【クラスに銃は似合わない。】  芝村 裕吏/さとうぽて MF文庫J

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相棒は拳銃とAIの妹? 芝村裕吏が贈る予測不能の学園潜入アクション!

突然だが、世界初の完全無欠のAIな妹を持つ兄は、高校生になると何を始めると思う? 俺は妹・瑞穂の膨大な維持費のため、大金を稼げる殺し屋になる…はずだった。だけど会社が自分の仕事適正を護衛と見いだしたから、今俺は中学校に潜入し、ある少女を秘密裏に守る任務を遂行中だ。コードネームはPP01。そしてなぜか相棒は妹(口うるさい)。妙に可愛過ぎる護衛目標に接近(仕事だ)すると、妹がぎゃーぎゃーと騒ぐ(やかましい)。ちょっと都合の良いラブコメ展開を期待したが、そもそも甘い任務を用意されるはずがなかったわけで――では、こっそり銃を忍ばせて、クラスで任務を始めよう。

AIの妹って、AIが勝手に妹を名乗ってるとか、実妹が電脳化してしまいAIになってしまった、とかじゃあないんだ。これ、文字通り電脳人類じゃないですか。科学者である父親にとって、ネット上で人体錬成シミュレーションされた非実存にして電脳上に実在している存在。史上初のネットベイビー。それが瑞穂である。さらっと流されちゃってるけれど、ちゃんと自我、人間としての自意識が生まれちゃってるの、どえらい事なんじゃないのか。
この超存在のAI妹の扱いが、日本政府にしても社会にしてもアホすぎる。そんな社会悪に仕立て上げて叩いて終わり、みたいなレベルの存在じゃないし研究じゃないし、結果じゃないでしょうに。
人類の未来が間違いなくネジ曲がる存在だろうに、ほんとに何考えてんだか。なんでここまで物事を矮小化してしまえるのか。
生み出した科学者の父親は社会的に抹殺され、家で役立たずになっているそうだけど、第三国に拉致られても全然不思議じゃなさそうなんだけどなあ。
莫大な維持費、生存費が掛かるという妹のために、死にものぐるいで働きまくっているという母親も結構謎の存在である。いやだって、必要な金額の桁が尋常じゃないじゃないんですよ。スーパーのレジ打ちとかパート業とかで賄える話じゃないでしょうし、一体何の仕事をしてるんだ?
そもそも、この妹の瑞穂って母親からすれば自分関係ないところで夫がこさえてきた娘なんですよね。しかも、非実存。でも、主人公の語り口によれば母親は彼女を実の娘としてちゃんと受け入れ愛していて、だからこそ彼女を生かし続けるために過労死しそうな勢いで働いているわけで……地母神か。
主人公も主人公である。高校一年生、いや訓練期間とかから考えると中学生の段階で関わっていたのか、この裏稼業を営む「会社」とどのようなツテを使って働くことになったのか。何があったら、中学生が暗殺業なんぞを営んでいる会社で働く縁が生まれるんだ?
まあ作者の他のシリーズでも、普通の会社の採用試験受けたら傭兵会社の戦闘単位の指揮オペレーターになってた、などという顛末もあるので、どこに裏稼業の世界に入り込むルートが埋設されてるかわかったもんじゃないのだけれど。
それに彼自身、スペックが意味不明なところあるんですよね。みっちり訓練は受けたみたいだけど、受けたからってあんなに動けるの? それ以前に、周りには舌打ちにしか聞こえないレベルで圧縮された高速言語で妹と雑談してる段階で、ちょっと意味不明なところあるんですけど。この子、常態的に超加速思考を行ってるってことなの? 脳改造とかされたみたいな話全然ないんですけど。肉体的にはノーマルのはずなんですけど。
特に、この主人公、スペックが凄いとかいう話は一切していなくて、やることなすことさらっと流すのでなんか普通に誰でもできる当たり前のことなんじゃないか、と錯覚しそうになるけれど、かなり無茶苦茶意味不明な動きとかしてますからね?

