リア充になれない俺は革命家の同志になりました1 (講談社ラノベ文庫)

【リア充になれない俺は革命家の同志になりました 1】 仙波ユウスケ/有坂あこ 講談社ラノベ文庫

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“スクールカースト”とは、誰が作るわけでもなく気がついたときには自然と構築されている不思議な階級。その最下層に位置する白根与一は図書部に入るよう命じられる。図書部の廃部にハンストで抵抗する問題児を止めるための人数合わせ(と監視役)とのこと。どんなおかしな奴が待っているのかと恐れながら部室に行った白根だが、彼を待っていたのは純真可憐な黒羽瑞穂と名乗る美少女。しかし口を開けば過激思想発言が止まらない危険人物でもあった。その中に掲げられたスクールカースト紛砕計画に白根は心を動かされ、気がつけば彼女の理解者に?カースト一軍のリア充で黒羽の幼馴染み・中禅寺さくらを交え、おかしな図書部の活動が始まる!!
彼女は真っ赤なコミュニスト。マルクス主義者の革命家としてスクールカーストという階級社会を粉砕するために戦うのだ。いざ、闘争の幕が開けん。
という、古今まれに見る危険人物がヒロインなわけだけれど、暴力革命の否定と真なる平等を目指そうという姿勢はテロリズムとは一線を画しているはずなんだけれど、時々激高すると手段を選ばなくなるので危ういというと危うい。
いや、変な子だなあ。なにをどうやったら、マルクス主義へと走ってしまうのか。動機に関しては明白なんですよ。ものすごくわかりやすい。一番大切な友達と対等になりたい、というごくごく私的な理由が彼女の原動力なのだ。彼女の家の事情、家庭環境、そして親友である中禅寺さくらの家との関わり方を思うと、瑞穂が忸怩たる思いを抱えてしまったのはわからないでもないのだけれど、そこで相手の拒否や自身の卑下ではなく、自分と彼女の関係を歪める立場そのものを敵として捉えて階級社会そのものを撃滅せんと志した、というのはやっぱりぶっ飛んでいる。彼女の天才性の一端であるのかもしれないが。
尤も、階級というものを一方的に気にしているのは瑞穂ばかりで、さくらの方は全くと言っていいくらい気にしてないんですよね。それを瑞穂の空回りと言ってしまうのは酷な話で、むしろさくらという少女の特異性なのだろう。そんなさくらの在り方が、彼女をスクールカーストという階級社会の女王として成立させている要因といえるのだけれど、彼女を頂点として形成されているカースト制度の住人である普通の生徒たちは、もろにそのカーストの影響下にあるわけで、そんな社会の在り方に不遇を強いられたり、理不尽を与えられていたりする人たちにとっては、やはりどうしたってさくらは倒すべき社会の象徴でもあるわけだ。
親友であり天敵であり一番大事な人であり、そして倒さなければならない敵。その矛盾に溺れながらも、瑞穂はさくらと対等になるために戦うのだけれど……皮肉なことに、さくらから見ると瑞穂の存在、彼女の備え持つ固有の天才性というものが自身と瑞穂を対等とするのを妨げている要因なんですよね。
二人の抱えている相手に対するコンプレックスが、見事なほど噛み合っていない。そして、相手の乗り越えるべき部分と考えている要素を、当人はまったく認識すらしていないのだ。瑞穂は自身の天才性に何の価値も意義も見出しておらず、無意味に思っているどころか自分が天才であるという事実すら認識していない。一方で、さくらはさくらで自分が立っている資本家階級という立場について、全く認識していない。自分と瑞穂の家に家格の差があり、金銭の貸与まであり、貧者と富者という格差があることすら、意識していない。
悲しいまでにすれ違い、打破すべきと考える部分が噛み合わず、真っ向からぶち当たることすら出来ないでいるのだ。そして、そのことに二人は全く気がついていない。
二人が決して面と向かって対立せず、関係が破綻しなかったのは、瑞穂があくまで立場に対して攻撃的であってさくら個人には親友として接し続けたことと、さくらが瑞穂の圧倒的な天才性に逆らわず反発せず憎まず恐れず、ただ寂しそうに遠くて届かないものとして諦めていたから、なのだろう。個人同士として、二人は親友で在り続け、お互いを大切に思い続け、しかしこれっぽっちも重なっていなかったのだ。
二人を比べてみると、瑞穂の方は革命家になってでも自分とさくらが親友であることに実を持たせようと努力しているのに対して、さくらの方は完全に諦めている分、瑞穂の方がまだ前向きに見えるんだけれど、さくらの抱えている痛みを、さくらが瑞穂を見る目の意味をまるで察していないのを見ると、ヒドイ空回りをしているなあ、と痛ましくなってくるんですよね。瑞穂がどれほど、目標を叶えて対等になった! と叫んでも、さくらの方はこれっぽっちも瑞穂の言葉の意味を、その闘争の意味を理解しちゃいないのですから。それの、どこが対等なのか。履き違えている、勘違いしている、自分がどれほどさくらを傷つけているかまるで気づいていないその鈍感さが、なんとも愚かしく……愛おしい。
ぶっちゃけ、これ読んでて思ったのは、主人公は何をしてるんだ、というところなんですよね。この物語のベースはどうやったって、瑞穂とさくらの物語なんですよ。しかし、瑞穂に諦めるのでもただ受け入れるのでもなく、戦うという方法を、意思を、勇気を与えたのはかつての白根与一であり、今でも瑞穂の中では彼は「英雄」なのだ。
その英雄は今なにをしているのか。うん、瑞穂の革命の手伝いをするのはいいんだ。ヒロインの意思を支え、勇気を助け、その背を押して、その志を導いて……。
それはいい。それは主人公として間違っていない。危なっかしい瑞穂のやり方、在り方を上手く辻褄合わせて、現実に沿わせて、修正してやって、戦いを続けさせる、目標を叶えさせて喜ばせてあげる、革命を成功させて、対等と彼女が考える結果をもたらしてあげる。それ自体は、実に主人公らしい。
でもさ、それでいいの? 瑞穂の目的は叶うかもしれないけれど、彼女が考えている決着が彼女が求めている結果をもたらさないとしたら、彼女をそのまま進ませてしまっていいの?
さくらは、ずっと寂しそうに笑ったままだよ? さくらは、瑞穂の闘争の意義も、勝利の価値も、何も知らないよ。気づいてないよ、理解なんかしちゃいないよ?

