はぐるまどらいぶ。 1 (オーバーラップノベルス)

【はぐるまどらいぶ。1】 かばやきだれ/ 杉浩太郎 オーバーラップノベルス

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アンティ・キティラ! 15歳の誕生日です!!
魔法の使えない、食堂の看板娘だったんだけど!
魔無しにとっての最後の砦、能力おろしで得たスキルは――は、“歯車法"!?
なんじゃそりゃぁああ!? “金の歯車"しか、出せないスキルって!?
一度は落ち込んじゃった金の髪の看板娘。でも、両親に超励まされ! 冒険者、目指そうって、決っめまっしたぁぁあああ───!!
……ん? なんだ? この王冠みたいな歯車?

『────クラウンギアによる:髪型分析完了。
────"ツインテール"へ移行します。』
「しゃ……しゃべったッッ!?」

突如現れた王冠っぽい歯車“クラウンギア"と、黄金の髪と瞳の少女"アンティ"が織り成す、どこにもない、ここだけの“物語"────!!

アンティの、アンティだけの冒険が今、始まる!
「好きラノ」一位がきっかけでした。
って、本自体は以前に購入してたんですけどね。あらすじからして元気な女の子が主人公ということで非常に好みでしたし、ウェブでの評判も良さげだったので。でも積んじゃっていたので、きっかけとしては「好きラノ」で一位になったことでした。

さて、話は変わるようで変わってないもちろん「はぐるまどらいぶ」の感想なんだけれど、その前に。
皆さんは「AI萌え」という概念をご存知だろうか。

「電線に、電気を通すと、そこには意識が生じるんです」.
今なお甘い痺れを伴って私の心に響き続けているかの名言を残したのは【E.G.コンバット】の双脚砲台「GARP」でありましたが、2000年前後って彼のようなAI――人工知能・機械知性体、その機械としての冷静かつ合理的で論理的な思考を持ちながら、相棒となる人間たちの熱い魂に触れることで合理性を逸脱し、いつしか魂を持ち得たように振る舞う健気で熱いAIたちに萌える、そんな時代があったんですよね。
【フルメタル・パニック】の「アル」然り、【ZONE OF THE ENDERS】の「ADE」然り、【E.G.コンバット】の「GARP」然り、【リリカルなのは】の「レイジングハート」然り、【ザ・サード】の「ボギー」然り。【攻殻機動隊】の「タチコマ」たち。【戦闘妖精雪風】の「雪風」ですらそうだったかもしれない。
記憶や記録を掘り返してみれば、まだまだあるでしょう。いるでしょう。そんな人工知能を掛け替えのない血の通った相棒として、ともに駆け抜け、戦う時代があったのです。
もっとも、これは過去の話ではなく、今だって探せばこういうAIたちはいくらでもいるのかもしれません。或いは、SFから離れ、かの【ゼロの使い魔】の「デルフリンガー」のような魔法の産物、インテリジェンスソードのような形で、ファンタジー世界の中を駆け巡っているかも知れませんし、或いは体を得て擬人化して主人公の力になったりヒロインとなったりしているケースも多々あるでしょう。
んで、本題たるこの【はぐるまドライブ】であります。もちろんSFとは言い難いファンタジーである本作で、そのAIモドキの対象となる「クラウンギア」。主人公少女アンティのスキルとして生じたは、果たしてナマモノとは程遠い、まさしく機械的な人工知能。歯車という実は野放図に自由度が高かったスキルのユーザー補助AI的な存在でありました。語る言葉はシステマティックでおおよそ人間相手の会話とは異なる非感情的な受け答え。
そう、それは本来なら会話ではなく、ユーザーによるスキルというシステムへの入力と出力に過ぎないはずだったのです。このような機械的な受け答えをするスキルやステータスフリップを扱う作品は多々ありますけれど、その多くは音声入力という意味合い以上のものを見出すことなくこの手の「使って」いくものでした。
でも、アンティは違ったんですよね。この娘は、クラウンに入力するのではなく、彼を一個の存在として認識して「会話」することになんの疑問も抱かなかった。自分のスキルでありながら、彼女は彼「クラウン」を意思ある存在として、自分を助けてくれる相棒として、最初から捉えていたのだ。
だから、ある場面でアンティが行おうとする行為を危険と見做して「非推奨」と連呼しスキルを起動させなかったクラウンに、アンティは強制入力するのでも命令するのでもなく、訴えかけた。語りかけた。叫びかけたのだ。
自分の後悔を、ここで引き下がることが出来ない理由を、想いを、願いを。そして、自分と貴方なら、それを成せるのだと。貴方と一緒なら、出来るんだ、と。
考えろ、受け止めろ、自分たちの可能性を諦めるなと!
だからクラウンは命令に従ったのではない。指示を受け入れたのでもない。そのギュンギュンに回りだした歯車が、彼の想いを示してる。彼は、アンティの意気を汲んだのだ。自分たちなら出来る、というアンティの叫びに、奮い立ったのだ!
この時を以ってして、クラウンはただのスキルから逸脱する。
すべてが終わったあとの一幕に、眠るアンティを見守るクラウンの、アンティから目一杯の感謝を貰った彼に生じた深刻なエラーを敢えてそのまま残すという全く非合理で理不尽な判断を下した情景が、それを証明している。
そう、これよ、これなんだよAI萌え。人間との交流の中で機械的な思考の中に生じるバグ。それを果たして魂と呼ぶのかゴーストと呼ぶのかは人それぞれなんだろうけどさ、冷たい機械に熱い意思が迸るシチュエーションには、やはりぐっとくるものがあるんですよ。胸を突くものがあるんですよ。
アンティとクラウンの関係はまさにそれ。ユーザーとスキルという関係でありながら、お互いを信じて手を携える唯一無二の相棒というそれが、歯車法という発想と可能性の自由度の高さの面白さ、だけではない熱さを、この物語にもたらしてるんじゃなかろうか。

