけど、この作品のヤエトほど、虚弱体質極まってる主人公はちょっとお目にかかった記憶がございませんヨ!
前篇もまあ、かなりの割合で熱出してぶっ倒れてましたけど、今回もまあ登場シーン中の八割くらいは、ぶっ倒れてたんじゃないかと。というか、動きまわってる時でも発熱してたり、フラフラで意識朦朧だったりと健康な状態のときってなかったんじゃないのかな。
いきなり冒頭、皇女からおまえちょっとその状態危なすぎるからあったかいところ行って療養してこい、と南方の王都の皇女とは同腹の兄貴である第三皇子のところに送り出されるのですが、極寒の北嶺から灼熱の熱地に移動したせいか、バテて余計に体調悪化させるヤエト殿。
皇女、こいつダメです。どこに行ってもなんだかんだ理由つけて身体壊しやがります(笑
とはいえ、皇女も本気で心配して信頼している第三皇子のところに送り出したんだろうけど、あんな蒸し暑そうな所じゃ療養にならんですよ。その上、皇子側からは何か探りにきた密偵じゃないのかと疑われて、半ば軟禁状態に置かれるヤエト殿。
まるで隠居だ、と喜んでるこの人の神経もいまいちわかりづらいのだけれど。
いやまあ、閉じ込められるわ疑われるわ、実際なんだか陰謀が張り巡らされてる気配はあるわ、彼に備わった恩寵の力が勝手に発動しだすわ、と隠居だと喜んでいる場合でもなくなってしまうわけですけど。

それにしても、このヤエトの皇女への態度は何なんでしょうね。親愛、というには少し違和感があるし。
元々病弱で長く生きられないといわれてきたせいか、立身出世どころか自分の生き死ににも執着が薄く、俗世に煩わされることを厭いながら食べるために役人の仕事をやってると嘯くヤエト(餓死は苦しいから嫌なんだそうな)。出来れば隠居して余生を穏やかに暮らしたいと公言してはばからない36歳。
そんな彼が面倒くさい、とっとと引退したい、厄介事はごめんだとぶつくさ言いながら、皇女のために病身を押して本当に身を削るように、時に決死の旅に身をゆだね、奔走するわけです。
いつ死んでもまあ仕方ないなあ程度にしか考えていなかった彼が、皇女を助けるために、死ねないとまで思い定める。
そんな決意の発露は、どこから来ているのか。
皇族同士の身内同士で血で血を洗う権力闘争の泥沼の渦中にある皇女の立場を、王都で目の当たりにし。そんな境遇に絶望しながらも、皇族として奇跡のような心根の優しさ、只人であるかのような在り様、それでいて皇族に相応しい誇りと気構え、意欲を兼ね備えた彼女の人品を知り、ただの幼い少女である彼女を感じたことで、ヤエトが彼女に何を見出したのか。
入れ込む、にしては淡々としているんですよね。特別な感情を抱いている風もない。忠誠心、というには熱情が足りてない。
皇女からしたら、ほんとにわけわからん臣下なんだろうな、こいつ。
ただ、自分を帝国の皇女という地位ではなく、彼女個人として見てくれていることを分かっている。絶対裏切らず、自分を正しく、彼女が望む方へと導き誘ってくれる人だと感じている。だから、真名を教えたんだろうし、誰よりも信頼している。もしかしたら、淡い恋情すら抱いているのかもしれない。
でも、手応えはなかなかないんだろうなあ。ヤエトがあんなだから。

今まで何にも執着せず、何も得ようとせず、何も持たずに生きてきたヤエトにとって、皇女は初めて得た「守るべきもの」なのかもしれない。あの面倒そうな態度は、自分で気づいていないっぽいけど。
ただ、今のところは、今はあれは臣下のものだと思うんですよね。役職というんじゃなく、彼女個人とヤエト個人の公的なものではない私的な主従関係、という括りになるんだろうけど。ヤエトには帝国や皇族への忠誠心って、全然なさそうだし。
だから、皇女は彼個人の守る場所であり、皇女が言ってくれたように、皇女そのものがヤエトが帰る場所になったんだろう。
そうか、療養に送り出すときに皇女が言った言葉は、思いのほかヤエトには大きく響いてたのかもしれないなあ。

他の脇役衆も、なかなか味出てたなあ。
伝達官のおじさん、親戚のおじさん風味がよく出てて、ヤエトとの会話はオッサン同士の話なのに、これがなんか感じ良かったんですよね。
んで、さらにおっさん。ジェイサルド。上巻では、ヤエトと隠居談義していて、わりと温厚な人なのかと思ってたら、実はかなりの武闘派でえらいごっつい過去の持ち主だったことが発覚。砂漠の悪鬼て。
ただ、強面な言動とは裏腹にけっこうユーモアのある人で、この人との道中は頼もしいやらなんやらで、今後もレギュラーで登場してほしいなあ。
ルーギンとはまた別のタイプで、ヤエトと皇女の脇を固める臣になりそうだし。

うん、素晴らしいファンタジーでした。

あとがきを読んでたら、驚いたことに、というか嬉しいことに続編が決まっているみたい。これは実に楽しみです。良かったよかった。

翼の帰る処(上)5   

翼の帰る処 上 (1) (幻狼FANTASIA NOVELS S 1-1)

【翼の帰る処(上)】 妹尾ゆふ子/ことき 幻狼ファンタジアノベルス

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これはまたべらぼうに面白かったですよ!!

