
【荒野に獣 慟哭す】 伊藤勢/原作:夢枕獏 徳間文庫
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漫画雑誌「マガジンZ」の休刊によって、一時連載が途絶えてしまった本作。夢枕獏原作の伊藤勢が漫画を手掛けた【荒野に獣 慟哭す】。あれから長い空白のあとにそれでも打ち切りとせずにウェブ連載が開始され、徳間文庫から文庫サイズのコミックスとして改めて一巻から。そして、中断以降のウェブ連載版の掲載となる10巻から最終巻までの15巻。やっと、やっとヨミましたよ。読み切りましたよ。
感無量。
独覚兵たちを生み出した独覚ウイルスの原点となる中南米の深い深いジャングルの奥に秘められた古き文明の闇。まさに異世界のようなジャングルという、森という異界の中で繰り広げられる様々な勢力が入り乱れた血みどろの攻防。
そんな中で喪われた記憶の真実にたどり着いていく御門周平の旅路。
ド迫力のアクションも然ることながら、迫真に迫っていく独覚ウイルスの真実。これが文化論や文明論まで踏み込み、荒唐無稽に思われた神話を解体していき人間を進化させるものと思われた独覚ウイルスの有り様を暴いていく展開は、なんかこう冒険心を刺激されてワクワクさせられっぱなしだった。
人の姿を失い、ケモノそのものの姿となり食人衝動まで生じさせてしまう独覚ウイルスの効果が、進化でも獣化でもない、あれこそは極端な人間化なのだ、という結論に至り、そこから中南米の古き文明にある生贄や食人の習慣まで踏み込んで、一つ一つ紐解いていくウイルスではなく文明そのものの謎解き。いや、人間という存在の成り立ちにまでたどり着いていく回答編。
ああ、凄かった。
そして、そんなストーリーをより深く、より綺羅びやかに盛り上げてくれる要因こそが、登場人物たちの魅力的な生き方であり、在り方であり、その魂からの叫びなのである。
殺し合う敵でありながら、時として共闘する味方でもあった独覚兵たち。12の干支に例えられた彼ら独覚兵たちは誰もが個性的であり、人を辞めた存在でありながら誰よりも人らしくて……終盤彼らの殆どが死に絶えてしまった時のあの寂寥は未だに心に隙間風が吹きすさんでいる。去っていく独覚兵たちとすれ違い違う方へと歩いていく御門の一枚絵が印象的で焼き付いているのだ。
敵でありながらどうしても憎みきれなかった彼ら。御門にとって、同じ独覚ウイルスに冒された同胞だった彼ら。自分だけが取り残されていく、というあの寂しさ。あれだけ殺し合った相手に、こんな感覚を抱くことになるとはなあ。
そんな中で、唯一常に味方でいてくれた摩虎羅の姐さん。彼女、原作小説だと端役も同然ですぐに退場してしまうのですが、漫画版だと御門の頼もしい相棒として最後まで側に居続けてくれるんですよね。独覚兵の中ではまだしも人の姿を保っている彼女ですけれど、やっぱり見てくれは毛むくじゃらの猿なのですが……それでも美人なんだよなあ。彼女のお陰で、猿系の獣人も全然アリじゃないか、と思うようになったし、斉天大聖孫悟空の女性化もばっちこいになったんですよねえ、うんうん。
ある種、価値観をひっくり返してくれるほど魅力的なキャラクターだったわけだ。
それ以上に、シリーズ通して敵味方全員喰うほどの存在感を見せ続けた魅力、カリスマの塊みたいだったのが薬師寺法山。丸メガネのサングラスに髭面、野太刀を担いだ怪人にして奇人。独覚兵たち死人部隊の隊長でありながら、ただの人間。ただの人間でありながら人間を超越した独覚兵たちをも上回る戦闘力を誇る超人であり、何より最後まで皆に慕われ、敵対した相手にも一目置かれ続けたクソ親父。
このグラサン親父のキャラクター造形は伊藤勢作品のスターシステムでよく登場し続ける最強トリックスターなんだけれど、本作でも盛大に持ってったなあ。本当にタチの悪い正面からの戦闘でも謀略でも策略でも常にこちらを上回られるタチの悪い最強の敵でありながら、同時に彼こそが御門を含めた様々な登場人物の最大の理解者でもあり続けたんですよね。それは御門や身内であった独覚兵たちだけではなく、明石教授や現地ゲリラの人たちの理念にも通じていたことを考えると、計り知れない人物であったように思う。彼が敵であったからこそ、アレだけ銃火を交えながらも、互いに殺し合いながらも、憎しみに囚われきらず、ときに矛を収めて話し合うことも共闘することも出来たんじゃないだろうか。
だからこそ、ラストは凄く救われた気持ちになったんですよね。
何もかも奪われて、喪って……そう思わされたあとに訪れる救済。行き着いてしまった果てから、戻ってこれるという希望。連れ戻すという確かな意志と伸ばす二人の、いや三人の御門に差し伸ばされた手。そして、誰も居なくなったと思われたあとに帰ってきた彼らの姿に打たれた、法山の素の笑顔から放たれた「おかえり」という言葉に満ちていた生きているということの素晴らしさ。
ストーリー、キャラともに原作小説とは大きく改変されながらも、夢枕獏さんの大いなる後押しを得て作り上げられたもう一つの【荒野に獣慟哭す】。掲載雑誌の休刊による中断という絶望的すぎる局面を乗り越えて最後までたどり着くという、紆余曲折というには波乱万丈すぎる展開でしたが、それに足るに相応しいまさに大作、大作でした。ラスト近辺の、漫画編集者の彼女の魂の絶叫は、色んな意味で打たれたなあ。あれは、まさにこのシリーズの紆余曲折を経験した作者でないと吐き出せない魂の叫びだったんじゃないかと。
だからこそ、無性に感動してしまった。彼女の決死の働きが、絶対に見捨てないという想いが、最後の希望、最後の救いに繋がったと思うと、なおさらに感慨深い。
自分、伊藤勢さんのコントとかギャグとか大好物なので、これの勢いも最後まで衰えなかったのはホント嬉しかったです。波長が合うのよねえ。
最近は活動が見られず心配していたのですが、丁度先月9月からヤングアニマルで新連載はじまったみたいなので、良かった良かった。
シリーズ感想