もちろん、それもアンティという主人公のめちゃめちゃかっこよくて真っ直ぐで熱血なキャラクターこそが、作品の面白さをギュンギュン加速させている一番の要因なんでしょうけどね。
村の食堂の看板娘、という何のバックグラウンドも持たない娘さんが、これだけ男前さと女っぷりの良さを兼ね備えた人物というのは一体どういうことなんだ、と言いたくなるところなんだけれど、それもう両親の薫陶だよね、というのがまあすぐわかるんですなあ。
作品冒頭から、わけのわからんスキルを貰って落ち込むアンティを励ます両親の、この立派な親としての姿勢、人間性のハイクオリティさがもうこれでもかと描写されるんですよね。そりゃ、こんな立派な両親に育てられたら、一廉の人間になるもんよ、と疑いなく確信してしまうほどの大人なのだ、このご両親。
それを言うと、今回の話に出てくる村の門番のおっちゃんにしても、大いにやらかすことになるガキンチョたちの、反省したあとの姿勢にしても、この上ない立派の一言で、出来た人間ばっかりなんですよね。それも、完成された出来物ではなく、失敗や大きな後悔、挫折を味わった上での前を向き上を向き、後ろを顧みて足元を確かめ、先人の背中を見つめての在りようである。親や周りの大人の背中見て、健全に育ってんだよなあ。良き教育受けてんだよなあ。
アンティもそうやって、小さい子たちに背中を仰ぎ見られる、自分もこんな人になりたいと思ってもらえる一端の大人の証明を果たしたわけで、うん文句なしに格好良かった。
まだ旅立ち編ということで、はじまりはじまりの段階なのだけれどそれでこれだけ面白くて燃えてどきどきわくわくさせてくれるんだから、そりゃあ先々期待しちゃいますよね。
文章的には殆ど情景描写はなく、セリフと地の文でのキャラの声ばかりというのが結構ネックになる人も多いかもしれないのだけれど、それでもこの勢いと熱さ、直接ダイレクトに訴えかけてくるようなセリフの重み、大きさ、これがたまらん人にはたまらんでしょう。
私はめっちゃ大好きだ。