【斎藤義龍に生まれ変わったので、織田信長に国譲りして長生きするのを目指します!】 巽 未頼/マキムラ シュンスケ 宝島社

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過労死した主人公(37歳・医師)は、戦国時代の武将、斎藤義龍として生まれ変わった。美濃の戦国武将「マムシ」こと斎藤道三の息子にして、織田信長の初期のライバルとして知られる人物だが、史実では33歳で早世している。せっかく転生したのに、また早死にするなんて耐えられない。義龍は、悠々自適な長生き生活を目指して信長に国を譲ることを目標に定め、行動を開始するが――。 第6回ネット小説大賞を受賞した、歴史転生巨編がついに登場! 今年の大河ドラマ『麒麟がくる』で活躍中の武将たちも続々登場する、注目の一作です!


ウェブ版の連載は既読済です。
斎藤義龍って実際どれほどの知名度なんでしょうね。昔よりは、美濃国主として生前は織田信長に立ちはだかり、その侵攻を跳ねのけ続けた名将として知られていると思うのですけれど。
それにしても享年33歳はどうしようもなく早すぎる。信長が33歳の頃と言えば、当の斎藤氏を追ってようやく美濃を奪取して上洛を果たしたくらい。天下になにがしかを残すには早すぎる年齢だ。
その意味でも、前世を医師として医療に関する知識や技術を広げて行くことは自身の延命にも繋がるという事で必要な要素だったのでしょう。転生モノにしても、事故や戦死などの偶発的な死因ではなく病死による早世という厳然とした履歴のある人物に転生するケースはやはり珍しいですからね。基本的には歴史的知識を利用して、暗殺や合戦での討ち死にを回避するという方向になりますし。
ただ主人公の前世が医師、それも救急救命担当医として特に人の死を目の当たりにし続け、命を救う事に情熱を傾け続けた医師であったという事実と、戦国の世で自ら戦を起こし人を殺す方立場である武士、それも領主であるという相反する在り方は、主人公の生き方に深い思慮をもたらすことになりますし、やがて彼がもたらした医療改革は、それ自体が名声となり要人を救う医術として政治的な武器として活用されることになるので、単に主人公が史実よりも長生きできるためだけのツール程度に留まらず、物語そのものの根幹を担う要素になっていくのであります。
幼い頃は前世が過労死という末路を迎えただけに、とにかく長生きしたいという漠然とした目標だけがあった主人公ですけれど、この戦国時代を生きていく上で家族ができ、友ができ、付き従ってくれる家臣たちができ、ただ自分が長生きするのではない、親しい者たち皆が平穏に暮らしていける未来というのを、やっぱりまだ漠然となのですけれど思い浮かべていくのですね。
天下泰平。
そうした意識が脳裏に浮かびだすとき、最初はただ権力争いから逃れて平穏を得るために国なんて信長に譲っちゃって隠棲すればいいや、なんて抱いていた考えも、織田信長に国を譲るという意味の重さ、未来への展望もまた変わっていくのである。

そんな幼い年齢に見合わぬ知性を、熱病からの回復と同時に生まれ変わったように、或いは人が変わったように垣間見せるようになった息子を、父である後の斎藤道三、今はまだ長井左近大夫規秀と名乗る梟雄として名高いマムシの道三は、気取られぬように警戒の目で監視するのである。
彼とその弟である長井道利、軍師格である平井宮内卿が三人顔を突き合わせて、自分の息子の事を怪しい素振りを見せれば処分してしまうか、と主人公が色々とやらかす度に真顔で密談する様子は、さすが下剋上を企む冷厳にしてリアリストな戦国武将たちである、と背筋を震わせてしまう。
実際、美濃国内で着々と自身の勢力、権力を拡大していくマムシとその一党の暗躍は、悪党に相応しいドス黒さなんですよね。都合の良い状況を引き起こすために謀殺やら流言やらも頻繁にやらかしてますし。
そういう酷薄で非情な目で実の息子を見定めながら、その一方で自分にはない視点とスケールで次々と新たな物事を起こしていく主人公に、彼ら親父世代は警戒と同じくらいの期待とワクワク感を抱いてしまうんですね。なんだかんだ言っても、どれだけ怪しくても、それは息子であり甥なのである。彼が見せる可能性に、親として胸から膨らむものを抑えられないのはどれほどの悪党でも変わらない。いや、人並みの親としての情をマムシだって持っているのである。それを彼ら戦国武将は必要ならば冷徹に切り捨てることが出来るけれど、最初から持っていないわけではないのだから。
そんな親父殿を、主人公もその暗躍っぷりや腹黒さを垣間見てドン引きしてヤベえ人だと思いながらも、なんだかんだとやっぱり父親なんですよねえ。
史実においてはついに相容れることなく決定的に決裂し、戦となって斎藤道三が討たれ父殺しする事となった斎藤道三と斎藤義龍の親子。
しかしこの物語では裏表に幾つもの複雑な思慮を交わらせながら、何だかんだと息ピッタリで何だかんだと情が通っているこの親子関係、これこそが本作の大きな見所の一つであると言えるでしょう。
マムシの子は所詮龍にはなれない。せいぜいがミズチだと期待を抱きながらも嘯く親父殿。これ、ウェブ版の最新話を見るとちょっと胸にぐっとくるシーンでもありました。