そう、この物語はまだ登場人物の誰も、自分たちが抱えている問題も矛盾も気づいていないのだ。致命的な破綻へと、ただただ突き進んでいるだけなのだ。
与一は、全体像を勿論把握していないけれど、さくらと瑞穂を離してはいけない。何としてでも、一緒にいるように仕向けなければならない、とあれこれ工作をしているあたり、本能的に自分がしないといけないことについては察しつつあるんですよね。あとは、それをどれだけ論理的に具体化して行動指針へと転換できるか。今のまま、何となく零れ落ちそうなところをフォローしていくだけじゃあ、破綻する。二人のヒロインの向いている方向を、きちんと当人たちの分かる言葉で、理解できる価値観で、整えて向き合わせないと。
これって、革命で現状を粉砕するだけの簡単なお仕事じゃないんですよね。本当の意味で話し合い、理解の埒外にあるもの同士を同じ地平に引きずり落として理解させ合い、和解させなければならない。
事が損益ではなく、友情にまつわるものだけに、政治的妥協なんぞ許されない。地上最強の難事である。果たして、主人公与一はこれを成し遂げられるのか。ヒロインとともに革命を成功させるよりも、よっぽどハードミッションなだけに、顛末がどう転がっていくのか、実に興味深い一作のスタートでありました。