【後宮の百花輪 1】  瀬那和章 双葉文庫

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百花輪の儀。それは華信国の五つの領地よりそれぞれの代表となる貴妃を後宮に迎え、もっとも皇帝の寵愛を受けた一人が次期皇后に選ばれる一大儀式だ。後宮に憧れる武術家の娘・明羽は、道具の声が聞こえる不思議な力と拳法を駆使し、北狼州代表の來梨姫の侍女として後宮で働き始める。美貌や知略、財力を賭した貴妃五人の戦いで、明羽は引き籠り気味の「負け皇妃」來梨を皇后の座につかせることができるのか!? 心躍る絢爛豪華な中華後宮譚、開幕!
個人的にだいぶ久々となる瀬那和章さんの作品。一般文芸の方に行かれてから、読めてなかったんですよねえ。ちょくちょく買ってはいたものの、積んだままになっていました。おっさん二人と娘が暮らす話、あれ読みたいと思ってて忘れてたなあ。
ともあれ、久々の瀬那さんの作品は後宮小説。それもこれ、かなりガッツリと本格的な後宮小説なんじゃないだろうか。陰惨な女同士の策謀が繰り広げられるのが、女の園である後宮の戦いなんだけれど、この物語の主題となる百花輪の儀は、むしろその女同士の争いを推奨するような儀式になってるんですよね。それも、皇帝陛下の寵愛を受けるために陛下の気を引くのが主目的ではなく、対立候補となる他の貴妃を蹴落とし陥れあらゆる意味で脱落させる、それを大々的に行なう儀式と言ってもいい。
暗黙の了解の中で行われるバトルロイヤルなのである。
勿論、貴種である五大貴族の縁者となる貴妃たちが直接危害を加えられることはないのですが、その代わり貴妃に従う三人だけと指定された侍女たち。これが、貴妃たちが持ち得る駒になるんですね。この三人の侍女が全員居なくなれば、貴妃は事実上この次期皇后争いから脱落することになる。
貴種ではないただの侍女なら、直接害されようが陥れられて罪人になろうが、責任を負わされて追放されようが問題はなし。そう、狙われるのはそれぞれが侍らせる三人の侍女たち。貴妃が抱える三人の侍女という駒を削り合う、ドロドロの陰惨な陰謀劇がこの百花輪の儀では行われることになるのである。

もう初っ端から相手を踏みにじるようなやり取りが当たり前のように繰り広げられ、悍けを感じさせる悪意と血みどろの殺伐とした暗闘が当たり前のようにはじまってしまうのである。
そんな中、主人公の明羽が仕えることになった主人の來梨、彼女を送り出してきた家は内輪の権力争いによって有力候補を出せずに、若いだけの彼女を数合わせで充てがっただけで、なんの後ろ盾にもならず、來梨当人もやる気もなく勇気もなく意気地もなく才能もなく、辛いことは引きこもってやり過ごそうとする気質の持ち主で、他のライバルたちからも見下されて憐れまれ「負け皇妃」と呼ばれる始末。
皇后となる教育も一切受けていなくて、事前の詰め込み教育も逃げ回って消化できず。何より根性も気力もなく、ハズレと言われても仕方ない少女だったんですよね。
なので、明羽も半ば呆れながら彼女が皇后になるなぞ、最初から諦め気味だったのですが……百花輪の儀がただの皇后選びの場ではなく、貴妃同士が陥れ合う後宮という舞台の戦争だと……明羽たちだけがそれを理解しておらず、完全に後手を踏んだ挙げ句に、最初の標的にされてしまうんですね。
そして、明羽ともう一人の新人侍女である小夏に侍女としてのイロハを教え、來梨をたった一人で支え導いていた侍女長の慈宇が陰謀の標的にされた時、明羽は自分たちが戦い勝ちぬかねば生き残れない断崖絶壁に立たされているのだと、遅ればせながら理解するのである。

情報も何もなく、後宮に伝手を持っていた慈宇を無力化され、周回遅れで徒手空拳で百花輪の儀を生き残らなければならなくなった明羽は、慈宇に代わって來梨を叱咤し必死の大車輪の働きを見せ始めるのである。
幼少から鍛え続けた武術の技と、生まれながらに備わっていた古い器具の声を聞く才能、そして歴史に残る大人物の所有物としてその文武を目にしてきた「翡翠の佩玉」白眉の知恵と経験を借りて、なんとかこの後宮での争いに挑んでいくのでありました。
いやこれ、白眉の知識と助言がなかったらなんにも出来ないまま頓死してたんじゃないか、と思うところですけれど、主人の來梨が引きこもっちゃって役にも立たないなかでよくまあ孤軍奮闘したものです、明羽。
彼女自身、悲惨な貧困生活から逃れられたらいい、というくらいのモチベーションだったので最初は
動きも低調だったのですけれど、恩師の危機に自身の平穏な生活の危機という二重のピンチにほんとに必死に頑張ったんですよね。
そんな中で唯一下心無く純粋にこの百花輪の儀で余計な血を流したくない、被害を最少に抑えたいとする李鷗の助けは、明羽にとっても救いだったのでしょう。
これまでろくな男性と巡り合わず、男性不信で男嫌いというのも相まって後宮で働くのを望んだ、というのもあって、李鷗に対しても最初は辛辣な態度だったのですが……度々助けられるうちにだんだんと心開いていくのでありました……わりとチョロいよなあ、とか思ったり。
いやあ、今ままで出会ってきた男性はひとり残らずろくな相手じゃなかったんですねえ。父や兄に対しても思う所あったわけですし。そんな中で、あたりはキツイものの常に誠実で嘘をつかず、根底には気遣いがあり、とまとも以上の対応をしてくれる李鷗は、そんな男性初めてだ……ってなるわけで、それでほだされていくのはさてチョロいというべきか。
もっとも、李鷗の方も美形の自分に色目使うどころか邪険に対応してくる明羽が気になって、というとエム気質みたいに見えてしまいますけれど、李鷗も孤軍奮闘しながら後宮の平和を守ろうとしている中で同じく孤軍奮闘しながら頑張る明羽に共感を抱いてしまったのかもしれません。やたらと明羽のことを心配するようになっていくのである。この人もチョロいんじゃなかろうか、これ。

実はお父さんポディションだった白眉が、李鷗を信頼できる人物と認めながらも明羽と親しくなっていく事に大変不快な思いを抱いていらっしゃるのも、まあなんというか苦笑してしまうところであります。知恵も経験も足りず、田舎育ち故に悪意には敏感でも悪辣な陰謀などにはついていけない明羽は、見ていても危なっかしいし、罠にも引っかかりそうな迂闊な所もあって気が気じゃないところなのですが、果たしてようやく覚悟を決めた主の來梨をもり立てていけるのか。他の貴妃たちがみんな傑物といっていい人達なだけに、三段四段劣ってるだろう來梨はどうやっても物足りなくて、明羽も小夏も田舎の平民出の新米侍女、というどうやっても勝てなさそうな一瞬で踏み潰されそうな布陣で、果たして生き残っていけるのでしょうか。無理じゃね?と言いたくなるような差があるだけに、これをどう覆していくのか気になるところであります。

瀬那和章・作品感想