さらに、織田信長との義理の兄弟関係というのも後に大きな要素となってくるのですけれど、まだこの一巻の段階では信長もちょうど誕生し、そこから幼子になったばかりくらいの時間経過。今の段階からせっせと贈り物などして積極的に交流を図っているのが、先々に繋がる歴史の流れが変わるファクターでもあるのですけれど、今はまだはじまりを迎える前の関係なのでした。既に信長の好感度だいぶ上がっているのですけどね。
というか、この段階で既に織田弾正忠家と長井……斎藤家が好を通じだしているのは大きな変化ではあるんですね。

本作が面白いのは、スタート時期が他の戦国ものよりもだいぶ早い、というのがあります。斎藤義龍という人物自体、織田信長よりも7つ年上。その彼が十歳前の段階から物語がはじまるので同じ戦国時代でも各国の情勢が信長全盛期のそれとはまた全然違うんですね。
美濃国の情勢もまだ流動的で、土岐氏を中心にまとまる……以前の土岐氏同士で内紛が続き土岐頼芸を中心になんとか纏まろうという時期。斎藤道三も、長井氏の名乗りから作中でようやく守護代である斎藤の名籍を継ぐことになった段階で、美濃の国主に下剋上するなんてまだまだ、の話なのである。
結局史実では斎藤道三は美濃を獲るものの、最後まで土岐氏の権威を拭えずに国の統制をまとめ切れなかったのですが、主人公の存在は、或いはマムシに与えた影響は同じ下剋上でもまた史実とは違った道をかの梟雄に指し示すことになるのである。
と、美濃国内の情勢もあれこれ動いていて面白いのだけれど、畿内から近江越前の情勢もこれから正史の二十年三十年後を思うとまた随分と景色が違うんですよね。特に朝倉・六角・浅井とそこに積極的に絡む美濃の国情は非常に興味深い。尾張国内、広げても長島方面や三河方面に顔を向けるのに精一杯な織田家と違って、むしろ美濃の方が畿内の情勢に近しい感じなんですよね。
たとえば浅井久政が、血筋としては六角氏であると知ってる人は結構少ないんじゃないだろうか。那古野城が今川氏に占拠されてたり、とか。

ともあれ、スタート段階がこれだけ早いというのはそれだけ歴史が変わってく初動が早いとも言えるわけで、他の戦国ものでは早々に退場してしまったり、既に影響力を失ってしまっている人物、家門などが思わぬ形で出てくることになるので、それがまた新鮮で面白かったりするんだなあ。
医療改革の影響で死なない人物も出てきますし。

個人的には、マムシ……長井から斎藤になり改名した斎藤利政、叔父の長井道利、師匠の平井宮内卿の胡散臭くて腹黒極まる謀議につき合わされて、主人公加えて四人で悪巧みする座談会?が一番シーンとしてはお気に入りです。あの悪い大人たちが、やっぱり味があっていいですわ。
そして、見所の一つはかの明智光秀が家の没落によって流浪の旅に出る事なく、小姓として幼少時から側近として一緒に育っていく事になるところですね。
他にも美濃の国衆たちが多士済々と出て、土岐氏の内紛もこうして推移を見ると面白いんですなあ。
まだ一巻の段階では1539年と40年代にまで差し掛からず。大きく歴史が正史と異なる流れに動いていくのはまだこれから。しかし、ラストシーンで20年以上早く本来なら陥落しない城が落ち、織田弾正忠家が飛躍しはじめるだけに、ここからが激動なんですよね。
なので、ぜひぜひ早々に続きをばお願いしたくあります。期待期待。