しかして、この少年、現段階ではまだ見習い以前。今回の護衛案件はテストであって、実際の仕事ですらないのである。訓練自体はみっちり受けているからして、素人っぽい戸惑いは一切ないのだけれど、やはり初仕事ということで勝手がわからないところや、自分に適正がないんじゃないか、という疑念を抱えながら探り探りやってるんですね。これを初々しいと取るべきか、それとも実は熟れてるんじゃ、と思うべきか。内面的には迷い悩み、ながらなんですけどねえ。
実際、彼はエージェントでありながら護衛対象の少女である谷城祥子にどんどん感情移入して肩入れしていってしまう。いや確かに彼、あんまりこういう仕事向いてないよ。仕事として徹しきれない、割り切れない。毎度、あれだけ依頼人に情を持っちゃったら持たないぞ。
一見するとクールに徹しクレバーであろうとしているように見えるし、いざとなったら多分本当に「選択」してしまえる、妹の方を優先するだろう「覚悟」を備えちゃっているのがまた苦しいんですよね。感情に振り回される未熟ものなら、情けないで済むのだけど。
下手にプロに徹してしまえるだろう鋼の芯を持ってしまっているのが、余計に辛みを抱えている。こういう人物は、本当に選択しなければならないギリギリまで、なりふり構わずあらゆる手段を講じて、自分自身を容易に損なってでもやれることをやってしまおうとするからだ。場合によってはやれないことまで強引にやれる範囲に引きずり込んでみせる。
妹ちゃんが必死に、本当になりふり構わず必死にがむしゃらにこの兄が殺し屋の道に進もうとするのを止めたのは、多分大正解なのだろう。そっちの道に進むには、この兄は危うすぎる。いくらでもやらかしそうだ。本気で、人を殺すこと自体はなんでもない、と思っている所なんぞ尚更に。

それはそれとして、この兄、女たらしであることは間違いないんですよね。あれだけ安易に女の子に対して「かわいい」を連呼するとか、ちょっと考え無しすぎる。そんなに本気で可愛いとか言われたら、意識しちゃうの当然じゃないですか。しかも、この谷城ちゃん、学校では孤立気味なんですよね。人恋しさに飢えているところに、隙間なくビシッと寄り添うわけですよ。精神的に。
そりゃ、出会って数日で即転んでもおかしくないですわ。谷城ちゃん、ちょろいかもしれないけど、これは責められない。これは心ぐらつく。
元々、兄が分析していたように谷城ちゃんってかなりこう、面倒くさいタイプなんですよね。いやなるほど、確かに妹瑞穂とその面倒臭さの方向性とか似てるかもしれない。容姿も結構似せてきているの、意図的なんだろう、イラストデザインとか。
その面倒臭さが、丁度ハマるところにハマると恐ろしいほどチョロい合致になっちゃう典型だなあ。兄の性格が、その面倒臭さを受け止めるのにピッタリすぎてるんだ、これ。


事件の方は、なんか突然前触れ無く、異形の「モンスター」が現れたことで「お!? う!? えお!?」と面食らってしまった。これ、どういう方向性の作品だったんだ? 
そういえば、初っ端から電脳人類たるAI妹という存在が爆誕している世界だけに、こんな超常的な存在が出現しても不思議ではなかったのかもしれないけれど、作中の登場人物たちも警察も兄妹が所属する裏稼業のやべえ会社の人たちも同じように「お!? う!? えお!?」と面食らっていたので、この作中世界的にもあまりにもイレギュラーで異常な出来事だったのだろう。
おかげさまで、このモンスターと戦う兄の姿が冒頭の描写にあるお嬢様の目に止まり、物語はこの兄妹が裏稼業の任務から任務に渡り歩いていくエージェントものから、やや異なる方向へと舵を切ったみたいなのだけど。
犯人も意外といえば意外。いやなんでこいつがそんな力持っていたの? というこの事件の異常さに繋がっている。
これ、本当にどういう方向性の物語になるんだろう。2巻が出ないことには判断できないぞ?
それはそれとして、日常と非日常がぐるぐるにかき混ぜられた、主人公のちょっと外れた独白やら自問自答に味が出ている、面白い作品でした。個人的には芝村さんには「大軍師」の方を優先して欲しいとも思うのですけれど。