勇者は、奴隷の君は笑え、と言った (Novel 0)


【勇者は、奴隷の君は笑え、と言った】 内堀優一/エナミカツミ Novel 0

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『笑え、おかしくなくても笑えばそのうちおもしろくなってくる』
―とある山村で村人たちから奴隷のような扱いを受ける少年ヴィスは、村はずれに住むやたらと明るい男グレンにずっとそう言われ続けてきた。やがて、長き眠りから魔王の復活が迫った頃、とある事件からヴィスはグレンがかつて世界を救った勇者だと知る。そして二人は村を出て、世界を周る旅に出発。魔法使いの少女ニーニとの出会い、初めての大きな街、暁森人の住む森でのこと―勇者と旅した時間のすべてが、大切な何かを失った少年を、ひとりの“勇者”に変えていく。これぞ、必読の“男泣きファンタジー”!
男泣きて、キャッチコピーが邦画のダサい宣伝文句みたいでなんかヤダなあ。
そもそも、大切な何かを失った、というあらすじからしてちょっと違う気がする。このヴィスという少年は、そもそも失うべきものを何も持っていなかったし、与えられていなかったのだから。唯一、母親との思い出が原体験としてあるが故に辛うじて人であり続け、村長の娘が与えてくれた指針が拠り所となっていただけで、そもそも人間として大事な部分というものは、失う以前に持ち合わせていなかったのだから。
奴隷のような扱いという表現もいささか外れていて、彼の境遇というのは「落牧」という国家認定の賤民なのである。それも、使役目的ですらなく、ただただ虐げられることが役割だという立場で、これだとまだ奴隷のほうがよっぽどマシなんですよね。奴隷という財産ですら無い。
どう考えても普通なら成長過程で死んでしまう境遇なのですが、これグレンがなにくれとなく世話しなかったら、まず間違いなく死んでたんじゃないだろうか。村人たちに人扱いされず、家畜のようにすら扱われず、ただただ苛められるだけの日々。心が壊れる以前に、まともな育ち方をしなかったと言えるのだろう。
事実、村が崩壊しグレンと旅立つことになったヴィスの言動は、常識知らずという枠を逸脱した人として明らかに破綻したものであった。そんな彼に、押し付けるのでも引っ張るのでもなく、共に歩きながら人間の心を教えていくのが、かつての勇者グレンという男なのである。
この勇者、という存在もまた神の奴隷、神の人形。自由意志を認められず、役割を押し付けられ、それに逆らえば死をも許されぬ地獄のような苦痛を与えられ続ける、という到底人とも言えない在りようなんですよね。勇者として完成されればされるほど、人でなくなっていく。
そんな人型でしかなくなろうとしていた男が出会い、神に逆らってまでその行く末を見守ろうとした少年。人でなくなった者が、人になれなかった者を少しずつ人間に育てていく物語、と見るべきなのだろう。だから、これは歪ながらもまっすぐな、父と息子の物語なのだろう。
そして、そんな二人を見守る魔女の少女が一人。
この娘、ニーニはヴィスとは逆に愛情いっぱいに育てられた少女なんですよね。しかし、彼女を育てた先代の魔女は、ニーニと過ごすことで永遠に近い人生の終末にようやく人の心を取り戻せた、と述懐している。ニーニはすでに、一人の人間ではなくなってしまっていた存在を人に戻してるんですよね。
一方でまたヴィスも、勇者として人から遠く離れてしまったグレンに、人の心を取り戻させたとも言えるわけで、この子供たちは違う形ですでに「いちばん大切な人」を救ってたんですなあ。しかし、自分が大切にされていたことをよく理解しているニーニに対して、ヴィスは大切にされるという意味も概念も理解できない。ニーニはそんな彼を恐れず、あるがままに受け止めて、彼に人間として大切なことを、そして大切にされていることの掛け替えの無さを一つ一つ教えていく。
惜しむらくは、そのエピソードの一つ一つがえらい駆け足であることか。もうちょっと丹念に話を掘り下げていけば、ヴィスが変化していく様を鮮やかに描き出せただろうに、パタパタとドミノ倒しみたいにとめどなく話が流れていくものだから、じっくり噛みしめる間もなく展開が進んでいってしまう。
そこらへんがねえ。
あまりにもせわしなかった。それが残念。

内堀優一作品感想