派閥争いに巻き込まれ、帝国領内でも放置区などと呼ばれている辺境の地・北嶺へと左遷されてしまった主人公のヤエト、三十路過ぎ。でも、この人、根っから出世に興味などなく、左遷されたことすら悠々自適に過ごせると喜ぶくらい。もともと、幼少の頃から病弱で長く生きられないと言われてきたからか、俗世に執着が薄く、隠居したいと公言してはばからない。実際、かなりの虚弱体質で、作中でも階段の上り下りだけで体調を崩したり、ちょっと無理をするとすぐに顔色を悪くして熱を出すわ吐くわ倒れるわと、フラフラしっぱなし。
そんな悠々自適の隠居生活を夢見て北の地に尚書官として赴任したヤエトでしたが、何の因果か直後に皇帝の末娘である僅か14歳の皇女殿下が北嶺の太守として赴任してきて、北嶺の地で唯一地元の人間ではなく、帝国中枢から派遣されてきた官僚だったヤエトが、太守の副官に任命され、望まぬ栄達を得てしまう。
以降、ヤエトのもとには気位の高い皇女殿下と帝国騎士団、純朴で思慮に欠けた北嶺の民が巻き起こす問題の数々が、一手に押し寄せて来る羽目に。
内心面倒くさい、知るか馬鹿、などとため息をついたりブチ切れたりしながら、勝気な上司と考え無しの部下に挟まれ、気苦労の絶えないこのまま過労死しかねないヤエトの明日はどっちだ、的なお話(笑

とはいえ、出世願望のないヤエトにある意味怖いものはないので、本来なら雲上の存在である皇女に対してもズケズケと直言して憚らず、蛮族と言っても過言ではない北嶺の民に対しても、怯むことなく言うべきことはきっちりと言い切る恐れ知らずでもあるわけで。ルービン騎士団長いわく、無駄なところで怖いもの知らず、なんですよね。
その上、面倒くさいとか、厄介事には関わりたくない、と常に陰気くさく根暗そうに鬱々と内心愚痴をこぼしまくってるのに、なんだかんだと真面目に役目を果たし、持ちこまれる問題を片付けていくものだから、結局のところ上役からも部下からも信頼されて、さらに頼られていき仕事が増えるはめに。本人の希望とは裏腹にw

ただ、ヤエト本人が思っているほど、彼の立場は不幸でも悲惨でもないんですよね。皇女は多少傲慢で人の言うことに耳を貸そうとしない人だけど、理を以って説けば唇をとがらせながらもしっかりと聞き届けなくては済ませない明晰さ、聡明さを持っているし、太守としての責任を果たそうという気概を持った立派な為政者としての魂を持っている。
北嶺の民も、小難しいことは理解できなくても、純朴であるということは素直でもあるということ。辛抱強く付き合っていけばちゃんと応えてくれる人々でもある。いきなり下級官吏から太守の副官なんて出世をしてしまったにも関わらず、皇女付きの騎士団長ルービンがヤエトを蔑ろにすることなく、過去彼が学生時代にヤエトに負い目があるせいもあるんだろうけど、色々と恩師として尊重してくれるから、変な妨害も入ることもなく。
本人が不満に思っているほどには、決して悪くない環境なんですよね。むしろ、非常にやりやすい環境なんじゃないだろうか。
中間管理職の悲哀がひしひしと伝わってくるヤエトの内面だけど、あんた、上司も部下もかなりあなたに気を使ってますよ?(苦笑
実際、皇女や北嶺の民から見たヤエトは、これまた扱いずらい色々と大変な部下であり上司だと思いますよ。
特に皇女。彼女のヤエトへの複雑な思いは、可哀想なくらい。彼女はヤエトの人格、能力を見極め、ちゃんと信頼し、この地でもっとも頼りにしたい人物である、と思っているのに、当のヤエトときたら自分はとっとと隠居してしまいたいです、なんて言って憚らない。皇女様からしたらたまったもんじゃないでしょう。絶大な信頼を置き、自分の身命をすら預けたい、と思ってる相手が、対して自分に関心を抱いている様子もなく、心の底から忠誠を誓ってくれる様子もなく、暖簾に腕押し糠に釘、ってな感じなんですから。内心、忸怩たるものがあるんじゃないでしょうか。
そのくせ、しっかり仕事はこなし、自分に諫言して間違いを正し、問題が発生すればさっさと片付け、挙句に人並み外れた耐久力のなさからぶっ倒れる。理不尽に八つ当たりする事すらできないんですから。
ヤエト視点で話は進むんですけど、中盤越えたあたりから皇女さまの方が逆に可哀想になってきましたよ(苦笑
ある意味、ヤエトの方が傍若無人ですよ?

北嶺に伝わる伝説と皇族にもまつわる恩寵の力。北嶺の地に集められた人々の顔ぶれに符号する関連性。裏では妙な陰謀だか、思惑だかが進んでいるようないないような、怪しい気配を醸し出されているわけで、人間関係だけでなくそちらの方もなかなか目を離せなくなりそうな展開に、なりそうなならなさそうな(w

とりあえず、皇女殿下がこのやる気のないへそ曲がりの虚弱三十路男を、見事に心服させられるのか。次の巻が楽しみで仕方ありませんな!
これ、たった二巻で終わるのが実にもった無いですよ。

 
12月3日

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